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ぼくらが旅に出た理由

作者: あめ



「旅立ちの村」「始まりの村」と、そんな風に呼ばれている村がある。

元々は開拓者の名前か何かが村の名だったらしいが、誰からも呼ばれずそのまま忘れ去られてしまった。

遥か昔、世界に訪れた危機を救った人達がこの村で祝福されてから旅立った事にちなみ、それ以来旅を始める人達はまずこの村に立ち寄って祝福を受ける事になっている。


ぼくはこの村唯一の宿屋で、毎日旅立つ人達を見送っている。




その人は「旅立たずにはいられないんだ」そう言って旅に出て行った。


見上げるくらい大柄で、縮れた赤毛が炎のような、人懐っこい熊みたいな人だった。

「俺が旅に出る理由?・・・笑うなよ。

 昔故郷の村に立ち寄った旅人から聞いたんだ。

 ここからずっとずっと北には一年中雪を被った山々があるんだって。

 渡り鳥さえも超えられない程の、な。

 それを聞いてから北の山脈を越えた先になにがあるのか気になってどうしようもなくなってな、

 教えてくれた旅人が村を立つ前に約束したんだ。『俺はいつか北の山脈を超えた先に行く』ってな」


ぼくも山脈の先に行ってみたい、そう言うと彼は大笑いしながら言った


「そうか!おまえも俺と同類か!!だが悪いが先に辿り付くのは俺だぜ?

 だが、もし…万が一に、だ。俺が旅の途中で力尽きる事があっても、

 おまえのように後に続く人間がい ればすこしだけ寂しくない気がするな。

 …誰にも知られず誰にも気にされないまま消えていくのは、寂しいからな…」


彼はちょっとだけ顔を赤らめながらそう呟いて、わずかに残っていた酒を一息に飲み干した。




その人は「旅立たなければならない」、そう言って旅に出て行った。


彼は東の果てにある塔の頂へ向かうべく、この国の王直々に使命を受けた選ばれた騎士だった。

日の光を浴びて輝く金色の髪と思わず見とれてしまう程の凛とした顔立ちは

まるでおとぎばなしから出てきた騎士様のようだった。


常に彼の旅立ちを祝福する沢山の人々に囲まれていて、彼はいつも笑顔でその中心にいた。


ある時一度だけ、彼が一人きりで飲んでいる事があった。

いつもの笑顔はなく、思いつめたように俯いたままずっと何かを考え続けているようだった。

料理を出しに来たぼくと目が合うと、彼はすこしだけぼくを見つめた後

またすぐに俯いて何か呟き始めた。

ぼくに向けて話しているのか、ただ呟いているだけなのかよく判らなかったが

とりあえず僕も腰掛けて彼の話を聞くことにした。


「沢山の人々が、私が成し遂げる事を願ってくれている…私が成し遂げなければいけない…

 この命に代えても…代えても成し遂げられなかったら…?

 私は全てを背負って、そして成し遂げなければならないんだ…」


まるで重たい荷物を背負ったまま必死に我慢しているかのように、

彼は苦しそうに吐き出すようにそう呟いていた。

なんだかそのまま机に倒れ伏してしまいそうで、余りにも重たそうで

ぼくは思わず声をかけてしまった。


もし貴方が成し遂げられなかったら、ぼくが代わりに引き受けるよ、と。

ぼくが引き受けられる事なんて、ほんとうに大した事ないもの程度だろうけども。


まるではじかれたように、びっくりしたように俯いていた顔を上げた彼の表情は

妙に子供っぽくて、ぼくは同い年の友達と話をしているような気持ちになった。


「君が?…はは、はははは!いやゴメン、決してバカにした訳じゃあないんだ。決してね。

 ただあんまりにも意外な答えで……いや、でもなんだかすごくほっとしたよ。

 背中がすこしだけ軽くなったような…」


そういって彼は、じっと考えこんだあと


「…うん、そういえばそんな風に言われたのは初めてだったかもしれない。

 皆私が使命を成す事を心から願ってくれてはいるけど

 私が駄目った後の事を引き受けてくれたのは君だけだ。

 もちろんだからって君の人生を懸けてまで引き受けて欲しいなんて思わないけど

 それでも嬉しかった…ありがとう」


彼はいつもの笑顔とは違う、すこし照れたようにはにかんで笑った。




その人は「旅になんて出たくない」、そう言って旅に出て行った。


西の砂漠の先には、この世界を守る「標」があるらしい。

彼女はその「標」の元へと旅立つ為選ばれたそうだ。


その辺りの事情にはぼくにはよくわからないが、少なくとも彼女がその事に対して不満で

だから朝から晩まであんなに不機嫌そうなんだろうな、とは想像が付いた。


彼女は村から出るまでほとんど宿に篭り切っていて

また御付の人達とも出来るだけ顔を合わせようとしなかったので

いつしか食事を運んだり室内を整えたりするぼくが唯一の話相手になっていた。


「それで?ねえそれからその人はどうなったの?」


ぼくがこの村で出会った旅人達の話をすると彼女はとても楽しそうにしてくれるので

彼女の部屋を訪れる度に話をせがまれるのが毎回の約束事のようになっていた。


いつもの不機嫌さはどこかに飛んでいき、猫みたいに目をくりくりさせながら話を聞いてくる姿は

妙にほほえましく、周囲がぱっと明るくなるようで

それに当てられてぼくもつい色々と話し込んでしまう。


話が一区切りしたとき、ほっと息を付きながら彼女がふと呟く


「『標」へ辿り着くまで、せいぜい数年よ。辿り着いたら私の旅はそれでおしまい。

 そうしたらもう、どこにも行けない。…あなたの話も聞けなくなる、ね」


彼女はそう言うと、じっと、ひどく真剣なまなざしでぼくを見つめてきた。

その目が潤んでいる事に気付いて、ぼくはなぜかひどく申し訳ないような気持ちになってしまう。


「ふふ、困らせるような事いってごめんね。でもね、私あなたにあえて本当に良かったって思ってるの。

 きっとこの先何があっても、あなたの事やあなたが話してくれた事を思い出せば

 すこしだけがんばれる気がするから」


いつか会いに行くよ。そうしてもっと色んな話をするよ。

だからその時は君も、ぼくに色んな話を聞かせて欲しいな


「うん…もっと聞きたい、もっと話したい…楽しみだな、いつかまた会えて、こんな風にまた話せたら…

 私ずっと、楽しみにしているからね…?」


彼女はそう言うと、泣き出しそうな顔のままにっこりと笑ってくれた。



それからも沢山の人達が宿を訪れ、様々な理由を抱えながら旅へと出て行った。

ぼくはそれを見送りながら、お金を貯め、色んな事を聞き、学んでいった。

そうしてしばらく後、ぼくの替わりに宿屋を引き受けてくれる人も見つかり。


ぼくは旅に出ることにした。

見送っていった人達との約束を守る為に。



…それがぼくが旅に出た理由なんだ。最後まで聞いてくれてありがとう。

 次は、君の話を聞かせて欲しいな。





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― 新着の感想 ―
[一言] なかなかよくできた物語ですね。「文学」の香りがします。 この下地にもっともっと文学の栄養を与えて行けばきっと大きな樹に育つような気がします。
2017/06/14 02:42 退会済み
管理
[一言] なんか、ぐっときました。
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