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エレーナの準備が終わるのを待っている間、俺とアンドレアは状況を整理していた。
「とりあえずだ、エレーナが女だってなんで気づかなかったんだ? まぁ、あのかっこうをされてたら無理だろうけど……」
俺がそういうと、アンドレアはうな垂れながら、言い訳を始めた。
「ロイドさん、それはあんまりですよ。貴方も彼女を見ておっさんだと思っていたんでしょ? 私も申し訳ないですが、あのなりで名前も知らなければ男だと思いますよ……」
「そういえば、なんで名前を訊かなかったんだ? あっさりと教えてくれたじゃないか」
俺がそう突っ込むと、彼はバツの悪そうな顔をしてから、話し始めた。
「お恥ずかしながら、彼女の発想にばかり目がいっていて、正直名前よりも知識の方が大切でした。今はそれを反省しています」
彼はそういうと、深くため息を吐いた。
まぁ、彼の性格から考えると、そうなってもある程度仕方が無いと思うくらいの知識量と、それに裏打ちされた発想力が彼女にはあると思う。
なにせ時計の秒針にまで発想を至らすのだ。
数世紀どころの騒ぎではないかもしれない。
ただ、それだけに彼女は危ない存在でもある。
今この時代では理解されないだろうが、俺の様に科学の知識が少しでもあれば、最終兵器だって作り出させてしまうかもしれないのだ。
間違っても彼女には、ウランやプルトニュウムは持たせないようにしなければならない。
「用意ができましたよ。ってアンドレア、君は何を落ち込んでいるんだ?」
「ん? あ、いや、少し疲れただけだよ……ハハハ……はぁ」
用意ができたといった彼女を見ると、付け髭も無く、髪もすいて来たのか整い、顔についていた汚れも拭き取られ、小奇麗になっていた。
「そうか、だが安心しろ。これで一緒に暮らすという約束が果たせるぞ!」
「へ?」
彼女の突拍子もない一言に、アンドレアが珍しく間の抜けた声を出した。
「ん? 昔言ったではないか、ずっと一緒に居ようと」
「え? いや、確かに言ったが、あれは研究者としてでは?」
アンドレアの奴、肝心かなめの部分を抜かして話したんだな。
多分話はこうだ、エレーナは「夫婦か恋人として、ずっと一緒に居よう」だったのに対して、アンドレアは「研究者として、ずっと一緒にいよう」だ。
「……では何か? 君は私の純情を踏みにじったのか?」
彼女はそう泣きそうな顔で言って来た。
この顔で言われては、流石の彼も何も言えまい。
「あ、いや、その、ロイドさん助けてください」
「いや俺にふられても困るから、自力でよろしく」
俺はそういうと、2人を残して地上へと戻っていった。
もちろん後ろからは、エレーナの泣き声とそれに狼狽えながらも弁明するアンドレアの声が聞こえている。
30分ほど経っただろうか、やっとアンドレアとエレーナの2人が地下から出てきた。
エレーナは、目をはらしているものの笑顔で、アンドレアは、どこか沈んだ雰囲気を出していた。
「さて、話し合いも終わったようだから、街に戻ろうか」
「はい!」
「……はい」
街までは、来た道を帰るだけなので、特に何もない。
まぁ、強いて言うなら俺の横を歩く馬の背中が、幸せいっぱいと不幸せいっぱいになっているくらいだ。
彼女たちと別れた俺は、技術者であるエレーナを連れて帰ってきた事をコーナーに伝える為、自宅兼執務室の元村長宅に向かった。
家の前に着くと、子ども達が家の周りの窓という窓から中を覗いていた。
「ただいま、何かあったのかい?」
俺がそう声をかけると、メリアが俺の所に駆け寄ってきてピョンと飛び込んできた。
「女の敵、怒られてる」
女の敵というのは、マリーたち〝ワルター嫌悪組〟の彼の呼称だ。
いつの間にか子ども達にも浸透しており、ワルターの事を子ども達はそう呼んでいる。
「へぇ、ワルターが怒られるなんて珍しいな。嫌悪組の女の子にでも手を出したのか?」
「ううん、怒ってるの知らない男」
ん? 知らない男に怒られるワルター?
メリアが知らないという事は、あまり近しい人間ではない。
それに、ワルターは人妻に手を出しても、あまり悪びれないで男の話は聞き流すところがある。
それは、怒られる状況とはちょっと違うのでメリアが言っている事は当てはまらない。
「まぁ、とりあえず俺の執務室でもあるから、声をかけて出て行ってもらうか……」
俺はそう呟きながら、家のドアを開けて中に入ると、ワルターが地べたに正座させられながら怒られていた。
うん、これはかなり珍しい光景だな。
俺がそんな事を思いながら様子を見ていると、怒っている彼は俺が入ってきた事に気づいたのか、こちらを向いた。
「ロイド! お前もここに来て王子の横に並びなさい!」
有無を言わせぬ言い方に、俺は少し面食らったが、迫力に負けてワルターの横に慌てて正座した。
あれ? なんでいう事聞いているんだろ?
「さて、王子に言いたい事は山ほどありますが、ロイド! 貴方にも言いたい事はいっぱいあるのですよ!? 大体、生きていたのならなぜ連絡をしないのですか? 私たちがどれほど心配した事か、どれだけ大変な目に遭った事か! 分かっているのですか!?」
彼の怒りは、どうやら相当きているようで、全くこちらに反論させず、ずっと怒り続けている。
ただ、俺を怒るのは良いけど、ちょっと心配事があるので、窓の外に視線を送ってみると……。
案の定、子ども達の顔が怒りを越えて無表情になってきた。
拙い、これは非常に拙いぞ。
あいつら加減を覚えないから、危ないんだよ。
「あ、あの、とりあえずどこのどなたか知りませんが――」
「な!? 私を忘れたというのか!? 私は、王子の教育係のボリスだ!」
ボリスって誰だ?
俺はそんな事を思って、ワルターの方に視線を送ると、彼はボリスに向かって話し始めた。
「いや、記憶がないというのは、事実なんだ。私との思い出も私の名前すら憶えていなかったのだ。最近やっと爺やと私で思い出話をして聞かせた所なのだ。嘘だと思うなら爺やに聞いてくれ。断じて嘘は言っていない」
「……、わかりました。では爺やに話は聞いてみましょう。記憶が無いという事は、自分の名前も分からなかったのですか?」
「いや、自分の名前は短剣の柄に彫ってあった字を見て知った。ワルター以外は覚えてなかったので、ここの村長の養子になって、今はロイド・ウィンザーと名乗って、います」
なんだろう、俺じゃない誰かが彼にビビっているのか、丁寧語に何故かなってしまう。
「それでしたら、分かりました。ロイドは叱る理由が無いですね。……しかし、王子! 貴方は別です。あれほど市井の女性を抱え込むなと言ったのに――」
そこから軽く1時間、ワルターは足の骨まで痺れるんじゃないかと言うくらい正座姿で怒られ続けていたのだった。
「千岩黎明さん」から新しい扉絵を頂いたので、2話の元々の物と差し替えました。宜しければご覧ください。
素晴らしい絵です。
今後もご後援よろしくお願いします。m(__)m