4
2017.1.16話の内容を改稿。
「村長! ベクターさん! 大変だ! モンスターが、モンスターが」
ある晴れた日の昼、1人の村人が必死になって村長である俺の家に走り込んできた。
相当慌てていたのだろう、俺の家に着くなり彼は息を荒げ、まともに話せる状態では無かった。
「はぁーはぁーはぁーはぁー、モ、モンスターの大軍が、こちらに、向かって、きている」
「モンスターの大軍じゃと!?」
この世界にはモンスターが存在する。それこそスライムとかゴブリンとかはもちろん、伝説級の存在ならドラゴンなんてのも居るくらいだ。
「それで、こちらに向かってきているのはどんなモンスターですか?」
「見かけた者が言うには、ゴブリンが100匹以上居るそうだ」
この世界では、ゴブリンはどこにでも居る低級の魔物で、背は小さく、醜い見た目に耳障りな金切り声をあげる魔物で、ゴキブリと同列に扱われる事が多い魔物だ。
そのゴブリンが100匹……。
この村の人口は精々50人と言う所だ。
訓練を受けた兵士が50人居たなら大丈夫だろうが、ここに居るのは赤子や老人を含めた50人で全く訓練もされていない人たちばかりだ。
「逃げるしかない。裏の山に登ってやり過ごすぞ、悪いがお主等は村中に知らせを発してくれ」
ベクターの指示に従って、俺と先程駆け込んできた村人で村のあちこちに知らせに回った。
「ゴブリンの大軍が来るぞ! 全員逃げる支度をしてすぐに裏の山に登れ! 急げ!」
懸命に走り回ったが、村の北の森から土煙が見え始めた。
恐らくゴブリンの群れが近いのだろう。
それから数十分後、村全体に避難命令が行き届き、全ての人たちが避難する事ができたかにみえたが、一人足りないと誰かが言いだした。
「マリーだ! うちのマリーが居らん! きっと家で準備に手間取っているのかもしれん! 助けてやってくれ!」
ドーソンさんの悲痛な叫びが響いたが、誰一人立ち上がれなかった。
いくら村の裏手とは言え、降るだけで10分は軽くかかる。
そこから逃げようと思うと、登るのに20分、往復すれば30分以上かかると考えて良い。
しかも、山から見えている限りでは魔物は後10分もかからず村に襲い掛かるだろう。
「……儂が行こうかのう」
そう言って、ベクターさんが立ち上がろうとしたが、俺がそれを制した。
「いえ、ここからでは、ベクターさんでは降りるのに15分はかかります。それでは間に合いませんから、俺が1人で行ってきます」
俺がそう言うと、彼はジッと俺の方を見てきて、やれやれという様子で頷いてきた。
「……、わかったわい。ただし、これだけは忘れるな。必ず二人で生きて戻ってくるんじゃぞ?」
俺が頷くと、彼は早くいけとばかりに手を振ってきた。
村までの道のりは、1人で走ってどうにか10分ちょっとで辿り着く事ができた。
「さて、ゴブリンはどうかな?」
柵の方に目を向けると、奴らは壊せなかったのか、柵をよじ登り始めている。
あの調子なら30分くらいがタイムリミットかな?
俺は時間に目星をつけてから、マリーの家に向かった。
「マリー! 早く逃げるぞ!」
俺が声をかけると、マリーは何かを探しているのか家の中をひっくり返していた。
「無いのよ! お母さんの形見のネックレスが! どこにいったの? ここに仕舞っておいたはずなのに!」
「ネックレス? それはどんなネックレスだ?」
「真ん中に綺麗な石の入ったネックレスよ! 探して!」
俺はどこかで見た覚えがあったので、記憶を探ってみた。
だが、どこで見たかわからず、マリーにとりあえず逃げる事を提案したが、家を燃やされて、全部なくなっていたら嫌だと拒否された。
命には代えられないと思うんだが、亡き母との思い出の品というのは、余程大切なんだろう。
仕方なく窓から外を見てみると、ゴブリンたちが既に柵の上の方に到着しつつある。
奴らの短足なら降りるのに時間がかかるだろう……。
と思っていたのだが、なんと奴ら飛び降り始めたのだ。
「マリー! 拙いぞ、ゴブリンが柵を越えてきた!」
「でも! 見つからないのよ!」
そう言って彼女は、部屋の中をもう一度ひっくり返していた。
綺麗な石のネックレス?
