紅葉さん、誘拐される
また翌日、僕はテニススクールの残り少ない日々を大切にすごそうとしていました。
そして、今日も相変わらずなにかありそうです。
と、言うか僕は高校を卒業してからとても密度の濃い時間を生きています。
これも、紅葉さんをはじめとした癖のある・・・・・、いや個性的な方々のおかげだと思っています。
と、まあ前置きはこれくらいにして、僕は目の前のことに集中することにします。
「あの、すいませんけど・・・・・・。」
「どわっ・・・・!!」
至近距離から男性に声をかけられて、僕はびっくりしました。
(ドキドキ・・・・・。うわあ、きっと僕はいままでボウッとしていたんだ・・・・。冒頭のブツブツ言ってたこともみんな聞かれていたんだ・・・・。)
「あ・・・・。ごめんなさい、驚かせて・・・・・。」
僕の目の前にいるのは四十歳前後くらいの、気の弱そうなヒョロッとした華奢な感じの男性でした。
僕には彼がとてもスポーツをするような体格と雰囲気とは、とうてい思えません。
それに・・・・一言で言うと、失礼なのですが、なんだかちょっとこの人は不気味だ。
結構度の強そうな細い黒縁の眼鏡、くたびれたワイシャツ、履きこんだ感のあるスラックス、手入れのされていない茶色の革靴・・・・・・。そして極めつけは、デニム色のチューリップハットです。
(怪しい・・・・、怪しすぎる・・・・・。)
この人はこのスクールに通う子供達を狙っているのではないのか、という疑念を抱くには十分な怪しさを醸し出しています。
「あの・・・秋原紅葉さんはおられますか?」
男性は落ち着いた口調で、僕に問いかけてきました。
(も、紅葉さんに、用があるのか・・・・・!
この人は、いったい紅葉さんに何をしようとするつもりなんだろうか・・・・。
たとえば・・・・・。)
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{紅葉さんはこの後に、この男に誘拐され監禁される事となった。
外界からは完全に遮断された、暗い暗い地下室。
紅葉さんはその部屋のベットに縄で括り付けられ、身動きがとれない。
そこに、白衣を身にまとったあの男が現れる。
その男の手にはキラリと光る、メスが握られている。
あまりの恐怖に顔を引きつらせる、紅葉さん。
あのメスが紅葉さんの首筋に徐々に迫る・・・・・・・。
紅葉さんの目から涙がこぼれてきた・・・・。
勿論、メスがバターナイフだったなんてオチはなかった。
紅葉さんの顔が、みるみる恐怖から諦めに変わっていく。
無情にもメスは紅葉さんの、頸動脈を断ち切った。
紅葉さんの返り血が、みるみる男の白衣を紅く紅く染めていく・・・・・。
「紅は、血の色・・・・・・・。」
男はニヤリと笑い、そう捨て台詞を吐いた。}
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「ふうっ・・・・・。たとえばこんな感じになるのかなあ・・・・。」
僕は誠に勝手な想像をふくらませて、一人で盛り上がっていました。
(あれ・・・・・・・?あの男性がいないな・・・・・。)
おそらく男性は、僕が独り言を述べている間にどこかに行ってしまったのでしょうか・・・・。
僕は右手をサンバイザーのツバの様にして、周りをキョロキョロと見回していました。
(あ・・・・・・・!!)
僕は、余りにも唐突なことに対して愕然となりました。
何故かというと・・・・・・、その男性と紅葉さんが向き合って立っているからなのでした・・・・。
(本当に、大丈夫なの・・・・・?紅葉さん・・・・・・。)




