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騎士団団長は、俺の前に連れて来られるや、平伏して口上を述べ始めた。
「お初目にかかります。私は元ドレストン男爵の騎士団長でした、ウォーロックと言います。今回は、我らの降伏を受け入れて頂きありがとうございます」
そこまで、話すと彼は黙って俺の返事を待った。
今さっき主君である男爵を手打ちにして、その敵である俺の元で、平伏しているこいつに俺は、何とも言えない気持ちの悪さがあったが、そこは顔に出さない様にしながら、話しかけた。
「まだ、受け入れると決まったわけではない。そもそも、なぜ主君を殺す必要があった? あの場で説得すると言う事がなぜできなかったのだろうか?」
俺の問いかけに、彼は顔をあげて、心底不思議そうな表情をしてから答え始めた。
「主君を殺したことを、お咎めになるならそれは、違います。彼は自分の敗北に気づかず、我らの命を危険にさらそうとしていたのです。そんな者に対して最後まで仕える義理はありません」
そう言うと、また額を地に擦り付ける様に下を向くのだった。
確かに彼の言う事は、一理ある。
だが、現代の日本の「君は君足らずとも、臣は臣足るべし」という常識がしみついている俺としては、理解しかねる。
どうすべきか、彼を雇うべきか、このまま野に放つべきか。
俺の心は決めかねていた。
時は少しさかのぼること30分前。
俺は兵達に降伏した奴らの連行と、武器防具の整理をする様に指示を出すと、バリスと話し合っていた。
そう、主君を殺してまで降伏した騎士団長の人となりを聞くために。
「結論から言いますと、あまりお勧めしません」
俺の問いに彼は真っ先にこう言ってのけた。
「ほう、それはどんな理由があってそう思うんだい?」
「彼は、確かに力のある武人ですが、いささか計算し過ぎる所があります。今回も主君を殺してでも、自らの命を助けてもらおうという計算、と私は思っています」
「ふむ、確かにタイミングがあまりにも悪いが、今回だけと言う事では無いのか?」
「違いますね。彼はこの村に攻め寄せた時も、不利と知るや主君に撤退を進言し、却下されれば、自らは後方から指揮をとると言う事を平気でします。正直、兵達からはあまり好かれていません」
まぁそらそうだろう。
兵は自分たちと共に戦う者に信頼を寄せる。
いつの時代も参謀が嫌われ者役になるのは、そのせいだ。
バリスの話で、大体の人となりは、理解できた。
後は本人の話を聞くだけだ。
「さて、ウォーロック。君がなぜ主君を殺したのかは理解した。だが、殺さなければならなかったかと言うと、それは否である」
俺はできる限り厳かな声で、彼に語り掛けた。
彼は相変わらず平伏して顔を挙げていない。
「だが、降伏した者の命を奪うのは、道義に反する。よって結論を戦後にまで保留とする。君に関しては別の牢に入って頂く。以上だ、連行しろ」
俺の指示を受けた自警団員によって、ウォーロックは連れて行かれた。
連れて行かれる最中に抵抗するかと思ったのだが、特に何も無く、大人しく連れて行かれたのには、少なからず驚いた。
「バリス、彼を下につけると言ったら嫌か?」
「……。正直に申しますと、嫌です。あのような主君殺しと一緒に居ては安心して背中を任せられません。そんな奴が1人でも居たら、自警団の規律は守れなくなるでしょう」
「はぁ~、やっぱり無理か。まぁ致し方ないな。戦後に短刀だけ返して放りだすとしよう」
大げさにため息を吐きながらも、俺自身内心ホッとしていた。
何せ全く価値観が違うのだ。
どうやって使えば良いのか全く分からない。
まぁ彼の様な者も使える様にならないといけないが、それは、今後の課題としておかねばなるまい。
「さて、敵方の動きはどうだ?」
