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戦闘は、次の日の朝日が昇るのと同時に開始された。
敵軍は、約3千ずつで堀の両側から攻めてくるようだ。
「まぁこちらの戦力を考えれば、常とう手段といったところだが、残念という所だな」
俺がこれだけ自信満々なのには理由がある。
守備兵自体は、敵指揮官が考えたように少なく、1千居るかどうかだが、城外に1千の後詰がいるのだ。
この後詰は、ハンニバル伯爵家の家宰でもある、魔術師のアドルフである。
この地が抜かれれば、隣のタラスコン領も危険に晒されるので、近隣領主で余力のある者から兵力を借りて動かしているのだ。
この辺は、今回の総司令官というハンニバルの役職にものを言わせた徴兵だが、致し方ない。
彼らの役目だが、敵が全力でこちらを攻撃し始めたら、橋を渡って、一気に敵の後背を突いて混乱させてもらう。
特にあてにしているのは、アドルフの魔術だ。
彼には、敵を最大限混乱させるためにある作戦をお願いしている。
「敵接近! 堀まで来ていますが如何しますか!?」
伝令が戦況を伝えてきた。
俺は今、両側が見渡せる場所である、中央の櫓に立っている。アンドレアには、右翼についてもらっている。
「敵が射程圏内に入るまで弓は待て! 少しでも引き付けてから撃つんだ!」
敵が、堀に入って四苦八苦し始めた。
まぁ見た目は、単なる窪地だが、中に入ると意外と凸凹した、歩きにくい地形に仕上げている。
そんな地形を重い鎧を着て進むのだ、簡単に進める訳がない。
そして、敵がある程度近づいて来たら、今度は逆茂木だ。
この逆茂木が、射撃の目印になっている。
敵の先頭集団が、逆茂木に到着したのと同時に、一斉に矢が降り注いだ。
「ぎゃ!」
「ひゃ!」
「い、痛い、痛いよー!」
両側から敵軍の兵の叫び声が聞こえる。
それと同時に、自軍からも叫び声が聞こえてきた。
「ロイド! 止めてくれ! あれは、あれは俺の国の兵達だ! 頼む殺さないでくれ!」
な! 歴史の本では見た事はあるが、まさかそんな作戦を……。
「ロイドさん! ここで躊躇えば街が全滅します! できる限り止めを刺さずになんてできません! 後で、後で彼らのうち命ある者を助けましょう!」
隣でアンドレアが言っているのが、確かに正解だ。
だが、領民、国民が目の前で死んでいるのを、見ているワルターの気持ちも痛い程わかる。
「ロイド! 頼む!」
「ロイドさん! 無理です!」
重い、この決断は本当に重すぎる。
敵の先頭部隊は、約500ずつの1千。
後ろには2千は少なくとも敵が控えている。
ここで手心を加えれば、彼らは助かるが、こちらの防御に穴が空いてしまう。
だからといって、1千名の命を見捨てるなんて……。
「若! 我らは他国に亡命したのです! 彼らはアンドレア様が言う様に助かる者だけを助けましょう!」
「爺! そんな事を言っても、あいつらは、あいつらは俺が子供の頃から知っている奴らも居るのだぞ! 見捨てろと言うのか!?」
「私だって辛いのです! 若よりも長い間彼らと一緒に居たのですよ!? 私だって、血涙を流したいくらい悔しいですし、助けてやりたいんです! ですが、そんな事をして負けては意味がないでしょう! せめて彼らが納得して死ねるように……、再興を果たすのです!」
爺のその一言に言い返せなくなったのか、ワルターはその場に突っ伏して泣き始めた。
その様子をチラリと横目に見てから、爺は俺に頷いてきた。
「すまない、ワルター……。敵を一掃する! 第二射斉射! 続けて第三射用意!」
第二射が敵前衛に命中し、そこかしこから断末魔、痛みをこらえるうめき声が聞こえてきた。
それは、ワルターにも聞こえたのか、彼は櫓の上に立って、彼らから見える位置に移動して、大声で叫び出した。
