紅葉さんの、秘密
(そんな・・・・。そんな・・・・・やっぱり紅葉さんは、薬物に依存していたのか・・・・。)
僕は逃げ場のない、絶望にうちひしがれていました。
「この薬を服用したら、試合のドーピング検査で引っ掛かるんだ。」
紅葉さんは、覚悟を決めた表情で淡々と僕に語りかけました。
「う・・・・・・・・!!!!」
(やはり噂はほんとうだったのか・・・。)
真剣に話す紅葉さんに、僕は批判の言葉をかける事はできませんでした。
「でも・・・・。それでも巳波くんには、アタシの話を聞いて欲しいの・・・・。お願いだから・・・。」
紅葉さんのこの言葉に、僕はこの話が単純な事ではないと直感しました。
「アタシは、小さい頃から内臓の病気を抱えているの・・・・。それは、体に必要な成分を、内臓が生成できないという事・・・・。一言で言うと、内臓の機能不足なの。」
紅葉さんは、とても辛そうな顔で呟くように僕に言いました。
(ええ・・・・・!?)
それは普段の紅葉さんからは、想像もできないような告白でした。
「アタシは小さい頃は体も大きくて、運動も得意だったんだけど・・・・。不自然な位にスタミナのない子供だったそうなの・・・・。外で遊んでいるときに倒れちゃって、病院で検査したら内臓が悪いことが判明したわ。無理をしなければ、通常の生活は間違いなく送れるわ。だから、お医者さんからは激しいスポーツはやめるように言われたの。アタシ、とても辛かったのよ・・・・。その頃は。」
僕は若干、紅葉さんの言わんとしていることが、わかってきました。
「でもね、そんなアタシに手をさしのべてくれた、お医者さんが現れたのよ。」
紅葉さんの、話の核心に迫ってきている事が、僕には感じとれました。
「若い二人のお医者さんが、アタシの為に薬を開発してくれたの。当時、とても優秀な女医さんと、若い男のお医者さんだったわ。」
(あ・・・。やはりそうか・・・・)
やはり、今プロ活動を休止しているのは、怪我でなく内臓の状態が悪くなったからだったのでしょう。
僕は不安から、解放されていく自分にきずいていました。
「この薬はアタシの内臓が十分に生成できない、成分を補う働きがあるらしいんだ。それでね、この薬ではプロテニスの試合のドーピング検査にひっかかるんだ。」
(え!?紅葉さんは、ドーピングしたことになるの・・・・?)
「やはり、この薬が紅葉さんのプロ活動休止にかかわっているんですか。」
僕は、不安ながら紅葉さんに問いかけました。
「でもね巳波君、この薬にはもう一つのバージョンがあってね、この別のタイプではドーピング検査にひっかかる成分がないんだよ。」
紅葉さんは、薬の袋を手に取りながら説明しました。
「じゃあ紅葉さん、そのタイプの薬を使用すれば、問題はないんですね。」
僕はホッと、胸をなで降ろしました。
「ううん実は、ドーピング検査はパスできるけど問題はあるの。それは、このタイプの薬は効き目がとても弱いの。だから、アタシはテニスの試合では体にとても負担がかかるのよ。」
(そうか、全てが納得できた。紅葉さんが国内の試合をメインにしていて、あまり海外の試合にいかない理由・・・。やはり体調の管理が難しいからなのだ。本来ならプロテニス選手であること自体、紅葉さんにとって大変な事なのだ。なんせ、プロテニスの試合は2時間や3時間は普通にかかる。それがトーナメントとなると、連日の疲労が蓄積する。紅葉さんにとっては非常に過酷な条件での戦いになるであろう・・・・。)
僕は誤解とはいえ、紅葉さんに抱いた怒りの感情に対してとても後悔しました。
紅葉さんの明るい表情は、病で苦しんでいることの裏返しだと思うと・・・・。
とても、僕は紅葉さんが不憫に思えてきました。
「アタシが内臓の病気で、治療と薬の投与を継続していることは支配人も日向コーチも知っているわよ。」
「そうなんですか・・・!」
「それに、薬の使用はプロテニス協会にも申請はしているし、ドーピング検査にも問題なしとなっているよ。」
「それなら、紅葉さんはなにも悪いことしていないじゃないですか。どうして、マスコミに叩かれなければいけないんですか。」
「雑誌の記事は、アタシが薬物を投与していると書いているけど、ドーピングしてるとは書いてないわよ。」
「え、じゃあ・・・・?」
「巳波くんをはじめとして、記事を読む人は先入観があるからね。厳密に言うとこの記事は嘘は書いていないことになるわよ。」
(たしかに、僕は勝手に紅葉さんがドーピングをしていたと決めつけていた・・・・。この記事は紅葉さんが、病気の為の薬物投与をした事を差しているのだ。)
「この雑誌は巧みな表現で読者に、アタシがドーピングしたと誤解させるように誘導したのよ。」
紅葉さんは、この話の真相をまとめてしまいました。
「それと・・・。こんな事には、沈黙するしかないんだよ・・・。」
紅葉さんは若干遠い目でいながら、かたりました。
「紅葉さん、僕は心配です・・・・・。」
僕は、心から率直な気持ちをだしました。
「ありがとう・・・・。巳波君・・・。」
紅葉さんはフウっと、小さなため息をつきました。
「でもね、アタシはやられっぱなしじゃないんだよ。アタシは、秋原紅葉は、必ずそんな噂なんてはねかえしてやろうと思っているんだ。」
紅葉さんの目は、何かを狙っているような輝きを見せていました。
(紅葉さん、やぱっり、紅葉さんは紅葉さんだ・・・・)
僕は紅葉さんのその言葉を聞いて、少しだけホッとしました。
紅葉さんらしいところは、ちっとも変わっていない・・・・。
「もみじさん・・・。」
僕は、安心したところで先ほどから、気になっていることを表明しようと試みることとしました。
「何?巳波君」
紅葉さんも、なんだかスッキリした表情をしていました。
「あの紅葉さん・・・。できたらその・・・。パジャマかスウェットとかを着ていただきたいのですが。」紅葉さんは、白のバスローブ1枚だけを身につけているだけのようでした。
だって、なんだかボディラインが露わになっているのですから。
「紅葉さん、風邪をぶり返してもまずいでしょうし・・・・・。」
「あら、そう・・・?」
目のやり場に困っている僕を見て、紅葉さんはとても満足そうでした。