「敵は……なんでしょう?軍使らしき者が近づいてきています」
すぐさま土塁に登ると、白旗を掲げた軍使が馬に乗ってこちらに向かってくるのが見えた。
馬に乗っているのは、流石にハンニバル伯爵では無いようだったので、少し安心した。
軍使は、堀の前までやって来ると大声で、話しかけてきた。
「一時休戦を申し入れたい! それと捕虜交換の交渉にも参った。開門を願う!」
「かしこまった。馬を降りて門の前で待たれよ! すぐに開門の準備をいたす!」
門は先程の男爵襲撃によって閉じたままだ。
なにせ、重さが軽く1トン近くある門なので、簡単には開閉できない。
それにつるべ落とし式で、落ちたら最後、次に開けるのにかなりの時間を要する。
これは、今後改善しなければならない点だ。
まぁとりあえず、手動で巻き上げられる様な工夫を考えなければならない。
と、俺が今後の改善点を考えていると、門兵から大声が聞こえてきた。
「開門!」
その声と同時に両側から兵の掛け声と同時に、ゴゴゴゴゴという擬音が聞こえてきそうな感じで、ゆっくりと門が上に上がった。
門が完全に開き切ると、今度は引っ張っていたロープを全員でゆっくりと杭に巻き付け、固定していた。
この工程を忘れると、また最初からやり直しと言う地獄を見ることになる。
「使者殿! 待たせて申し訳ない。中に入られよ」
俺がそう言うと、軍使は興味深そうに周囲を眺めながら中に入ってきた。
「お初目にかかる。私はこの村の長のロイド・ウィンザーです。交渉と言う事ですので、こちらへどうぞ」
俺の案内で、軍使を天幕へと案内した。
「さて、一時休戦と言う事ですが、そちらの条件はなんでしょう?」
挨拶もそこそこに、椅子に座るのと同時に交渉を始めた。
こういう事は、できるだけ相手に考える時間を与えない事が肝要だ。
「え、あ、こちらの条件ですが、撤退中は追撃をしない事。それだけが条件です」
ほう、これはまたえらくあっさりした条件を提示してきた物だ。
そして、この慌てて撤退するところを見ると、食料が燃えたか、後方で何か騒ぎがあったのだろう。
「条件はわかりました。ですが、こちらとしての条件もありますが、よろしいですか?」
「それについては、条件によりますが、何でしょうか?」
「我々は特段あなた方を、攻めた訳では無かったのですが、来られました。ですので、相応の物を頂かない事には納まりがつきませんが、どうでしょう?」
まぁ要約すると、慰謝料払えって事だ。
撤退するのを見逃してやるからと言う奴だが、言っておいてなんだが、ザ賊の頭領だな。
「そちらについてですが、捕虜開放の資金に上乗せと言う形でお願いする事はできますか?」
おっと、渋るかと思ったのだが、あっさりと捕虜の開放金に上乗せする案をもってきやがった。
普通は何だかんだ言いながら払わない方向で行こうとするのだが、これは正直言って予想外だ。
「あぁ、こちらとしては貰える物が貰えるなら良いだろう。後、死んだ者はどうする?遺体を持って帰るか? それともこちらで埋葬しておこうか?」
遺体は後で、硝石丘に追加したいので、埋葬する事を提案したが、使者が首を振って拒否してきた。
「ありがたい申し出、なれど、彼らは連れ帰ります。最後まで戦った勇士です。故郷に埋めてやります」
「そう、ですか。でしたらお願いします」
「では、捕虜の開放金ですが――」
それから俺と軍使は何度かの休憩を挟みながらも、開放金の交渉を済ませた。
時間にして、約8時間。
金額は、1人頭金1枚で、合計38枚で、死者を連れ帰る為に荷車を1個売って、銀1枚も稼いだ。
「では、私はこれで」
そう言って使者は、捕虜と彼らに引かれた荷車と荷台の死者を、引き連れて帰っていったのだった。
一旦戦争終了です。
今後もご後援よろしくお願いします。m(__)m
次回は、戦後の話と、彼らの撤退理由の話です。(別視点)




