3-6
停戦が成立した新月の夜、1人の闖入者がやって来た。
「……、ついさっき使者が帰ったと思ったのに、何をしに来られたのですか?」
俺の目の前には、衛兵に不審者として捕まった、ほっかむりをした金髪の男が、座っていた。
彼は俺の方を見るなり、にっこりと笑って話し始めた。
「いや~新月だったし闇夜に乗じて侵入できるかと思ったんだけどね。まさかあんなに明るい蝋燭があるなんて知らなかったよ」
「はぁ~、あれは蠟燭を使っていますが、少し違いますよ。あれは、がん灯という名前の照明装置ですよ。ってそこじゃないでしょ? 何をしに来られたんですか? タラスコン伯爵」
「ん? バレてしまったか?」
「バレるに決まってます!」
全くこの人は掴みどころがないと言うか、ツッコミどころだらけと言うか……。
俺が呆れた表情をしていると、彼は急に真顔になって話し始めた。
「実は、今日来たのは他でもない。商売の話をしようかと思ってね」
「商売、ですか?」
「うむ、実はね、食料を今度売ってほしいんだ。もちろんそれ相応の値段でだ」
「食料ですか? まぁ売れる範囲でなら構いませんが、理由をお聞きしても?」
「理由も何も、君たちが俺たちの食料を焼いたのが原因だよ。あれがあれば恐らくだが、領民が暫く暮らすには困らない量だった。だけど、君たちに焼かれてしまった。だから買いたいんだ」
あぁ~迂回して攻撃しに行った部隊の火矢が、まさかの直撃を食らわせたのか。
まぁ、こっちが原因の一つでもあるんだが、明らかにおかしなことを言ったような……。
「って! 今回の遠征で持ってきた食料。まさか備蓄ですか!?」
「おう、そのまさかだぞ」
あ、今すっげぇ屈託ない笑顔で答えやがった。
はぁ、しかしまさかだよ。領民それで怒らないのかな?
「こちらとしては構いませんが、領民の方は大丈夫なのですか?」
「ん? あぁ、大丈夫だろ。あいつらも結構戦争好きだからな。今回の遠征だってノリノリでついて来たくらいだ」
どこの戦闘民族だよ。
そんな領民怖すぎるわ!
と、心の中で一人突っ込んでみたが、流石にそんな事言えるわけがない。
「でだ、食料無くなったって言ったら、買って来たら良いんじゃない? って感じで送り出されたんだよね。これが」
そう言って、彼は大笑いを始めた。
「食料の販売については、わかりました。こちらで必要な量を計算して、余剰分が出たらお売りさせて頂きますので、後日の返事でもよろしいですか?」
「おう、それで構わないぞ。じゃ! よろしくな」
彼はそう言うと、サッと立ち上がって、門から出て行ったのだった。
俺はと言うと、そんな彼を呆然と眺めているだけだった。
「村長、帰して良かったのですか?」
そう訊ねてきたのは、バリスだった。
「え? いや、だって一応停戦中だろ? 捕まえたら信用問題になってしまうよ」
俺の答えを聞いたバリスは、頭を振って夜空を見上げた。
「私が言いたいのはそうじゃなくて、今日新月ですよ。一晩くらいお泊めした方が良かったのではと言う事です」
「あ……。」
そう、この世界には魔物が居るのだ。
もちろん魔物以外の野生動物もいる。
平成日本の様な、野良犬さえ滅多に見かけない都会ではない。
熊、狼、猪、ゴブリン。
なんでもござれの恐ろしい場所なのだ。
「まぁ、ね。帰っちゃったのはもうどうしようにもないし、ここは自己責任って事で……」
「いや、まぁ、村長がそれで良いなら構いませんが、何かあっても知りませんからね?」
そう言うと、バリスも疲れたのか、大きな欠伸をして仮眠所へと戻っていった。
「何もありませんように……」
天に向かって祈ってから、俺もその日は寝る事にした。
停戦成立から暫くは、後処理などでごたごたとしていた。
まぁ、死体などは持って帰ってくれたので、前回、前々回に比べれば、だいぶましだった。
ちなみに、タラスコン伯爵との約束は、正式な依頼文章と言う形でやって来た。
多少変でもそこは伯爵様、手紙はこの世界では珍しい植物由来の紙で、書面の周りは金の装飾で縁取りをしてあった。
「わぁ~ロイド、金ぴかで綺麗だね~これ売ったらいくらになるのかしら?」
これは、マリーの素直な感想。
まぁ、彼女は字も読めないので、感想としては妥当だろう。
若干ドローナの影響が見え隠れしている気がするのは、気のせいだ。
「で、食糧売っちゃうの?」
「まぁ一応貿易品として考えてもいたし、漬物だって売ってるんだから今更って感じだけどね」
「まぁ、それもそっか。で、いくらで売れるの?」
マリーに急かされて、手紙の続きを読んでみて、俺は絶句してしまった。
「ねぇ、どうしたの? ロイド? いくらって書かれてたの?」
「えっとね……。これは、とんでもない額だよ。麦10キロで、金1枚」
「へぇ~麦10キロで金1枚か~…………え゛!? 金1枚!?」
マリーが驚くのも無理はない、平時の価格であれば、10キロなんて銀1枚が妥当だ。
それが、金1枚。およそ100倍まで跳ね上がっている。
中央もしくは、この国全体の食糧事情がそれほどまで下がっているとは、思いもよらなかった。
だが、これが本当に妥当な値段かは、俺達が理解できるわけも無いので、後日ドローナに相談する事にした。
「――であるからして、我が村はそろそろ反対側に領域を拡大すべき時期に来ている、と判断します」
コーナーが代表者会議で提案があると言っていたので、聞いてみると、どうやら領域の拡大を目指さなければならないらしい。
理由は単純だ。
流民の流入が全く止まらないからだ。
現在の流入してきた人口は、約700人。
すでに開墾済みの場所も、これから開墾していく場所も手狭になってきているのが現状だ。
彼らの新しい土地をどうにかしなければならない。
と言う訳で、コーナーの新規開拓案が出された。
案としては、新規流入者を一定数集めてから、自警団と共に反対側に送り、警備をしつつ、開墾作業に従事させる。
開墾の際には最初は、アンドレアを投入して木々の伐採をさせ、開拓民に根を掘り返させたら、土をいじってもらうというものだった。
「まぁ案としては、こんなところだ。代表者の皆はどうだ? 何か反対意見はあるか?」
「すまねぇ、反対と言う程でも無いのだが、裏にはこちらよりも魔物が多くいるのではないのか? そんな所に送ったら危ないんじゃないか?」
まぁもっともな心配だな。
前回の調査で大猿にひどい目に遭わされたのを考えると、躊躇してしまうが、その辺は最近の調査結果がある。
「その心配はもっともだ。だが、最近の調査結果でだいぶ状況が変わってきた事がわかる」
その調査結果は、大猿が居なくなってから、森での勢力争いが活発化し、ゴブリン、コボルト、ハーピィ等の諸種族が、互いに互いを攻撃しあっていると言うものだ。
そして、その抗争の結果、全種族の個体数減という調査結果が出た。
要するに、開拓するなら今しかないという事情もあるのだ。
「まぁ、調査の報告は聞いたので、分かりますが……。わかりました。村長にお任せしましょう」
全体的に少し躊躇しているが、俺が強気に出ているから様子を見る。
という図式かな? まぁ反対が無いので、ある程度好きにできるのは良い事だ。
「では、準備ができ次第、反対側の開墾をスタートする」
こうして、村の反対側の開墾が始まった。
今後もご後援よろしくお願いします。m(__)m