あ! あれだ! ドーソンさんが持っていた奴だ!
「マリー! そのネックレス、ドーソンさんが持っている! だから逃げるぞ!」
俺の叫びを聞いて、マリーは「本当!?」と聞き返してきたので、頷き返した。
「急げ! 奴ら狂喜してこっちに向かってきている!」
俺とマリーが急いで外に出ると、街の入り口付近は既に魔物だらけだった。
幸いなことにマリーの家は村の真ん中寄りに立っていたので、まだ大丈夫だが、見つかる可能性が高いので、急いで逃げる事にした。
しかし、走り出してすぐ、慌てたマリーが足をひねってしまいうずくまった。
「い、痛い、足が動かない……」
仕方が無いので俺はマリーを背に背負い、逃げる事にしたのだが、人一人を背負ってそこまで早く走れるわけもなくゴブリンたちに見つかって追いかけられる羽目になった。
「ロイド! 後ろからゴブリンたちが来てる! 私を置いて逃げて!」
「今更一人で逃げられるか! ドーソンさんとベクターさんに約束したんだ! 二人で戻るって!」
奴らは体が小さいため、歩幅も小さく足は遅い方なのだが、人を背負った俺よりは早く、裏山に到着するまでに追いつかれる可能性が高かった。
後ろから俺達を見つけたのか、ゴブリンたちの金切り声が一層大きく聞こえてきた。
「ロイド! 本当にこのままじゃ二人ともダメになっちゃう! 悪いのは私なんだから下ろして!」
「出来るか! そんな事言って無いで逃げられるように祈っててくれ!」
だが、実際問題このまま行けば奴らに追いつかれる。
追いつかれれば、生きたままかじりつかれ、食べられるのだ。
そんな最後だけは、ごめんだ!
そうは思うものの、やはりスピードは出ない。
あと少しで追いつかれるくらいまで来た時、奴らは向きを変え始めたのだ。
「え? なんで追いかけてこないんだ?」
俺が疑問に思っていると、マリーが何かを見つけたのか、声を詰まらせながら指さしてきた。
「あ、あぁ、ロイド、あれ、ベクターさんじゃ……」
そう言われて、俺も息を飲んだ。
ゴブリンの群れの中に一人の老人が杖を片手に立ち向かっているのだ。
「ロイド! ここは儂が引き受けた! お前はマリーを連れて行け!」
「な、なんでベクターさんが、ここに居るんですか!?」
「なに、マリーの事だからまたドジを踏んでいるんじゃないかと様子を見に来たら、案の定じゃっただけじゃよ。そして、儂は奴らに囲まれた。それだけじゃよ!」
何言ってるんだ? いや言っている意味はわかるが、なんであんたが囮になっているんだよ!
「なんで!? なんで降りて来たんですか!?」
「義理とは言え、息子を助けるのが親の務めだからだ!」
「俺は、俺はそんな事頼んでない! あんたも一緒でなきゃ、村はどうするんだよ!?」
「甘えるな! 村長はもうお前じゃ! ここは儂が引き受けるから逃げ延びろ!」
ベクターさんに怒鳴られたのはこれが初めてだった。
いつも温厚な、優しい彼が怒る所をこんな形で見たくなかった。俺は首を振ろうとして思い止まり、絞り出すような声で彼に語り掛けた。
「……わ゛、わ゛がりまじだ。必ず、必ず! 再建してみせます! お義父さん!」
俺が涙ながらにそう言うと、彼は満面の笑みを浮かべて、魔物の群れの中で杖を振るって暴れていたが、何匹ものゴブリンに一斉に飛びかかられて姿が見えなくなった。
恐らく魔物たちは彼を捕食するのに夢中になり、俺達を見失うだろう。
彼が見えなくなったのと同時に、俺達は裏山へと走っていった。
その間中俺の背中では、マリーが何度も何度も何度も「ごめんなさい」と嗚咽を漏らしながら呟いていたのが、耳に残っている。
裏山に避難してから1日後、俺達は村へと戻った。
そこで目にしたのは、滅茶苦茶に壊された家と畑、そしてベクターさんと思われる血の跡と折れた杖だけだった。