4-1
本日より新章です。
ボロボロの一団は、森を突き抜けて、街道に出ると、俺たちの街へと向かって走ってきた。
彼らは、俺たちの街の門前に来ると、大きな声で助けを求めた。
「すまない! 旅の者だが、一夜の宿と一飯を頂けないだろうか?」
「わかった! そこで大人しく待っていてくれ! 武器などを持っているなら、門兵に渡す様に!」
自警団を統括しているバリスの宣言で、相手も一瞬難色を示したが、すぐに大人しく目につく武器類は手放した。
ボロボロの一団は、殆ど男だが、中には女性も混じっている。
しかも、良く見ると着ていた衣類は、元々それなりの仕立てだったのだろうか、所々刺繍の跡などが見られる。
「これは……、厄介ごとの種になりそうな一団だな……」
俺がそう漏らすと、隣で一緒に見ていたアンドレアが頷いていた。
まぁしかし、彼らを今更追い返すわけにはいかない。
とりあえず、話だけでも聞こうと思い、街側の門の近くまで迎えに行くと、1人の男が俺の名前を呼びながら、近づいてきた。
「ロイド! ロイドじゃないか!? お前無事だったのか? 私はお前が死んだと思っていたよ」
は? 誰だこの茶髪の男は?
それにどうやら元のロイドを知っているようだが、一体誰なんだろう?
俺が怪訝な表情をしていると、彼は慌てたのか、捲し立ててくる。
「おい、私の事を忘れたのか? お前と幼馴染で、ともに活躍しようと約束したじゃないか!? それをお前は、忘れたのか?」
「すみませんが、俺は名前以外忘れているので、貴方が誰なのかもわかりません」
俺がそう言うと、彼は心底驚いた顔をして、すぐに落胆したような表情になった。
そこまで落ち込まなくても……。
「なぜだ、お前は私と誓ったじゃないか! この世の女性全てを愛でると!」
ちょっと待て、誤解を招くよう事を言うな!
俺はそんな約束した覚えはないぞ!
「この世の女性を全て手に入れると!」
「若、その辺にしてくだされ。周りの視線が痛すぎます」
そう言って、止めに入ったのは、白髪交じりの50代くらいのおじさんだった。
「止めるな! 爺! 私は、私はロイドにあの日の誓いを思い出して欲しいのだ!」
なんともはた迷惑な正義感に酔っていらっしゃる。
若と言われたって事は、この人確実に貴族だよな……。
ますます厄介ごとの臭いしかしないのだが……。
俺が嫌そうな顔をしながら見ていると、爺と言われたおっさんは、俺に頭を下げてきた。
「これは、ロイド様。記憶があまり無いという事ですが、まずはご無事で何よりです」
「あ、いえ、確かに死にかけていたとは思いますので、ありがとうございます」
俺も彼に釣られて頭を下げていた。
この辺は、日本の社会人として生きていた自分の悲しい性だろう。
「ッ! これは、本格的にご記憶がないのでしょうな。……お辛い思いを」
何故か彼は、俺が頭を下げた事に涙して、ハンカチで目元を拭い始めた。
あれか? 元の俺はそんなに尊大な奴だったのか!?
「とりあえずだ。こうして再会できたのも何かの縁だ。すまないが、一宿一飯をお願いできないか? 俺たちは明日までに『解放の村』とかいう所に行かなければならないのだ」
ん? 解放の村ってうちの前の名前だよな?
