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放たれたファイヤーボールは、一直線に敵集団に突っ込むかに見えたが、敵のウォーターボールによってかき消されてしまった。
「やはり居ましたか……」
アンドレアが珍しく嫌そうな顔をしているので、理由を尋ねると、彼は「知り合いが」とだけ答えて口ごもった。
「まぁそう言う事なら致し方ないが、さて、どうしよう? あんな所に陣取られては困るんだがな……」
俺は頭を搔きながら、敵集団の居る方に視線を移した。
敵は、堀から少し離れた所に陣取っている。
道幅は約8メートルあるので、土塁からだと16~8メートルほどの距離になる。
この距離なら矢が届かない事は無いのだが、敵の盾がかなり分厚い様で、矢が刺さり切らない。
さて、どうするか。
このままいけば持久戦になる。
相手の兵糧などがどれくらいあるのか分からないが、伯爵と言うくらいだから、それなりに持ってきている可能性は十分ある。
俺が考え事をしていると、今度は敵陣から門めがけて、ファイヤーボールが飛んできた。
「っ! まずい! アンドレア防御しろ!」
敵は門の焼き討ちを狙ってきたが、寸での所でアンドレアのウォーターウォールが展開して事なきを得た。
と思ったが、なんと敵は真正面から何発もファイヤーボールを、柵や門に向けて連発し始めたのだ。
「な! アンドレア! できる限り防御しろ!」
俺の指示を受けたアンドレアが、ウォーターウォールを展開する事で、何とか柵などは守れている。
だが、相手の方が、魔術師が多いのか、徐々にこちらの柵の近くに着弾してきている。
「アンドレア、どれくらいなら持たせられる?」
「このペースで相手が打てるとは思えません。恐らく敵の方が先にギブアップするはずです」
アンドレアに耳打ちすると、彼はまだ余裕があるのか、返事を返してこれた。
だが、魔力には限りがあると以前聞いた事があるので、そこを考えると、このまま放置していていい状況ではない。
「バリスは居るか?」
俺は周囲を見回しながらバリスを探すと、彼は反対側に居たので、手招きして寄ってくるように合図した。
少ししてから、俺の元にバリスが来たので、作戦を話し始めた。
「このままでは埒が明かない。敵に精神的余裕を無くさせなければならないから、バリスとライズは、森を迂回して敵陣に火を放ってきてくれ」
「敵陣に火ですか? 確かに効果的でしょうが、できますでしょうか?」
バリスが俺の提案に疑問を呈してきたので、力強く頷いて見せた。
「できる。相手は伏兵については、殆ど考えていない。理由は色々とあるが、一番は森のせいだ」
この世界では、森とは魔物の巣窟であり、立ち入るべき場所ではない。
もし森に入る事があっても、基本的に騎士団規模 (5~60名程度)での捜索が主となる。
そこを、狩人の先導で敵陣近くに行き、奇襲をかけるのだ。
これで成功しないなんて事は、ほぼあり得ない。
「なるほど、森は避けるもの、迂回してくる馬鹿は居ないと考えますね。しかし、火矢を放つだけで良いのですか?」
「それだけで良い、そうする事で、敵は前に出るか後ろに下がるかの二択を迫られる。敵が突っ込んでくれば、こちらは罠を発動すればいいし、敵が引き上げようとするならば、弓で追撃をすればいい」
「なるほど、どちらもこちらにとっては、少ない損害で守れる、と言う訳ですね」
そして、火矢で攻撃すれば、あわよくば、兵糧も燃えてくれる。
そうなれば、敵は撤退せざるをえない。
「では、バリスは奇襲部隊の選抜を、ライズは狩人を2人ほど選んでおいてくれ」
「「わかりました」」
二人はそう言うと、それぞれの持ち場に戻っていった。
攻撃開始から4時間後、敵の魔術攻勢は相変わらず続いている。
