5-17
元ニュールンベルク首都 サントス ボリス
さて、あれから1週間様子を観察しているが、特段目立った動きはない。
普通に顔見知りに声をかけ談笑し、魔術師たちに炎魔術を指導し、暇なときはブラブラと歩いているだけ。
「……やはりニャスビィシュの思い違いではなかろうか?」
私は遠目に観察しながら見ていると、後ろから急に声をかけられた。
「誰の思い違いか。」
「うわぁ! ……なんだニャスビィシュ殿か」
「呼び捨てで良い。ところでどうだ? この1週間ほどはできるだけ目を離していたが、変化はあったか?」
今サラッと、とんでもない事言われた気がする。
だが、そんな事を気にしている場合では無い。
「残念ながら全くと言って良い程自然体で、特に何かをしようと言う感じには見えないな」
「まぁ、そんな怪しい空気を出しながらうろついてたら、誰だって何もしないだろう」
そう言って、ニャスビィシュは私の恰好を見てきた。
私の今の恰好は、頭に木箱を載せて荷物のフリをしている所だ。
というか、なんでバレたんだ?
「とりあえず、お主に尾行の才能が無いのだけは分かった。だからその木箱を脱げ」
そう言われて、頭から被っていた木箱を持っていかれてしまった。
ナイスなアイデアだと思ったのだがな。
「……もうツッコまんぞ。それはさておき、そろそろ動き出すころだろうから、ここからは俺も加わろう。……とてもでは無いが任せられんからな」
ん? 最後の方がボソボソと言っていたので聞き取れなかったが、心強い味方が出来て安心だな。
その後、私とニャスビィシュの2人で彼女の見張りを続けた。
基本的に、彼が動き出しを指示して、私がそれに従うという状態だ。
それからまた、数日が経ったある日。
昼間に怪しい動きを見せないという事で、交互に夜の見張りをする事にした。
その甲斐あってか、つい先日夜更けに出て行くアニエスを見つける事に成功した。
ニャスビィシュからは、おかしな動きがあったら、1人で動かず知らせろと言われているが……、どうしたものか。
私はその場で、アニエスが見えなくなるギリギリまで悩み、決断した。
「……追う。奴がどこに向かっているのかだけでも知らなければ、次の行動の為に」
そう判断した私は、アニエスの背中を見失わない様に動き始めた。
彼女は私に気づいているのかいないのか、一定の速さで歩いている。
私はというと、できる限り見失わないよう、それでいて近づかないようにソッと後をつけていた。
暫く歩いて、基地の外へと向かうのが見えた。
正直これ以上追いかけるのは、危険を伴う。
ここが私の限界だろう。
次の日、夜にあったことをニャスビィシュに報告すると、彼は物凄い形相で怒ってきた。
「この馬鹿野郎が! 俺が居ない状況下で無茶をするんじゃねぇ! 無理と無茶は全くの別物なんだ! 良いか? 今回は奴に気づかれない距離を保てたから良かったが、一歩間違えば確実に死んでいたんだぞ!?」
「うッ……、すまなかった。確かに私が浅慮だったが、そこまで怒らなくても」
「わかってねぇ! てめぇが死んだらこの組織は空中分解しかねねぇんだ! その事もっと肝に銘じておけ!」
「わかった……。本当にすまない」
彼のストレートな言葉に私は、感謝の気持ちと一緒に申し訳ないと精一杯頭を下げると、彼も納得したのか頷いて話を変えてくれた。
「まぁ、その、なんだ? 一応手柄っちゃ手柄だからな。次は俺も一緒に見張る。すぐには動かないだろうが、警戒するにこしたことは無いからな」
「あぁ、よろしく頼むよ」
その日の夜から、再び私たちは2人で見張りをする事にした。
「前は、どれくらいに出て行ったんだ?」
「ハッキリした時間は分からないが、相当遅い時間だったのは確かだ」
「なるほど、それはまた長くなりそうだな。……よし、1時間交代で寝ながら見張ろう」
「わかった。では、先に寝てくれ」
私たちは交代で見張る事にした。
それから、2交代した頃に彼女が動き出した。
「ニャスビィシュ、彼女が動き出したぞ」
「んぁ? お、おぉ。ん? なんかいつもと様子が違うな」
私が起こすと、瞼をこすりながら彼女の方を見て彼は呟いていた。
「違うとはどういう事だ?」
「ん~、簡単に言うと隙だらけなんだ。普段の彼女から考えるとあり得ないくらいに」
「隙だらけ?」
「あぁ、普段ならこの距離で見ていたら気づかれているだろうけど、何故か気づいた様子が無いんだ」
「寝ぼけているとか?」
私が思った事を口にすると、ニャスビィシュは首を横に振った。
「いや、そんなものじゃない。俺は詳しくないが、魔術的な何かの可能性が高いだろう」
「という事は、術者がいる?」
私の言葉に彼は頷いて動き始めた。
「術者が居るなら、そいつを倒せば奴を開放できるかもしれん」
アニエスを開放できる。
それは本格的にこちらにとってありがたい。
それから私たちは、息を殺し、足音を忍ばせながら彼女のあとを追いかけ続けた。
前回は、基地の外へ行ったので中断したが、今回はニャスビィシュも一緒なので尾行を続けた。
基地は、首都の郊外に位置した場所にある。
その為、閑散としており、夜に外に出ても人と会う事は少ない。
そんな閑散とした場所から彼女は、更に人の少なくなる城外へと向かって歩き始めた。
「どこまで行くのだろう?」
「さぁな、そればかりは奴に聞かねばわからんからな。今は、見失わない様に気を付けよう」
さらに歩く事10分、彼女が立ち止まった。
その様子を見た私たちは、物陰に隠れると、1人の男が出てくるのが見えた。
「不気味な男だな」
「しっ! 何か話している」
私たちは耳をそばだて、彼女たちの話を注意深く聞いた。
「――反乱軍は――そうか、では――どうなっている? よろしい、引き続き情報を」
彼女の声は蚊の鳴く様な小さいもので聞こえなかったが、男の声は不気味なくらい通りが良く、所々聞こえにくい所はあるものの、こちらにまで声が届いていた。
「やはり、俺たちの動向を探っていたか。ただ、あの様子から考えると、アニエスは操られているかもしれんな」
「ほう、それはなぜそう思うのだ?」
「勘、と言うやつだな」
うん、なんとなくわかっていたよ、君がそう言うやつだという事は。
そんなやり取りを私たちがしていると、彼女の目の前に居た男の姿はなくなり、彼女が踵を返して戻ってくるのが見えた。
「これは、何か対策を考える必要がありそうだな」
「いや、操られているのなら、うちにそういう系統の魔術が得意な奴が居るから大丈夫だ」
「ほう、それは心強いな」
「まぁ、後は奴の人間性が問題だが、今はそんな事些末な問題だろう」
「それは、些末な問題にしてはいかん気がするぞ?」
と、とにかく、彼女にかかっている術をどうにか解く必要があるのは、変わらないので彼に相談してみる事に私たちはしたのだった。
今後もご後援よろしくお願いします。m(__)m




