何故か、懐かしい味・・・・
僕は、頭が真っ白になっていました。
というより、頭が真っ白になるとはこのことだと、理解しました。
僕は紅葉さんに対して、抵抗しようという気持ち全く湧いてきませんでした。
紅葉さんには、今までとても優しくしてもらいました。
そんな自分が、紅葉さんと争う事などできるであろうか?いや、できるはずがない。
僕は今の紅葉さんが、薬物に侵された女性であろうと、あるいは悪魔であろうと、彼女の存在を批准する覚悟です。
僕は・・・・。紅葉さんになら・・・・、殺されても文句は言わない・・・・・!
僕は、腹を決め目をつぶって下にうつむきました。
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しばしの・・・・、沈黙が続きました。
ザッザッツ!ザッ、ザッツ!・・・・ザッ、ザザッツ!!
(・・・・・・・!?)
ザッ、ザザッ!!ザザザッ!!
(ええっ?何の音なんだろう・・・・?)
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(ん??なんだろうこの香りは・・・?僕は、この香りをおそらく知っている。)
僕は・・・・。僕は、恐る恐ると薄目を開け始めました。
すると僕の目の前に現れたのは------。
「巳波くん、落ち着いてよ。」
紅葉さんは、小さなナイフを使ってパンにバターを塗っていました。
・・・・・・・・・・・え!!
(なんだ、紅葉さんが握っていたのはバターナイフだったのか。)
どうやら、僕の勘違いでありました・・・。
米注釈・・・・バターナイフとは、パンにバターもしくはマーガリンを塗るための道具である。夏目は、これを小さなナイフと思っていたのであろう。
「巳波君、お食べ・・・。」
紅葉さんは、とても優しい表情で僕にパンを差し出してきました。
僕はガクッと拍子抜けしましたが、素直に紅葉さんのパンを受け取り食しました。
「あ・・・・。このパンおいしいですね。」
本当にこのパンは、とても美味しかったです。
しかも、このパンの味は、僕にとってなんだか・・・・・。
「巳波君、とってもおいしいでしょ?アタシの実家は、老舗のパン屋さんなのよ。」
紅葉さんの実家がパン屋さんとは、意外や意外でした。
でも、きっと紅葉さんも実家にいるときは、パン屋さんの手伝いをしていたんでしょう。
僕は勝手に紅葉さんが、三角巾とエプロンを着用した姿を想像してしました。
(なかなか、可愛いじゃないか・・・。)
僕は、おそらく小声でブツブツ呟いていました。
しかし、僕はあることに気がつきました。
(あれ?僕は、このパンの味を知っている。間違いなく以前に、僕はこのパンを食べていた。僕はどうして紅葉さんの実家の、パンの味を知っているのだろう。どうして・・・・・?)
「うふふ、巳波くんは前から、アタシん家のパン大好きだったもんねー。」
紅葉さんは、右耳に人差し指を添えて、ニコニコしていました。
「・・・・・・・・!!え!?」
まるで紅葉さんは、僕を以前から知っているかの様な台詞を出しました。
「ううん、独り言だから・・・・。忘れて、忘れて・・・・。」
紅葉さんは、それ以上の事は言おうとはしませんでした。
「ーって、ごまかさないでくださいよ、紅葉さーん!!」
僕は、危うく紅葉さんに話を、脱線させられていたことに気がつきました。
「タハハ、ばれちゃったか!」
紅葉さんは、右目をつぶって、ちょっとベロを出していました。
そして紅葉さんは、両目ともつぶって、とても深いため息をつきました。
「巳波君には、どうしても話さないといけないようだね・・・。」
紅葉さんは、急に改まった様に神妙な顔つきに変わりました。
僕は、おそらく深い訳があるのでないかという、わずかな望みが沸いてきました。
「巳波くんが、アタシから聞きたいことは、この雑誌の記事のことだよね?」
紅葉さんは、昨日に僕が見た雑誌を持っていた。
(紅葉さんもこの雑誌を持っていたのか・・・・。)
「巳波君、心配させてごめんね・・・・。実はこの雑誌の記事で書いていることは、本当の事なの・・・・」
僕の目の前は、シャッターが閉じられたように真っ暗になりました。
(そ、そんな・・・・。紅葉さん、それはないよ・・・。)




