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ウィンザー国 ワルター・ニュールンベルク
目の前では信じられない光景が広がっていた。
精強で名高い帝国兵が、なす術もなくバタバタと倒れているのだ。
それもその光景を生み出しているのが、ロイドが考えた火縄銃とかいうものだ。
確かにロイドは、本をよく読んでいたがこんな知識をいつの間に身に着けたのだろうか?
少なくとも王国の図書には無いもののはずだ。
そう思うと、私は、私の目の前に居る人物が本当にロイドなのかと、甚だ疑問である。
そんな事を考えていると、ロイドがアンドレアに合図を送った。
「アンドレア! 信号弾赤!」
そう言われると、アンドレアはすぐさまファイヤーボールを、真直ぐ天に向かって打ち上げた。
次の瞬間、騎馬隊の駆けだす音が響き始めた。
敵にはさながら、地獄への行進曲に聞こえるのだろう。
アドルフとかいう魔術師が率いる千の騎馬兵は、なんとも素早い動きで、敵の司令部と前線を真一文字に突っ切っていくと。
「ほ、本隊と分断された!?」
「に、逃げろ!」
「わぁぁぁぁ!」
騎馬隊が駆け抜けたのと同時に、それまで辛うじて保っていた戦意が一気に崩壊したのか、敵兵達は蜘蛛の子を散らしていくように逃げ出したのだ。
「に、逃げるな! 戦え! 戦えぇ!」
敵の指揮官らしき男が、必死になって叫んでいるが、一度崩壊した軍を立て直すのは容易ではない。
特に死地に飛び込ませようと思うと、相当な覚悟がいるのは、私自身が経験しているので良く分かる。
「若! 敵の追撃に出ますよ!」
俺の隣で、前線指揮官をしていた男が呼びかけてきた。
つい、敵の崩壊に驚いて忘れていたが、俺たちの役目は塀を越えて一気に敵側面に雪崩れ込む事だ。
「堀を越えるのが面倒だが、良いか! 一人で行こうとするな! チームで上がるんだ!」
「おう!」
私の近くで野太い野郎どもの声が、響き渡る。
できれば、綺麗なご婦人の声に応援されたいものだが、残念ながらここは戦場だ。
宮廷の中庭での演武ならいざ知らず、というところだろう。
「敵は混乱している! 敵指揮官を捕らえるか、殺して混乱に拍車をかけろ!」
私はあらかじめ、彼が用意していた台詞を迫真の演技で兵達に伝えた。
すると、どうだろう。
兵達の顔がみるみる上気し、見るからに高揚しているのだ。
そして、その高揚は、ある線を越えたのか、一気に敵目がけて雪崩をうって出て行った。
「大将首を獲るぞ! 続けぇ!」
なんだろう、自分では台詞を言っていると分かっているのに、この高揚感。
癖になりそうで恐ろしい。
帝国軍 第二軍 ベルナンド・ヴィ・ジョルジェ
あぁ、あぁぁぁぁぁ!
これで、これで止めだ!
私は必ずこの敗戦の責任を取らされる。
いっそ兵達に混ざって逃げるか?
先に領地に戻って、妻子だけでも逃がすか?
どこで、一体どこで間違ったのだろう?
敵の防御が硬いのは分かっていた。
だから、敵が対処できないように兵を広げて攻撃した。
石の盾も使ったし、新兵器となりうるはずの石を使ったラウンドシールドも使った。
出し惜しみはしていないはずなのに、なぜだ? なぜなんだ!?
「司令官! これ以上の戦線の維持は不可能です! 離脱を!」
「あ、あぁ。すぐに離脱をする。近くにいる兵をまとめよ! 敵の追撃を阻止するんだ!」
畜生、畜生! 畜生!!
それもこれも、敵の夜襲を見抜けなかった私の失策だ!
敵を散々過小評価してはならないと戒めたのに、農民兵と侮った私だ!
どうしようにも無い程、私の責任じゃないか!?
