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敵軍発見の報告から半日後、タラスコン伯爵軍は谷を渡ってすぐの所で野営の準備を始めた。
陣地化した場所から目算で200mというところだろう。
せっせと馬防柵を作っているのが見える。
「今日は流石に攻めてこないかな?」
俺は空を見上げながら呟いた。
現在、日は西に傾き、そろそろ夕焼けで赤く染まりはじめている。
「まぁ、軍事の常識に照らし合わせたら、そうなりますね」
俺の右隣で、一緒に敵陣を眺めていたアンドレアが、呟きに答えてきた。
「流石に日が落ち始めて、敵の総数までは見えそうにないな。まぁ動いている感じからすると、報告通り500前後って感じにも見えるけど……どうだ? ライズ見えるか?」
左隣に居るライズに視線を移すと、彼はジッと敵陣を見ながら答えた。
「そう、ですね……。恐らく400くらいだと思いますよ。ゴブリンで考えたらですが」
流石の狩人も薄暗い中では、正確な数は分からないようだ。
「まぁ言っていても仕方ない。何人か見張りを残して、後は寝て待とう」
そう言うと、俺は土塁の近くに建てた簡易の仮眠所で寝る事にした。
翌日の早朝に、自警団、訓練兵を含めた、総勢200名の農民兵がやってきた。
農民兵の主要な武器は弓で、今回は量産が間に合ったので、鉄製の鏃を大量に渡している。
もちろん、日々の訓練は欠かしていない。
彼らには朝は畑に昼から手が空いたら弓の訓練を受けてもらっていた。
お陰で百発百中とはいかないが、弾幕を張るくらいならどうにかできる。
「弓が使えると言うだけでも、かなり気が楽になりますな」
俺の後ろから自警団の団長であるバリスだ。
以前から筋骨たくましい男ではあったが、最近は訓練兵と一緒に汗を流しているせいか、以前よりも体が二回りほど大きくなっている。
そのうち戸愚〇の様な筋肉ダルマになるのでは、と心配しているが、本人はどこ吹く風である。
「まぁ、防衛の為に皆に覚えてもらったからな。今後は主力の一つとして使わないと」
俺達がそんな話をしていると、土塁の上からアンドレアの声が聞こえてきた。
「ロイドさん! 敵軍から軍使が来ましたが、どうしますか?」
「軍使か、わかった。入れてやってくれ」
俺がそう言うのと同時に、村側の門がガラガラという大きな音を立てて、持ち上がった。
俺達が中に入ると、そこには栗色の髪に、青みがかった瞳をした若い男が立っていた。
その優男の様な様子とは裏腹に、彼の眼光は鋭く、俺の事を値踏みする様な、試す様な視線で遠慮なく見てきた。
「私が、この村の村長のロイドですが、何用ですかな?」
俺の問いに、観察する様な視線を送っていた男は、フッと表情を緩めて話し始めた。
「俺の名は、ハンニバル・タラスコン。爵位は伯爵だ」
……え? 今なんて言ったこの男? 自分が伯爵だって言ったのか?
