5-11
俺の前に跪かされたのは、猿轡を噛まされ、手足を縛られた病的なまでに細い男だった。
まるでどくろの様に頬はこけ、腕は骨と皮だけの様になっていた。
そして、所々白いベッタリとしたものが服についているのだった。
「……逮捕後すぐに連れて来たんだよな?」
「はっ! 逮捕した段階ですでにこの様に痩せておりました」
俺の疑問にバリスが背筋を伸ばして答える。
まぁ、それなら元からか、追い込まれて買い出しも満足にできない状態だったのだろう。
「さて、貴君の所属と上官の名前を言って頂きたいのだが、現状君の猿轡を取る訳にいかないからな……、アンドレアは呼んだか?」
猿轡をしている理由は事前に報告で聞いている。
なんでも移送途中に舌を噛み切ろうとしたそうなのだ。
それからしばらく、どうしようかと考えていると、アンドレアがやって来た。
その手には自白剤……ではなく筒状に丸めた紙を持っていた。
「遅くなりました。実験の結果が良かったので、つい調子に乗って遊んでしまっていました」
うん、早く来いって言ったのに自由人過ぎるぞ。
俺は心の中で彼に突っ込みつつ、間諜に向き直って告げた。
「さて、これから君を拷問しても良いのだが、それは私たちの本意ではない。今自分の意思で語ってくれるとありがたいのだが、どうだね?」
俺の問いかけに彼は、フッと蔑むように笑ってきた。
交渉決裂である。
「アンドレア、実験の成果を彼に試してやってくれ」
「では、少し別の場所でお時間を頂きます」
「よろしい、連れて行け!」
俺は、アンドレアと自警団の団員が間諜を連れて行くのを見送ってから、バリスに捕物劇について尋ねた。
「さて、ご苦労さんだったな。どんな感じで捕らえられた?」
「はっ! ご報告します」
そう言って彼は、諜報部のこれまでの捜査報告をまとめたものを手に話し始めた。
「奴を捕らえる作戦が始まってからしばらくして、街に長期滞在している者が数名居るとの情報が宿屋から提供され始めましたが、それらは旅人やハイデルベルク国の貴族から派遣された者たちでした。次に提供された情報が狩人からでした。最近森で獲物を撃ち落とした後、落ちた場所に獲物が居ないと言う情報が数件寄せられており、場所を精査したところ、奴のアジトが見つかったそうです」
「という事は、街を離れて森の中で暮らしていた、と言うことか?」
「その様です。余程腕に自信があったのでしょう。でなければ無謀以外の何ものでもありません」
バリスのいう事はもっともだ。
この世界で森と言うのは、魔物の巣で基本的には入らない、入るとしても腕に自信がある者でなければ死ぬと言われている。
軍隊でさえも入るのを嫌がる場所なのだ。
「そこで奴のアジトを見つけた諜報部は、奴のアジトの周囲に罠を仕掛けました。その罠は、水と小麦の降り注ぐ罠です」
「……それはまた贅沢な罠だな。それで、どうなった?」
俺が小言を挟むと、バリスも苦笑いをしながら続きを話し始めた。
「その罠は見事奴に命中し、奴は真っ白になったそうです」
まぁそら、水と小麦粉がふってくれば真っ白にもなるわな。
どっかのバラエティー番組みたいな見た目になったのであろう光景が、容易に浮かぶ。
「白くなったことで、奴は自分の魔術を発動しても白い粉が目印となり……」
「逃げても追跡が容易になり、捕まえられた。と言った所か」
「その通りですね。まぁその、なんと言いますか、あっけない逮捕ですね」
「まぁ、相手の一番の脅威である〝見えなくなる〟を封じてしまえばそんなものだよ」
ただ、まぁ、あいつにしたらそんな間抜けな罠で捕まるというのは、かなり悔しいだろうに。
「それにしても、捕まった奴を見て思ったんだが、あれで武術はできるのか? 骨と皮だけに見えたのだが」
「それについてですが、諜報部に多数の負傷者が出たそうです。少なくとも10人前後で囲っていたはずなので、かなりの達人ですよ」
手練れを10人相手にして多数の負傷を強いるのは、恐ろしいな。
まぁ、どうにか死者を出さずに捕まえられたのは幸いと言うべきだろう。
俺とバリスでそんな事を話していると、アンドレアと一緒に行った自警団の団員が呼びに来た。
「報告します。アンドレアさんから、準備が完了したとの事です」
「わかった。では、バリスどうなるか見に行ってみよう」
俺たちは団員に先導させてアンドレアが待つ場所に移動した。
その部屋は薄暗い場所で、なんとも気味の悪い場所に椅子が4つ。
そのうち2つにアンドレアと間諜の男が向かい合わせで座っていた。
間諜の男はグッタリとうな垂れており、ピクリとも動いていない。
「アンドレア、首尾はどうだ?」
「上々、と言ったところですね。しっかりとかかってくれました」
今回アンドレアが試したのは、催眠術だ。
光だけを生み出せるようになったアンドレアが、その光に強い催眠効果のある魔術式を組み合わせて、点滅させながら照射して行く事で相手を催眠状態にするものだ。
催眠術式だけでは効かない間諜を相手にする為に創り出された魔術で、恐らく他に使える者は居ないであろうものだ。
「さぁ、君の名前、所属、仕事内容を教えてもらおうか」
俺達が席に着くと、アンドレアが男に語り掛け始めた。
「……名前は……無い。……所属は…………帝国、諜報部。……仕事は…………うぅ……」
「大丈夫だ、ここにお前の敵は居ない。さぁ教えるんだ」
アンドレアがそう言うと、男は苦しそうな表情をしたままたどたどしい口調で話し始めた。
「ウィンザー、国……。王の、寝返り……。抹殺……うぅ」
やはり、そこが目標だったか……。
というか、寝返りと言うことはあちらの皇帝、アレハンドロ皇帝が俺を欲しがったという事か。
まったく、はた迷惑な栄誉だな。
「お前の他に何人潜入している?」
「…………俺、だけ…………」
「お前の消える魔術の原理は?」
「……自分の、……周囲の景色…………を映し出し……、一瞬……目を眩ま……せているだけ……うぅ、あぁぁぁ……」
そこまで話すと、彼は頭を抱えて苦しみだした。
それを見たアンドレアは、俺の方に向き直って首を振ってきた。
「これ以上は、この者の精神が持ちません。廃人になるまで続けますか?」
「いや、これ以上は必要ない。こいつには公開処刑で噂の鎮静化を図らなければならないからな。後は休ませてやれ、明日には刑を執行しよう」
「わかりました。では、後処理をしてから戻ります」
そういうとアンドレアは、彼の催眠を解く準備を始めるのだった。
今後もご後援よろしくお願いします。m(__)m




