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別視点回です。
ハイデルベルク王国 王都 キング・ハイデルベルク
昨今の飢饉により、各貴族領の死者は王国の全人口のおよそ3割が死んだと言われている。
ただ、それはあくまで1級国民であって、小作以下の2級国民は数さえも把握されていない。
王都フィリッツオイゲンの市街地などでも、大量の死者が出ていると報告がある様に、2級国民も全て足せば、半数は餓死していると考えられる。
これに対して、余としては貴族院に緊急事態を要請し、余の指導のもとで救済策を講じたいのだが、どうも貴族院が難色を示している。
考えられる理由は2つ、1つは恐らく余の権力欲だろう。
先年の有事の折、中々和平を結ばず、兵権を保持しようとしたのがいけなかった。
そして、もう一つは、貴族院内での勢力争いだろう。
余の支持派と、王弟支持派が最近いがみ合っていると言う。
王弟派としては、今回の飢饉を材料に余を引きずり降ろして、王弟に挿げ替えたい狙いだが、まぁ奴も奴で馬鹿なものよ。
政治の駒に成り下がるとは、弟ながらどこかで討たねばなるまい。
そして、気になるのが、この飢饉が我が国のみならず、近隣2カ国に広がっている事と、これを好機と帝国が蠢動し始めたという報告だ。
近隣2カ国は、お互い様なので暫く停戦すれば良いが、帝国はどうやら飢饉はマシだったのか、兵を動かせるみたいだ。
しかもこれだけではなく、先頃我が国の鷹が負けたという報告を聞いた。
それも一村の領主にだ。
ドレストン男爵とか言う者も打ち取られたらしいが、まぁそれは良い。
先年の鷹の功に報いる方法を考えていたが、此度の敗戦と、ドレストン男爵領を与えてやっておけば、十分だろう。
余が色々と考えていると、廊下をパタパタと走る足音が近づいてきた。
この足音は……。
「愛しのエリシアちゃ~ん」
「父上! そんな呼び方止めてくださいって何度言ったらわかるんですか!?」
そう言って頬を膨らませている姿も可愛いぞ、我が娘よ。
歳は18になって、栗色の髪は益々艶やかに、小さい目の体のサイズは、侍女の情報では……。
「父上! また良からぬ事を考えていますね! いい加減、怒りますよ!」
「そんな~、パパは怒らないで欲しいな~」
「ならもっと私の前でも王らしくしてください! そんなんだから王弟派なんてできるんですよ!」
うぅ、そう言われては反論しにくい。
どうも、娘の事になると甘くなってしまって、王弟派の貴族を呆れさせてしまう。
一応、キリッとしているつもりなのだが、エリシアが目の前で頑張っていると、頬が緩んでしまうのだ。
うん、これは余が悪いのではない。
エリシアが可愛すぎるのが悪いのだ。
「ところで、父上は、帝国蠢動の報告をお聞きになられましたか?」
「……。その話、誰から聞いた?」
「言いません。父上が余計な圧力をかけるのは分かっています」
くそ~可愛い娘に心配させたくなかったから、一切伝わらない様にしていたのに、恐らく近衛騎士団長か、外務大臣だろう。
あいつらもエリシアには甘いから、つい口が滑ったのだ。
ん? そう考えるとなんでか腹が立たぬの。
「で、どうされるのですか? また戦場に行かれるのですか?」
余の顔を見つめるエリシアの瞳には、憂いの色なんてものは全くなく、自分も連れて行けと言わんがばかりの、猛禽が獲物を狙う様な爛々とした瞳だった。
そう、エリシアは非常に好戦的なのだ。
全く、どうしてこうなったのだろう。
やはり幼い頃から甘やかしたのがいけなかったのだろうか……。
甘やかして、剣を習わせ。
甘やかして、乗馬をさせ。
甘やかして、軍略を学ばせ。
甘やかして、弓を習わせ。
甘やかして……。
うん、これ余のせいだな。
「……。はぁ、戦争になっても絶対に連れて行かんぞ。と言うよりも、早く婿を取って欲しいのだが……」
「私よりも強くない人などに婿に来てほしくありません! せめて鷹殿くらいの実力が無いと嫌ですわ。……あ、だからってあの人は性格破綻しているから駄目ですよ」
これだもんな、鷹ことハンニバル・タラスコン伯爵と言えば、若くして名将と言われる逸材なのだが、先年の戦争の祝賀会で、事もあろうにエリシアに見向きもしなかったのだ。
あれ以来、当人同士が良ければと進めていた婚姻話も全くダメになった。
このまま行き遅れ――いやエリシアの場合は貰い遅れか――にならないか心配でたまらない。
「あぁ、それと、帝国だけでなくその鷹殿も負けたそうですね。それも名もなき村長風情に」
どこまで教えているんだ、あの2人は……。
頭を抱えたくなるのを必死でこらえて、余は彼女に向き直って話しかけた。
「とにかく、お前はここに大人しく待っているんだ。帝国の事は知ってしまったから言うが、近々3カ国で同盟軍を発足する事になる。パパはそれに行ってくるからね?」
「じゃぁ、私が鷹殿を破った村長に会ってくるわ!」
「なんでそうなるんじゃ? 大人しくここで待っててって言ったのに……」
「別に危険はないんでしょ? 鷹殿もその後は交易もできているから助かっているって言ってたじゃない? なら私が少数の兵を連れて行っても問題ないでしょ?」
「え、いや、そうじゃなくて、エリシアちゃんが万が一にも――」
「私が捕まるとでも?」
エリシアはそう言うと、先程までのどこか余裕のある表情から一転して、張り詰めた、いや間合いを詰める達人の様な表情で、余を睨んできた。
「……。言い出したら聞かないのは誰に似たんだろう?」
「きっと父上に似たのですよ。それに私は危険な場所に行くわけでもありません。まぁ剣は帯びておきますけどね」
そう言うと、エリシアはくるりと背を向けて部屋を出て行った。
今回の遠征、早く終わると良いな……。
余はそう思って、暗くなりつつある夜空を眺めた。
今後もご後援よろしくお願いします。m(__)m