やはり彼女は世界に通用するプロテニス選手だったのです。
いよいよ見られるのです。今話題の選手のプレイを・・・。
コイントス(※)の結果、サービスは話題の彼女からになったようです。
(※)全米オープン等の大きなテニスの大会では、コインの表裏でサーブを打つ順番を決める場合があります。
歓声の中、今話題の彼女はトスを上げサーブを放ちました。
曲がるスライスサーブをシード選手は危なげなくリターンしました。流石に世界のトップ選手です。しかし本当の彼女の攻撃は、これから始まるのでした。
===== バシッ =====
鋭く重い音と共に、ボールはシード選手側のコートの隅に叩き込まれました。
そのボールに対して、シード選手は一歩も動けませんでした。それは彼女がその球の威力を見切ったことを意味していました。そのシード選手の見立ては正しい事でありましょう。傍目から見ても、飛び付いたところでラケットが届かないコースであることは明白なのでした。
そうなんです。彼女はサーブをしたと同時に、前に移動したのです。いわゆるサーブ&ボレー。相手がリターンする時点でネットの前につめて、立ち塞がることによってリターンするコースを選べなくするのです。
言うのは簡単ですが、これは非常に危険で高等な技術です。ましてやトッププロ相手に、それを成立させるのは至難の技なんです。
何故かと言うと、まず相手がリターンの時点でネットの近くに移動しなければいけません。すると2つの必要性が発生します。とにかく素早く移動する。さらにその時間を稼ぐ方法があります。それは速度の高いサーブを放たない、という事なのです。サーブが速くないという事は、相手がリターンをするまでの時間がかかることを意味します。それによって移動できる時間を確保し、ネット前でスタンバイできるのです。
そう言うとそれ程難易度は高くないか、と思われかも知れないのですが・・・。しかし現実はそう甘くはありません。というのもただ単に速度の低いサーブを放てば良いというものではないのです。ましてや相手はトッププロ、甘い球質のサーブでは間違いなく餌食になってしまいます。たとえネット前で陣取っていても、頭を上を越していくロブという球種を喰らってしまうと一溜りもありません。それか強力なストローカーであれば、コースをついてボレーをさせないことも可能でしょう。そんなに簡単に出来るわけではないのです。
しかし彼女は、それをやってのけるのです。確かに彼女のボレーは素晴らしいです。間違いなくボレーに秀でた選手、ボレーヤーなのです。でもそれだけではないのです。
特筆すべきは、そのサーブではないでしょうか。彼女のサーブにスピードは余りありません。だから彼女はサーブと同時に前に出られるのです。
それにも関わらず、そのサーブをリターンする相手は頭を越えるロブも、彼女を捩じ伏せる鋭いストロークも生み出していません。これは何を意味するのでしょうか。恐らくなのですが、彼女のサーブの球質がとても重いのでしょう。それと回転が速いか、癖があるというのも考えられます。
何れにせよ、やはり彼女は世界に通用するプロテニス選手だったのです。
彼女の名は、秋原紅葉。日本の女子プロテニス選手・・・。
===== そして試合は進んだ =====
その形勢は変わらずに、ゲームセットとなりました。
紅葉さんはシード選手の反撃を寄せ付けずに勝利しました。
流石に1ゲームも取られずに、とはいきませんでした。でも6-1、6-2の2セット連取です。圧倒的なスコアです。
予選の時点でも評判になっているのです。恐らく優勝候補の評価にまで、上がっているのではないでしょうか。
とにかく彼女の実力が世界のトップに対して、どこまで通じるのか想像がつきません。
ただ1ついえるのは紅葉さんの試合をみて、違和感と不安を感じたのです。それが何かは、まだ僕には分かりません。圧倒的な勝利の中に、脆さか秘められている・・・・。
===== ハッハッ。 =====
慌てて、でもなおかつ他の人に接触しないように気を付けて、僕は次の目的地であるコートに向かうのでした。
こちらはまだ1回戦は終わっていませんでした。無理に慌てて移動する必要もありませんでした。考えてみればそれは自然なことであるのです。
先程の女子シングルスの試合は、終わってみれば最短に近い時間しか要していなかったのでした。2セットの連取で合計3ゲームしか取られずの勝利です。しかしその試合時間の短さの要因は、まだもう1つ存在したのでした。
それはその試合内容そのものにあります。先程の試合の流れを大まかに、僕は目を瞑りながら振り返ったのでした。
答えはラリー、いわゆる球の打ち合いが無かったことです。突き詰めて言うと1番に紅葉さんがサーブを放ちます。そして2番にシード選手がリターンを放ちます。その時点で紅葉さんはネット前に詰めています。
3番目に結果が決まるのです。まずシード選手がリターンで紅葉さんの頭を越して、尚且つコートに入る。若しくはコートの端を狙い、紅葉さんのボレーをさせずに突き抜ける。これらが成立すると紅葉さんはポイントを失います。
しかし殆どはそうなりませんでした。宙に上がった球は紅葉さんが叩き込むのです。なかなか彼女の頭を越さないのです。
さらに速い球で紅葉さんを抜こうとも、とても彼女の守備範囲は広く厳しいコース以外は彼女がボレーしてしまうのでした。