「お前たち! 私はここに居るぞ! 私は、私は、必ず国を取り返す! そして、お前たちの家族も必ず取り返す! 地の果てに居ようともだ! だから、だから……。すまないが、ここで死んでくれ!」
彼の声を聴いた瞬間、敵軍の前線に立っていた元ニュールンベルク王国の兵達は、自分たちの本当に仕える人が目の前にいる事を、そして、兵卒である自分たちにそんな約束をしてくれた王子に微笑みかけると、その場で立ち止まった。
恐らく、後ろに下がっても、楯突いても家族が、人質が死ぬのだろう。
だが、敬愛する王子を前に、彼らは進むこともできなくなったのだ。
それが、敵前での棒立ちとして表れた。
「アンドレア、彼らに雷系の魔術で…………という事はできるか?」
「できますが、宜しいのですか? ここで私の魔術を見せれば敵は警戒してしまいますよ」
アンドレアの忠告に、俺は黙って頷いて答えた。
そんな俺の様子を見て、彼もそれ以上言わず、手を前に出して、一気に魔術を発動させた。
その瞬間、棒立ちしていた敵兵は、一斉にもんどりうって倒れて、動かなくなった。
そこまでの流れを見ていた敵は、最初の企てが失敗したと思ったのか、一斉に整然と引き始めるのだった。
帝国軍 第一軍 ゲイル・フォン・エディンバラ
どうやら、敵は一筋縄ではいかないようだ。
だが、相手は悪魔の術を使ってくる事がわかった。
この情報の差は大きい。
敵はこちらの手の内を見る事ができずに、あの役立たずども相手に慈悲のつもりなのか、奥の手を見せてきたのだ。
これは、勝てる。
見たところ、敵の魔術師は、何人か居るのだろう。
あれだけの大規模な術を1人で出したとは思えぬしな。
こうなると、あの石を素材に使った盾が使える。
先の大戦でも、ハイデルベルクの魔術兵の術を尽く防ぎきったのだ。
今回もこれで相手の切り札を封殺して、倒せるだろう。
さて、後はどのタイミングで使うか、だな。
敵としては魔術を見せた事で、隠す意味が無くなったのだから、次は最初から放ってくるだろう。
となると、こちらもそれ相応の被害を考えなければならないが……。
そう言えば、敵の城塞は木でできていたな……。
となると……、そうだ、この手で行けば必ずあの魔術師たちを封じれる。
悪魔の術を封じさえすれば、敵はこちらに対抗できまい。
そうすれば……。
フフフフ、笑いが止まらんな。
異教徒を弾圧し、奴らが許しを請う姿が目に浮かぶ。
「ゲイル様、報告が入っております」
「ん? なんだ? 第二軍が到着でもしたのか?」
「いえ、そちらはまだなのですが、敵が城の外に出て先程の兵達の遺体を回収し始めたのです」
遺体を回収? まぁ確かに放って置くと病の元と言われているから分かるが、敵が目の前にいる状態でそれをするか?
「もう少し詳しく様子を探らせろ」
「はっ!」
数時間後、予想だにしない報告が齎された。
「敵は死体を回収しているのではなく、死んだふりをした兵を回収しているようです! どうやら前線に居た兵達は生きていたようです!」
「な、なんだと!? 雷を受けて生きていたと言うのか!?」
「は、はい。信じられない話ですが、あまりにも自分で動く者が多いので、恐らくは……」
「は、謀られた……、これで彼我の戦力差は、ほぼ無くなってしまったではないか!?」
しかも、これでは人質を殺せない。
なにせ、敵がこちらの兵を捕らえているのか、寝返らせているのかが分からないのだ。
ここで人質を殺す様に後方に伝達すれば、恐らく今後捕虜がいう事を聞かなくなる。
畜生! なぜだ! なぜ奴ら生きているんだ!?
「おのれ! 悪魔め! 奴らは1人として生かしてはならん! 我らが唯一神の名においても!」
これで今年最後の投稿になります。
あと数時間で年が変わります。皆さま良いお年を。
そして、来年もご後援よろしくお願いします。m(__)m




