~~~~~ 話は一週間前に遡ります。 ~~~~~(2)
「夏目さん。まず確認なのですが、貴方がプロテニス選手になる意思にはお変わりないでしょうか?」
シオンさんは机上で両手を組み、僕の顔を見据えていたのでした。その彼女の眼からも、また固い意思が伺えるのです。それが何であるのかは、この自分には分からないのですが・・・。
とにかく生半可な返事はできません。
「わかりません。」
これしか思いつきません。
その僕の言葉に対して、シオンさんは暫しの間を置きました。そして・・・。
「どうしたら良いのか、迷っておられるのですか?」
彼女はどうにかして、僕の心の内を探ろうとしているのでしょう・・・。しかしそのシオンさんに対しての自分の切り返しは、また違っていたのでした。
「プロテニス選手を目指すのが、自分の正しい道なのかはまだ分かりません。でもこれだけは分かります。今回の話は余りに一方的過ぎます。だから今の自分を自身で否定したくないんです。」
可能な限りに真っ直ぐに、僕は彼女の顔を見つめたつもりでした。その気持ちは果たしてシオンさんに伝わったのでしょうか。
「分かりました。それでは私共としては、できうる限りの努力をさせていただきます。」
その彼女の言う所の努力とは、何を意味するのでしょうか。
「まず第一に夏目さんが行うことは、速やかにこのアカデミーから立ち去る、ということです。」
僕はシオンさんの言っている意味が、全く理解出来ませんでした。だってこれでは自分の希望とは、まるで異なる話になります。ところが彼女の話は、ここからが肝心なのでした。
「ご安心ください、夏目さん。貴方にはテニスを続けて頂けるように致します。そのために第二に別の施設に入って欲しいのです。」
さらっと聞き捨てならないことを、シオンさんは述べたのでした。とても彼女は恐ろしい女です・・・。
「し、施設・・・?」
まさか彼女は、この僕を拘束してどうにかしようとしているのでしょうか。この僕をシオンさんは騙そうとしているのでしょうか。この時の自分はシオンさんへの猜疑心で、彼女に対して心のバリアーを張ろうとしていたのでした。
「夏目さん・・・。」
「?」
僕の名を呼ぶシオンさんの声はとても優しかったのでした。やはり自分の懐疑心は、取り越し苦労だったのでしょうか。それは僕の心の防御壁を揺るがすには、十分なものだったのです。
「ご安心ください。」
彼女は微笑を浮かべています。それは本当に信じて良いのでしょうか。はたまた企みの笑顔なのでしょうか。
「え・・・と。」
戸惑うばかりの僕は、何と返答すれば良いのでしょうか。それでも自分への導きは、しっかりと存在しているのでした。
「大丈夫よ。」
「は?」
その声は僕の背後からでした。
「今まで通りにテニスに打ち込めるわよ。」
そう言ってムーンは、コーヒーをテーブルに置くのでした。
「お世話になりました。」
僕はサンダー・ライトコーチに挨拶をしました。自主的退校です。
「元気でな。」
「有り難うございます。」
ペコリと礼をして、僕はこのアカデミーを去るのです。
他の生徒たちには挨拶をすることは、決して出来ないのでした。何故ならこれは隠密行動なのだからです。本当に寂しい形での退校となってしまったのです。
しかし感傷に浸る暇など、この自分にはなかったのです。
「そんなに時間はかかりませんからね。」
ハンドルを握りながらも、シオンさんは僕を安心させようとしている様子なのでした。アカデミーを出た僕は、シオンさんの車に身を委ねていたのです。
そして彼女の言葉に、嘘偽りはありませんでした。
「着きましたよ。」
「え?」
思いもよらない場所に、僕は動揺を隠せないのです。
「こ、ここは・・・。」
その建物は意外なものでした。縦長の古びた鉄骨が見えるのではないか、と言うくらいの姿です。そして駐車場は、というか空きスペースは舗装等されておりません。そうこれは要するに、一言で表現すると・・・。
===== 廃工場 =====
「は・・・。」
一体、僕はここで何をされるのでしょうか。不安しかありません。それでシオンさんは僕の気持ちを察したのか・・・。
「ご安心ください。この工場の安全性は検査済みです。それに・・・。」
「それに?」
「中の設備は最先端を走っている、と言っても過言ではありません。」
「最先端?」
そう彼女に言われても、僕にはピンと来ないのです。一体何を持ってして、最先端と申すのでしょうか。
「どうぞ。」
シオンさんは出入口に脚を踏み入れて、僕においでおいでの仕草をしています。どこで彼女はそんな動作を覚えたのでしょうか。それは何故なら日本では「おいでおいで」なのですが。欧米なら「しっしっ、あっちいけ」の意味になるのです。やはりシオンさんは日本とは何かしらのつながりがあるのでしょうか。しかし今その答えを求めたとしたも、彼女には煙に巻かれることでしょう。
薄暗い廃工場。その入口で紺色のスカートスーツを身に付けた白人女性が、自分に向かって手まねきをしている・・・。しかもうっすらとした笑みを浮かべて・・・。
あ、怪しい・・・、真に怪しい事この上無いのでした。




