~~~~~ 話は一週間前に遡ります。 ~~~~~(1)
~~~~~ 話は一週間前に遡ります。 ~~~~~
僕は刻露清秀さんから、アカデミーを退校することを勧められました。それはプロテニス選手になることを諦めろ、という意味でした。要するに僕に対しての経済的支援は、これ以上はできない・・・。自分の支援者・・・。その人の顔も名前も、僕は知りません。ただ自分は言われるがままに、ここニューヨークにいたのです。まだ若い僕は疑問を感じつつも、出された船に乗り込む以外の選択肢をとれませんでした。でもそれは自分に取って自然な事なのです。何故ならこのまま努力し続けられれば、何も悩む事がないからなのです。ところが実際はそんな簡単なものではなかったのでした。何の予告もなく、その梯子は外されたのです・・・・。
当然こんな理不尽な仕打ちを受けて、自分が納得がいくはずがありません。一方的に決められて従い続けてきた、このボクは・・・。
かといって今の僕には対処する方法が思い付かないのです。何のかんの言っても、自分はまだ社会人になって2年目のヒヨッコなのです。それに生まれ育った日本ならまだ足掻けば何とかなる気がするのですが、生憎ここは異国の地であります。この広いアメリカをたった1人で、生き抜いていく自信は自分にはありません。
もう全く途方にくれる他ない、僕なのでした。もう刻露さんのいう通りにするしかない、と考える他ありません。
勿論、その翌日の練習にも身が入りません。お昼ご飯も喉に通りません。もはや僕は上の空なのでした。そして惰性で一日を終え、自分の部屋に戻ろうとしていたのです。しかしその時、僕の背後に迫る人影があったのです。普通なら恐怖を感じ、そこから速やかに逃避するべきではないでしょうか。それでも危機感を抱かなかったのは、何か自分の知っているものに対する確信の様なものなのではないでしょうか。そしてそれは正しかったのかも知れません。いやハッキリ言うと、まさに救いの手だったのであります。
「夏目さん。」
その女性の声に、僕は聞き覚えがありました。
「こんばんは。」
振り返ると、僕の記憶が正しかったことがわかりました。
「暫くぶりです。」
そう言って彼女は、軽く僕に会釈をするのです。その一連の所作から、彼女が日本慣れしている事が伺えます。
彼女の名は、シオン・サンカン。日本でも会ったことのある人物です。そして刻露清秀さんと恐らく仕事上の繋がりのあるの人物なのです。
それからシオンさんは、あの秋原紅葉さんの個人的な事情も把握していたのではないでしょうか。彼女とは日本で、病院の近くでの喫茶店でお話したのです。
このアカデミーでもお見掛けしました。
そんな彼女がまた再び、この僕の前に現れました。一体何の用件なのでしょうか。
「夏目さん。貴方の状況は把握しております。」
僕とシオンさんは、落ち着ける場所で腰を掛けていました。それは今まで僕が出入りしなかった所なのでした。
「お待ちどおさま!」
「有難うございます。」
シオンさんは、ウェイトレスに丁寧にもお礼の言葉を述べました。これにより僕の彼女に対する好感度は、大きく上がったのでした。それからこんな一言でも人の見方は変わるものだ、という事を我ながら感じたのです。そしてシオンさんの一言には、また別の意味が込められていたのでした。
それはこの落ち着ける場所を提供してくれたからなのです。もうこのアカデミーのレストランは閉店しています。どうやらウェイトレスのムーンの働きかけで、閉店後にここに入れるようになったようなのでした。
これにより猶更、自分の知らないところで何かしらの大きな力が働いているのではないか、という疑問が確信に近いモノに変わったのでした。間違いありません。少なくともこのシオンさん、それにムーンも僕の味方なのです・・・。もしそうでなかったとしても、そう考えなければやっていけないと思うのでした・・・。
「これまで夏目さんは支援を受けて、このアカデミーでテニスの腕を磨いてもらっていました。」
これは自分の認識と全く同じなのです。だからこのシオンさんの言葉には、黙って頷きました。でも疑問は彼女にぶつけました。
「じゃあどうして僕に対する支援は、急に打ち切られることになったのでしょうか?」
シオンさんの返答は・・・。
少しだけ咳払いをしたのでしょうか、僕は彼女の顔を直視は出来ていませんでした。それは自分がシオンさんに発した問いが、事の核心に迫るものであったからなのかもしれません。要するに自分は、真実を知るのが怖いのでしょう・・・。
その自覚はあるのですが、かといってそれから目を背ける事は決して許されないのです。何故ならそれは恐怖と同等の欲求が、自分自身の心に存在しているからなのでした。
そして限りなく確信に近い話は始まるのでした・・・。