だが、流石に魔力が切れて来たのか、最初よりは弾幕が薄くなってきた様に感じる。
「そろそろ、奇襲をかけてくれないときついな……」
俺は、隣で変わらず魔術を展開している、アンドレアに視線を移したが、流石に余裕が無くなってきたのか、額に汗を垂らしながら踏ん張っている。
あともう少し、後もうちょっとで、別動隊が到着するはずだ。
ここは、アンドレアに踏ん張ってもらう以外に方法は無い。
敵の方はと言うと、相変わらず鉄の盾をしっかりと敷き詰めて、亀が甲羅に引っ込んでいるかのように動こうとしない。
「流石に、敵大将にこちらの防衛施設に入られたのは、痛かったか……しかし、この場所を初めて見て警戒するとは、余程頭の柔らかい指揮官なのだな……」
行動は、あまりにも無無茶苦茶だが。
と心の中で思いながら、俺自身焦ってきているのか、貧乏ゆすりが止まらない。
あまりの長丁場に、簡易の椅子を二つ作らせ、アンドレアと俺との二人で座っているのだが、何もできる事が無いと言うのは落ち着かない。
そんな俺の心の焦りを感じてくれたのか、敵陣方向の見張りから伝令が飛んできた。
「伝令! 敵陣から煙があがりました! 奇襲は成功です! 繰り返します! 奇襲は成功です!」
「よし! 弓兵隊! 敵集団の動きに警戒しつつ矢を番えよ! 城門兵は敵の動きを警戒! こちらに入ってきたら中腹で門を切り落とせ!」
俺の指示で、各部署の動きが慌ただしくなってきた。
敵の方は、今のところ動いていない。
恐らく亀の様に丸くなっているせいで、周囲の状況が把握しにくいのだろう。
「敵が気づくまでしっかりと準備しろ――っ! 動き出したぞ!」
次の指示を出そうとした時、敵がようやく自陣からの煙に気が付いたようで、慌て始めた。
さぁ、どう動く?引くか、進むか。
どっちを選んでも大変だぞ?
俺は、自分がやろうとしている非人道的行為に、何故か顔が引きつり、口角が上がっていた。
それを見た近場の兵達が、囁きながら話しているのが聞こえてきた。
「おい、見ろよ。村長笑ってるぞ」
「……げ、すげぇな。この状況で笑えるとか」
「もしかしたらもう勝ちが決まったのかもしれないな」
いやいやいや、まだ勝ちは決まってないぞ、これは自分のする行為に引きつっているだけだぞ。
とは、思っていても誰かに伝える訳にもいかず、士気が上がっているならと無視する事にした。
「敵は――――っ! 逃げ始めたぞ! 弓兵隊! 山なり射撃用意! 放てぇ!」
合図と同時に、弓矢が斜め45度くらいの角度で一斉に発射され、敵集団めがけて襲い掛かった。
先程までは余裕があったために、しっかりと組まれていた盾の壁は、突然の後退命令で慌てたのか、隙間ができており、その間に何本かの矢が刺さるのと同時に、盾の壁にさらに大きな穴が空いた。
こんなチャンスは二度とない!
「第二射用意! 放てぇ!」
第二射で敵の何人かが直撃を受けて、さらに大きな穴を作ったが、流石は戦神と言われるだけの事はある。
その穴をすぐに塞いで、それ以後の被害を完全に防がれてしまった。
だが、後退する事に意識を集中しているので、負傷兵等は流石に回収できなかったのか、矢を受けて倒れている兵が何十人も居るのが見て取れた。
「とりあえず、後退しましたね」
そう言って、俺の横の椅子でぐったりとしながらアンドレアが呟くのが聞こえた。
「流石のお前も危なかったか?」
俺の問いに、彼は微かに笑いながら「えぇ」とだけ答え、倒れてしまった。
一応脈などを見たが、疲れからの睡眠と判断して、近くに居た兵に彼を仮眠所に運ぶように指示を出した。
その後、敵が陣の近くまで撤退したのを見届けた俺は、敵兵の回収をする様に指示を出し、負傷者の手当てをさせた。
こうして、初日の戦いが終わっていったのだった。
今後もご後援よろしくお願いします。m(__)m