いくらなんでもおかしいだろ。
ここは敵陣だぞ? 一人で来るか、普通。
俺が唖然とした表情をしていると、彼はしてやったり、と言った表情で笑うと、続きを離し始めた。
「驚いて頂けたようで何よりだ。私が今日来たのは、他でもない降伏勧告をしに来た。大人しく降るなら被害最小で終わるが?」
「……この状況でよくそんな言葉が出てくるな。豪胆と言うかなんと言うか。答えはノーだ。こちらとしては引き上げて行って頂きたい」
俺の答えを聞いた彼は、いきなり大声で笑い始めた。
「アハハハハハ! これは良い。久しぶりに生きの良い奴が相手で、楽しめそうだ」
どうやら彼は戦闘狂の様だ。
この種の人間に目を付けられたのは、正直言ってあまりうれしくない。
と言うよりも、これから先の事が本気で心配になる。
「とりあえず、お前の様な危険人物このまま返すわけないだろう! 打ち方用意!」
俺の号令が出るや否や、目の前に居た戦闘狂は、踵を返して走り去った。
その余りにも見事な逃げっぷりに俺は、しばし我を忘れてしまった。
「こんなところで捕まってたまるか! ではまた会おう!」
また会おうも何も、これから戦争するんだろうに。
呆れて俺達が見送っていると、上から見張りの兵が声を挙げた。
「敵軍が動き始めました! 如何しますか!?」
「とりあえず、村側の門を閉めるぞ! 全員陣内で待機! 敵が近づいたら弓で攻撃しろ!とりあえず街道側の門は、開けたままで良い!」
指示を出すと全員が一斉に動き出した。
むろん敵ものんびりと待ってはくれない。
だが、待ち構える側であるこちらの方が、準備が整うのが少し早かったのか、敵に対して弓矢で一斉射できた。
「敵は、盾を持って動いています。木製のようですが、動きが止まりません! どうしますか?」
「後ろの兵に言って、火矢を用意させろ! 盾ごと燃やしてやれ!」
ヒャッハー! 汚物は消毒だー! ってどこかの世紀末のチンピラが言っていたのを思い出しそうになったが、そんな笑える状態ではない。
火矢には油のしみ込んだ布を巻いている。
これを敵に向かって射掛けるのだが、敵は盾を放棄するか、手を火傷するまで放さないかの二択をしなければならず、かなり慌てている様だ。
しかも、たまに火矢が逸れて、敵の体服や髪に燃え移って大変な事になっている。
「効果はありそうですね。敵が下がっていきます」
冷静に俺の隣でライズが状況を報告してきた。
「あぁ、だがこれくらいでは諦めてくれないだろう」
俺の予想はあまりうれしくない形で当たった。
今度は奴ら鉄製の盾に持ち替えて、こちらに向かってきた。
「しかし、嫌になるくらい整然とした隊列だな。あれでは矢も当たらんだろう」
予想通り敵の盾はそれなりに分厚いようで、いくらこちらの鉄が良いものでも、弾かれて終わりか、良くて刺さるだけだ。
ん~このままでは不味いな。早々にこちらの切り札を使わなくてはならないかもしれない。
俺がそんな事を考えていると、敵は堀の中に入って来ず、真ん中にある門に向かってきた。
もちろん門は開けっぱなしである。
これで訝しんで攻めるのを躊躇してくれたら良いのだが、躊躇いなく来たら、切り札を使わざるをえない。
「どうしますか? 門を閉めますか?」
俺の隣で門の開閉を担当する兵が、心配そうな表情で質問してきた。
「いや、このまま待て。敵をおびき寄せるための罠なんだから」
俺が兵に自制を促していると、敵の偵察兵が門の中に入ってきて様子を伺い始めた。
「い、今ですか?」
「まだだ、偵察兵一人くらい居れてもどうと言う事は無い」
流石にこれだけあからさまに開けていると、敵も警戒して入ってこない。
だからと言って、こちらも何もしないで待っている訳にはいかないので、先程から矢を射掛けているが、あまり効果が見えないでいる。
「ん~アンドレア、あいつらに向かって大きめのファイヤーボールを一発入れてくれ」
「よろしいのですか?恐らく丸焼けになりますよ」
俺の指示に対して、アンドレアは殺人の肯定をするのか尋ねてきた。
って嫌な事尋ねてきやがるな。
俺だって、人殺しの命令とか本当はしたくない。
したくないが、ここで負ければ全てが終わるのだ。
そんなのは、認められないし、もう嫌なのだ。
目の前で知っている人が死ぬのは。
「構わん、俺の覚悟を試す様な事を言うな……気持ちがぶれてしまう」
最後の方は消え入りそうな声で言ったが、どうやらアンドレアには聞こえていた様だ。
彼は、俺に頷くと、少し大きめのファイヤーボールを、敵に向かって放つのだった。
ハンニバルは、まぁこんな奴です。
こんな奴ですが、一応この国の双璧の一人です。
今後もご後援よろしくお願いします。m(__)m