「解放の村は、ここの元々の名前だが、なぜうちを目指していたのだ?」
俺がそういうと、彼らは急に安堵した表情をした。
「そうか、やっと、やっとたどり着いたか……ロイド、お願いだ。ここの代表者に会わせて欲しい」
え、代表者って。
俺が辺りを見回すと、当たり前だが、周囲に居た全員の視線が俺に集まった。
ですよねぇ~。
「俺が、その代表者なんが……。とりあえず、今夜はそこの宿舎を一つ使って休んでくれ。明日迎えを寄越すから、そいつの指示に従ってきて欲しい」
俺がそう言って踵を返すと、彼らは唖然としながらも周囲で控えていた人たちの案内に従って宿舎に入っていった。
まったくもって、誰だか分からない。
分からないが、彼は俺の事を知っている様だったし、俺の元の人格であるロイドと親しかったようだ。
まったくもって分からない。
まぁ俺自身が、松本忍という別人格だという事もあるからだが、どうしたものか悩んでしまう。
翌日、彼らは俺の元へと案内されてきた。
彼らは、街の活気や防衛施設に驚き、俺の住んでいるボロ屋にも驚きの表情をしてみせた。
「とりあえず、ロイド。私と一緒に国へ帰る気は無いか?」
「はぁ、国、ですか? 残念ながら、俺はここでの生活に満足しつつありますので、今更帰って来いと言われても……。それよりも、この街へなんの用があってお越しになられたのかが、わかりませんが?」
俺がそう言うと、彼は少し咳ばらいをしてから話し始めた。
「うむ、実はだな。私たちは一時的に国から逃げてきたのだよ――」
彼らの話はこうだった。
ニュールンベルク王国で帝国との国境争いに敗れた彼らは、国を蹂躙された。
その時、前線に居たニュールンベルク王とハイデルベルク王は戦死。
他の軍関係者は、捕まった者も居れば、逃げて隠れている者も居るそうだ。
現在のニュールンベルク王国は、帝国に対して徹底抗戦をしているが、遅くとも今年の夏で占領が完了する見込みだそうだ。
そこで、王家の人間を逃がして、血を絶やさぬようにした。
第一王子である彼、ワルター王子はハイデルベルク王国へ。
第二王子は、海岸線を船で航行して、ちがう国へ。
第三王子が、第一王子と姿かたちが似ていたので、影武者として死んだそうだ。
「で、ハイデルベルク王国へ行くはずの貴方がなぜここに?」
「実は、逃げている途中で内戦が起こったと聞いてね。彼らの争いに首を突っ込まない様にどこか逃げる場所は無いかと探していたら、この街の噂を聞いたんだよ」
なるほど、内戦が落ち着くまでの隠れ蓑にしようと思っていたのか。
確かにこの街は流れ者が集まっているし、多少の事なら目を瞑って受け入れてくれる可能性があると考えたのだろう。
「なるほど……だが、内戦は既に終結して、王女が女王として即位している。少し休んでから出発するなら多少の援助はできると思うが……」
「なんと! もうすでに終戦後だったのか……。すまない、恩に着る。だが、できる事ならここの兵力も借りて行きたいのだが、ダメだろうか?」
「残念ながらここには兵力は無い。彼らは自警団であって、騎士や兵士ではないのだから」
俺がそう言い切ると、彼はうなだれた。
まぁここまで必死に来て、しかも知り合いが―― 一方的なだが ――いたのだからそうなるのも無理はない。
「そうか、わかったよ……ただ、数日は置いてほしい。ここ何日も歩き詰めで全員が疲労困憊なんだ」
「そのくらいなら、どうにかしましょう」
俺がそう言うと、家の扉をノックする音がした。
「どうぞ」と促すと、入ってきたのはマリーだった。
「ロイド、お水を持ってきましたけど、遅かったですか?」
彼女はそう言うと、水の入ったコップを俺とワルターの前に置いた。
「いや、遅くは――」
俺がそう言いかけると、ワルターの目が急に光ったかと思うと、マリーの手を掴んで捲し立てる様に話し始めた。
「おぉ~、何という事か、この世界でこれ程の美女と会えるとは、貴女は今乾ききった私の心の砂漠に見えたオアシスの様だ! 是非私と、結婚をして頂きたい」
……はぁ?
「おいこら! 何を言っている! 大体亡命中の身で、何で女を口説いているんだ!?」
「ロイドよ、亡命中に美女を口説いてはいけないと、誰が決めた? 私は目の前に綺麗な花が咲いているならそれを愛でる事程重要な、うごっ!……」
彼がそれ以上話そうとした瞬間、爺と言われた男が、ワルターの延髄を手刀で叩いて意識を刈り取った。
「すみませんでした。若は美しい姫君を見ると、どうも暴走する癖がありまして、平にご容赦ください」
彼はそう言って頭を深々と下げると、ワルターを引きずって去っていった。
今後もご後援よろしくお願いします。m(__)m