5-8
粉ひき工場をつくり始めて1週間、候補地も決まって基礎工事が始まった頃。
俺の周辺でおかしな噂が流れ始めたのだ。
それは、俺が帝国と繋がっているというものだった。
もちろん根も葉もない噂なのだが、根拠とされている人物が問題なのだ。
解放軍作戦参謀のボリスなのだ。
彼が俺と〝帝国〟を繋ぐ連絡役として俺の元にきて、俺が彼の提案に快諾したというものだ。
確かに彼の要請に対して、俺は快諾したが、それはあくまで解放軍の作戦が俺達にとってプラスであり、最悪失敗したとしても敵に動揺を与えると考えたからだ。
その時間的余裕をこちらも得たいから応じたのだが、それをどこからか聞きつけ、邪推する奴がいる様なのだ。
「……で? 噂の出所は分かったのか?」
俺がそう話をふると、ハリスが首を横に振って話し始めた。
「残念だけど街の人たちが言い出した事じゃないみたい。みんな嘘ついている感じしなかったから、多分国外の人じゃないかな?」
今回の噂を聞きつけ、犯人捜しをハリスが買って出たのだ。
彼は元々頭の回転も良いし、生き残るために嘘を見抜く目にも長けていた。
そして、何よりも爺さんがハリスを推薦してきたのだ。
「そうか、国外からの奴じゃどうしようにもないか――」
「でも、1つだけ気になる話を聞けたよ」
「気になる話?」
俺が彼の話に興味を示すと、彼は嬉しそうに続きを話し始めた。
「その話ではね、街では見かけない人が話しかけて来たんだって。それも今回の噂話について。そして、話し終わってから視線を少し動かしていると、話していた相手が消えるんだって」
「話し相手が消える? 幽霊か何かの類かな?」
「ううん、他の人の話では同じような話だけど、触れたって言ってたから違うと思うよ」
触れる幽霊……。
いや、恐らく人だろう。
それも、他国の間者だ。
「なるほど、そこまで分かればどうにか対処しよう。ハリス、今回は助かった。ありがとう」
俺がそう言って彼の頭に手を当てると、彼は目を細めて笑っていた。
そして、その様子を後ろからジッと睨みつけているメリアが居るのは、きっと気のせいだ。
さて、どこの国の間者かと言う所だが、現状俺を疎んでいるのは、帝国だろう。
奴らにしてみれば、小国の俺がハイデルベルクの側面を固めているのを嫌がったか、搦め手で消去できれば良し、と考えての策だろう。
後は、少ない可能性だが、エリシアの近くに俺を疎んじる貴族が策謀を廻らせている可能性も無きにしも非ず、と言った所だな。
まぁ、貴族の世界なんて足の引っ張り合いが日常茶飯事で、挨拶みたいなものらしいからな。
本当に嫌な世界だな、貴族の世界は……。
ただ、問題はこの話で街の人間が少なからず動揺をし始めている事か……。
ただでさえ帝国と言う強敵と戦うのだ、不安もあるだろう。
そして、そこにこんな噂話が出れば、否が応でも士気は下がる。
「……案外、敵の狙いはそこかもしれんな」
「何が?」
突然後ろから声をかけられて、俺は「ひゃっ!?」と変な声を出しながら振り返ると、マリーが立っていた。
「あ、なんだ、マリーか……驚いた」
「驚いたのはこっちよ。急に大きな変な声を出すんだから」
彼女はそう言って少しムスッとした様な表情をしてから、真顔に戻った。
「で、どうしたの? まだ家に戻るには時間が早いと思うけど?」
俺は今、彼女とドローナの3人で隣の孤児院に住んでいる。
理由は、執務室を兼任している村長宅が近い事と執務室を兼任しているために村長宅が狭すぎる為だ。
孤児院は、確かに子ども達を大量に住まわせているけど、エリシアが作っただけあって、部屋数がかなり余っている。
なので、屋敷を兼任する予定の城が完成するまで、仮の家として孤児院に居候しているのだ。
「ううん、ちょっと気になる事があって、ね」
「噂話の事?」
俺がそう言うと、彼女は少し驚いた様な表情をしてから頷いた。
「うん、知ってたんだ。あの話は嘘だよね?」
「もちろんあれは嘘だよ。まぁ、ボリスに会っていたのは事実だから、部分的には真実があるけどね」
そして、それがこの噂話で一番面倒な所なのだ。
真実の中に少し嘘を混ぜる。
こうされると、人は何を信じて良いのか分からず疑心暗鬼になってしまう。
ただ、だからと言って彼らの計画を街の皆に話すわけにもいかないし、ボリスの正体を明かすわけにもいかない。
理由は簡単だ。
彼らの作戦は、機密性が高くないと成功しないのだ。
そして、正体を明かすのは、作戦を話すのとほぼ同義だと思わなければならない。
この話は、事が全て終わったあとでないと話す事はできない。
「ねぇ、私にも話せない事なの?」
「うん、これだけはあの場に居た、俺、ワルター、ボリスの3人だけだ。君であってもドローナであっても話せない。ただ、全部が終わったら話すよ」
俺がそう言い切ると、彼女は、少し拗ねた様な顔をしてから「そっか……」と呟いた。
「すっごく、嫌だけど、全部終わったら話してくれるの? 絶対だよ?」
「うん、約束する」
小指を俺が差し出すと、彼女はニコッと笑って俺の指に自分の指を当ててきた。
これが、この世界での「指切りげんまん」らしい。
「ロイドを信じてる。でも、無理だけはしないでね。私たちは、あなたが無事なら、それだけで十分なんだから」
「うん、ありがとう」
俺が彼女と二人で見つめ合っていると、横から咳払いする音が聞こえた。
「ゴホン! お取込み中失礼しますよ。ロイド様」
「……コーナー、いつからそこに?」
俺とマリーが顔を真っ赤にしながら彼の方を向くと、コーナーが大量の書類を持って立っていた。
「水車小屋に関する決裁書です。あと、紙の量産の目処が立ち始めました。ドローナさ……第二婦人が販路を指示して販売にも乗り出しております」
「……コーナー、その第二とか第一ってやめてもらえないの?」
マリーは、この言われ方がどうやら嫌らしい。
前に理由を尋ねた時には、彼女曰く「第三とか増えそうで嫌だ」との事だった。
いや、まぁ、俺としては増やす気は無いんだけど……。
「でしたら、どちらが奥様で側室か、お決めください。そうしないと周りも呼びにくいのです」
この論争は、結婚をする事に決まってから、最初にコーナーが投げた爆弾だ。
どっちが正妻で、どっちが愛人かみたいな論争になりそうだったので、2人とも奥さんと言うことになった。
そして、その次に出たのが、さっきも出た「第一、第二」というナンバリングだ。
「まぁまぁ、コーナーもその話を蒸し返しても仕方ないだろ? マリーも俺がこれ以上は拒否するから、な? だからもう呼び方で言うなよ」
「まぁ、うん、ロイドがそう言うなら、良いんだけど……」
何とかおさまった。
俺は、一仕事終えた後の様に額から大量の冷や汗を拭うと、コーナーの持ってきた決裁書にサインをしていくのだった。
「噂の対策、どうしよう……はぁ……」
今後もご後援よろしくお願いします。m(__)m