「司令官! 敵騎兵隊が後方より接近してきます!」
「槍隊構え! 敵に対して簡易の槍衾を用意しろ!」
私の周りに居た兵達――300人前後――が、一斉に敵に向かって槍衾を作った。
これには驚いたのか、敵騎兵は最初の数騎が止まり切れず突っ込んできたが、大半の騎兵は、別の目標へと走っていった。
「い、今のうちに撤退するぞ! 走れ!」
私が馬上から命令を飛ばすと、全員が一気に前を向いて走り始めた。
「良いか! 散り散りになっても逃げるのだ! 逃げ切るのだ~!」
それから丸3日、私は寝ずに走り切り、元ニュールンベルク領に辿り着く事ができた。
もちろん、馬は1日走った所で潰れてしまった。
逃げ帰った私は、副官などが居ないか周囲を探し、彼らに点呼を取らせると。
出発時7千は居た兵達が、100に満たない数になっていたのだった。
「敵ハ、小国ナレド強敵、我善戦スモ敵ワズ撤退スル。これを皇帝陛下にお届けしてくれ。後はいかようにも処罰を受ける事、もし叶うことなら、妻子の命を助けて頂きたいと、お伝えしてくれ」
私が書簡を渡すと、若い兵は少し涙ぐみながら走って、臨時本陣のあるサントスへと行った。
ウィンザー国 ロイド
敵を追い払う事、殲滅する事ができた。
敵兵士たちは、逃散して使い物にならない状態にできたので、これで良いだろう。
後は、落ち武者狩りをして、逃げた兵士の野盗化を防ぐことが大切だ。
そして、一番の懸案は、爺やさんの事だ。
昨日の夜襲から未だに帰ってきていない。
流石に1日返ってこないとなると、最悪の事も考えなければならない。
ちなみに帰ってきていないのは、100人中25人だ。
75人は、昨日の夜襲後すぐに戻ってきたのだが……。
俺がそんな事を考えていると、報告をしに自警団の団員が着た。
「ロイド様、敵の掃討をしておりましたところ、森の中で夜襲部隊を発見したと報告がありました。何名か重傷との事ですので、医者を手配したいのですが、よろしいですか?」
「あぁ、それはすぐに医者の手配をしてくれ。アンドレア、重傷者が見つかったそうだ、信号弾を打ち上げてくれ」
「わかりました」
彼が信号弾を挙げて20分後、医者を乗せた荷馬車が走ってきた。
それとほぼ同時に、爺やたち夜襲部隊も堀の内側に運び込まれた。
「爺やさん、ご無事で何よりでした」
「ありがとうございます。ただ、私は良いのですが、他の部下が数名命を落とし、3名程大怪我をしております」
「それについては、任せてください。先ほど医者を用意させましたので、そこまで運ばせましょう。おい! 手の空いている者は、重傷者を医者の所に連れて行ってくれ!」
俺が負傷者の手配をしていると、報告を受けて走って来たのか、ワルターが息を切らせて爺やに抱き着いた。
「爺! 爺ぃ! 心配したぞ! 無事で何よりだ。して、他の者たちも無事か?」
ワルターに尋ねられた爺やは、申し訳なさそうな顔で彼に事実を告げた。
「若、兵をお借りしたのに、この爺! アラン、ロビン、ヒューリ、ベッケン、ロイの5名を死なせてしまいました! また、他数名も重傷を負わせ、なんと申し開きをしたらよいか……」
そう言って、ガックリとうな垂れた爺やの肩をワルターは、優しく叩いて「良くやった、頑張ったな」と繰り返し励ましていた。
その様子を見ていた、ニュールンベルクの兵達は、急に涙を流しだしたのだ。
えぇーっと、お願いした俺、すっごく居心地悪いんだけど……。
どうしよう、この空気。
そんな事を考えているとワルターは、今度は俺の肩を掴んで、涙ながらに話し始めた。
「ロイド! 爺や他の部下に帝国へ一矢報いる機会を与えてくれてありがとう! やはりお前は、記憶を失っても私の友だ!」
「お、おいおい、俺は命令して爺やさん達を死地に送り込んだんだぞ?」
俺がそう言うと、彼は首を振って俺の言った事を否定してきた。
「いや、それは違うぞ。騎士たるもの誇りに殉ぜずして何に殉じよう? 愛する者、友人、の為? それもあるが、やはり汚辱を雪ぐ事が、騎士の誇りを回復する一番の手なのだ。彼らはその機会を得て、武運拙く散っていった。だが、私が、私たちが覚えていてやれば良いのだよ」
「…………」
なるほど、死のうは、一定……か。
「わかった、また戦乱のゴタゴタが終わったら、彼らの碑を建ててやろう」
「あぁ、あぁ。それは良い」
彼はその後、ニュールンベルクの兵達と共に仲間を弔うのだった。
ありがとうございます。
日間3位頂きました。
今後もご後援よろしくお願いします。m(__)m




