努力が必ずしも実を結ぶ訳では無いのよ
厨房での皿洗い、盛り付けを担当していた僕に、突如として事件が起こりました。
それはお客さんが入ってきた事によるのです。しかも自分が知っている人が・・・。それは会うには余りにもバツの悪い人達なのでした。
でも幸いにも僕は裏方の仕事です。こちらから向かわなければ、実際に顔を会わす恐れはありません。
それにしても、この二人がつるんでいるとは自分には思いもよりませんでした。それでも、もう自分の心には不安しか無いのです。
余り露骨に彼らの方に視線を向けるわけにはいきません。恐らく彼は気配には敏感である、と思われるのです。
それでもやはり気にはなります。やはり彼が何人もの選手をサポートしているのでしょう。外資系のメーカーの営業であり、多分世界を飛び回っているのでしょう。
そしてもう1人の彼・・・。最初は久々に見かけると誰なのか、と思いました。それ程に今の彼は一回り以上大きくなった雰囲気があります。それはあくまで身体の大きさではなく、彼が持つ風格の話なのです。
何やら話し合っていますが、決して他愛のない内容でない事は分かりました。やはり今後の試合の予定についてでしょうか。
やがて食事を終えた彼らは店を出ました。無論、裏方である自分は彼らに接触することはありませんでしたし、存在を認識される事も無かったでしょう。でもそれでいいのです。ある意味、この僕は彼から逃亡の身であるのですから・・・。
しかし今回はもう一方の彼に差をつけられている事を、まざまざと見せつけられたのです。もう彼はプロの世界に身を投じて、揉まれている事でしょう。苦労しているのかも知れませんが、それは今の僕には絶対体験できない事なのです。それとも今後も自分は体験することも無いのかも知れませんが・・・。
ヒート・ウェーブ・・・。僕と同じく元アカデミーの生徒です。彼がアカデミーを退校してプロテニス選手になり、もう何ヵ月も経過しています。もうヒートは僕の手の届かぬ場所にいるはずなのです。オーストリア遠征時に、サニーを含めた三人で動物園に行った日が懐かしく思えます。しかしこの状況は、決して誰かが間違いを起こしたからの結果ではありません。自分達が各々にテニスに取り組んだ末の事であるのです。だからヒートに対してわだかまりや、ひがみの感情はありません。少なくとも理屈の上では、その様に解釈しているのです。それに本当に気になるのは、ヒートではないのです。
刻露清秀・・・。この僕をニューヨークに来させた男・・・。そうなんです。この人が先程、ヒートと会食をしていたのです。僕がアカデミーに在籍していたときは、彼らが会話をしているところなどみたことはありません。では刻露清秀は僕からヒートに乗り換えたのでしょうか。恐らくその答えはNOでありましょう。元々ヒートは当時のアカデミーの生徒の中では、実力的に頭1つ抜けていました。そんな有望な選手を刻露清秀が放っておくはずがありません。水面下で意志疎通を図っていたのではないでしょうか。つまり以前から彼らは繋がりがあった、とみるのが自然でしょう。本当に食えぬ男なのです。
だが今となっては、彼らの事は僕には関係ないのです。自分はあの刻露清秀から逃げ出したのですから。彼がどこで何をしているのか・・・。そんなことを僕が知ろうとする権利は無いのです。勿論あのヒート・ウェーブの事も・・・。
そうやって自分自身を納得させながら、再び皿洗いに没頭するのでした。
(ふう・・・。)
アルバイトも終わり、真っ直ぐに帰路に着きました。自分には余暇を楽しむような余裕はないのです。
===== 自分で選択したんだね =====
その声が聞こえ、僕はドキッとしました。
(桜さん・・・。)
そうなんです。だんだんと自分の中から存在が薄れ、今となっては全く姿を現さなくなった桜さん・・・。そしてもう声しか聞こえなくなったのです・・・。しかもその声すら聴くのも本当に久しぶりなのです。
「桜さん。」
僕は彼女の名を口にしました。
・・・・しかし彼女からの相槌はありません。でも今日の僕は諦めませんでした。
「桜さん。いるんでしょう?」
その根拠は無いのですが、そんな予感がしたのです。彼女が僕の不安に答えたくれるという期待を・・・・。
===== いるわよ =====
「やっぱりいたんだ。桜さん。」
===== 何か不安なんだね =====
やはり彼女は何もかもお見通しなのでした。
「うん。実はそうなんです。僕は自分の思うままに突き進んでいいのでしょうか?」
僕は今にも桜さんが消えてしまいそうな不安があり、即座に彼女に質問を投げかけたのでした。そしてそれは正しかったのかも知れません。
===== そのままの貴方でいいと思うわ =====
「そうですか。」
僕はホッと胸を撫で降ろしました。しかし・・・。
===== でもね =====
「でも?」
一転して僕の不安は復活しました。それに対しての桜さんの返答は・・・。
===== 努力が必ずしも実を結ぶ訳では無いのよ =====
「え!?」
それは身も蓋もない言葉でした。さらに不安が拡大するボクなのでした。




