「あいつはアカデミーを退校した。」
もう何故この人が来たのか、もう大体察しがつきました。
「サンダー・ライトコーチ・・・・。」
その名を呼ぶ以外に、今の僕には語彙がありませんでした。そして・・・。
「クライミトはこない。」
「・・・。」
やはりそうなのでした。
「あいつはアカデミーを退校した。」
「・・・。」
もはや僕は言葉が出ませんでした。しかし決して驚愕した、と言うわけでもないのです。というのも思い当たる部分があるからなのでした。
つまり彼には迷いがある様に見受けられたのです。一方でこの自分にも迷いは存在していました。
急に何故でしょうか。
わからない・・・、ただ言えることは・・・。
「お待ち遠様!」
いつも通りに元気な声で、ウェイトレスはランチをテーブルに運んできたのでした。それでも彼女は僕の置かれている状況を把握しているのではないでしょうか。
彼女はサンダー・ライトコーチの娘、ムーン・ライトなのだから。
今日の事については特に触れてくる事もなく、彼女との会話は終わったのでした。
それはムーンなりの心遣いだったのかも知れません。
確かにこの事について話をしたところで、状況を変えるなどできる訳が無いのです。
そして何事もないままに、僕は帰路に着くのです。
(んー。)
工場に帰った僕はシャワーを浴びながら考えました。それは勿論あのクライミトがアカデミーを何故に退校したか、という事についてなのです。
少なくとも彼はテニスの腕を上げようとしていました。そしてその事に対して、何の迷いもないように見えました。一緒に練習をしていた自分には分かるのです。とても彼は粘り強いプレイをします。そしてまた、その性格もかなり粘り強い・・・。
そんなクライミトがアカデミーを退校したのです。何か急な事が起こったのでしょうか。例えば彼の親が病に倒れ、実家の家業を継がねばならなくなったとか・・・。それはあり得ない話ではありません。
うん・・・。きっとそう言う事だと思います。でないとクライミトが僕に別れも告げずに、いきなり去るなど考えられないのです。
ありえない・・・。絶対にありえないのです。彼が僕を裏切るなんて・・・。
「はあ・・・。」
ベッドで横になりながら溜め息をつくのでした。先程の事を引きずりながら、僕は眠りにつこうとしています。
===== クライミトが裏切るはずがない =====
===== 急に彼はテニスを諦めたんだ =====
クライミトがアカデミーを退校した事に対しての相反する両面の推測が、僕の頭の中で交錯していました。
(本当は彼を信じたい・・・な、でも・・・。)
そんな自分自身が嫌になりそうになりながらも、身体は疲労していたので眠りについたのでした。
~~~~~ そして翌日の月曜日 ~~~~~
「はっはっ」
早朝から僕は筋肉を鍛えるべく、スクワットにいそしんでいるのでした。そう、テニスの強さは技術のみでは決まらないのです。他にも筋力、スピード、スタミナも大切な要素なのです。まだ言えば精神面も必須だといえます。折れる心では、きっと激しいであろうプロの世界では生き残れないでしょう。だから自分はテニスコートに立つ前に、筋肉トレーニングをするのです。
「そろそろだな。」
自分の腕時計をみやり、テニスラケットを抱えて部屋を出ました。
===== カツーン カツーン =====
自分自身の足音が、その寂しい工場の廊下に響き渡ります。
===== コツーン コツーン =====
これはサニーの足音です。最近は慣れてきて、彼であることが分かるようになってきたのです。
そして・・・。
===== コッコッ コッ =====
さらに3人目です。これもわかります。シオンさんのハイヒールの奏でる音です。
とここまではいつもの調子・・・。
しかし今日は、ここからが違うのでした。
===== カッカッ カッ =====
少しばかり鋭さのある、それでいてしっかりと踏んでいる・・・。そんな足音を確認できたのです。
これは・・・。
明らかに第4の人物によるもの・・・。
急激に緊張感が込み上げてきました。何故ならこの廃工場に来て以来、僕は工場内でシオンさんとサニー以外の人物に接触したことがないからなのです。だからそれは自分にはとって非日常的な出来事以外の何物でもないのです。
この足音は一体、誰なのか・・・。
嫌な予感しか浮かんでこないのです。そして経験上、それは当たる場合が多いのです。
しかし考えても仕方がありません。僕はドアノブを握りました。
しかしその手は止まってしまいました。
(うう・・・。)
目眩がします。今にも視界が歪んできそうでした。それは現実からの逃避を身体が求めているからなのでしょうか。だがしかし、そんな事で時間を止める訳にはいかないのでした。
===== ガチャ =====
そしてドアが開かれました。
既に照明はついています。
「お久し振りです。」
その声に僕はギョッとしました。
(ま、まさか・・・。)
気はがつくと彼は目の前に立っていました。
(そ、そんな・・・。)
それは考えられうる中で最悪の状況でした。
文字通り僕は愕然としていました。




