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戦争の序章です。
タラスコン邸 タラスコン伯爵
使者からの知らせを受け、早急に偵察兵を賊のアジトに向けて放って、1週間が経過したころ、ようやく報告が入った。
「申し上げます。敵の防御施設ですが、柵、や門、土塁に加えて、おっしゃられていた三日月型の穴を発見しました。夜間の警備が薄い時間を見て調べましたところ、深さは約4メートル、長さは約5メートルで、真ん中に少し盛り上がった部分があり、そこは高さ2メートル程の急な斜面となっておりました。残念ながら横の長さについては調べる事ができませんでしたが、両端の森に繋がる程の長さを有しておりましたので、10メートル以上はあるかと思われます」
偵察兵からの詳しい報告を聞いて俺は驚愕してしまった。
たったの2ヶ月で、それほど穴を掘ったと言う事にも驚いたが、偵察兵から手渡された穴の詳細な図面から、防御の為だけに存在するものだと言う事が良く分かった。
「これを2ヶ月で作るか……。敵には魔術師が何人か居るのかな?どう思う?アドルフ」
俺の傍らに控えていた、お抱えの魔術師の「アドルフ」が、一礼してから応えた。
「そうですね、恐らく王国筆頭魔術師級の者か、6~7人程の中級魔術師が居るとみて良いかもしれませんね」
「……ふむ、確かこの村は、そこそこの金は稼いでいたから、魔術師を抱えるくらいできるだろうが、謀反にまで加担するかな?」
俺の問いにアドルフは、しばし虚空を見つめて謀反に加担しそうな人物を思い出していた。
アドルフは魔術師としては異例の特殊能力を持っている。
それは、数万人分の人物名を記憶した、記憶力だ。
彼は一度でも会った事のある人物は元より、名前と業績だけの人物も覚えている。
いくら俺が優れた軍人でもこいつ程の記憶力は無いので、悔しいが素直にその点〝だけは″、負けを認めざるを得ない。
少ししてから、彼が珍しく渋い顔をして話し始めた。
「……ハンニバル様、たった一人だけ謀反に加担する者で、筆頭魔術師級の実力のある者が居ます」
「ほう、それは誰だ?」
「放浪の魔術師、アンドレア・ホーエンハイムです。彼なら謀反に加担するだけの理由もありますので、恐らくは彼ではないかと」
彼が口にしたその名前を聞いた瞬間、俺にも合点がいった。
確かにアンドレアなら謀反に加担するだろう。
俺自身は会った事は無いが、優秀であったが禁忌を犯した魔術師として、社交界で一時期だが、話のネタにされていたからな。
「俺はそのアンドレアに会った事は無いのだが、どんな魔術師なのだ?アニエスの様に二つ名で判断しずらいのだが」
「彼の本領はその魔力量と放出量です。常人の数十倍は魔力を溜めていられる事と、その溜めた魔力を一気に放出できるのです。お陰で、私も何度か力比べをしましたが、持久戦になるとどうしても勝てませんでした」
おいおい、アドルフはこの王国でも一、二を争う魔力コントロールの上手い魔術師だぞ。
それを持久戦に持ち込んだら負けると言わせるとは、相当おかしな魔術師なのか?
「お前でも負けるのか?」
「えぇ、持久戦ではアニエスも負けるでしょうね。彼女の魔力量は多いものの、彼の足元には及びませんから」
ちょっとまて! アニエスと言えば当代どころか、歴代最高とも言われる魔術師じゃないか! それがかなわないとは、本物の化け物だな。
「他に彼について知っている事はあるか?」
「そうですね。後は特にありませんね。彼の本質は大出力と大容量という点と、研究熱心くらいな所ですから」
まぁ、禁忌について本気で研究して、王宮を追放されるくらいだ。
余程の研究バカで無いと、そうはならないだろう。
「それだけの情報があれば、なんとか対策を立てられるだろう」
そう言って俺は、偵察兵が持って帰ってきた地図とにらめっこをしながら、どう攻めるか考え続けていくのだった。
解放村 ロイド
村の街道側では、防衛施設の建設が一段落着いた。
防衛施設として今回作ったのは、土塁と、柵と、門に三日月型の堀だ。
本来の三日月堀は、敵側に押し出す様な形で作るのだが、今回は敵を誘い込む形で、逆三日月型になっている。
そして、この堀からすぐの所に柵と土塁が築かれている。
土塁は、門の部分だけが、村側に凹んだ形で作られている。
そして、堀の近くと、土塁の一番凹んだ部分の2か所に門を作っている。
いわゆる虎口型の土塁だ。
ちなみに門は、両端の土塁から縄で引っ張って吊り上げる、つるべ落とし方式を取っている。
これは、簡単に出口から逃がさない為と、最悪の場合、敵の侵入をできる限り阻止する事が狙いだ。
「ロイドさん、これはどういう意図があるのでしょうか?」
防衛施設の工事を監督していたアンドレアが、視察に来た俺に質問をしてきた。
まぁ、こんな土塁の形はまず見ないだろうから、不思議なのだろう。
「これは、虎口と言う防衛施設で、中に入った敵を上から弓矢や石で殺す場所だ」
「……。ロイドさんは大人しそうな顔をしている割に、結構残酷な施設を開発するのですね」
おい! 俺が親切に教えてやったのに引く事は無いだろう、引く事は。
俺は、アンドレアの引いた表情に少し苛立ったが、無視して説明を続けた。
「まぁそれは、使用方法の一例だ。別に殺さなくても威嚇して降伏させれば良い」
「まぁ確かに、頭上から弓で射られては、逃げようがありませんからね。降伏せざるを得ないでしょう」
まぁ、その辺は死にたがりでない事を祈るしかないのだがな。
「となると、門は逃げられない様にする為ですか?」
「まぁそうなるな、他にも――」
俺がアンドレアに説明をしていると、警戒に出ていた村民の一人が外から走ってきた。
「そ、村長! 大変だ! て、敵が、敵が攻めて来た」
「敵だと!? どれくらいの数かわかるか?」
俺はアンドレアとの話をすぐさま中断して、詳細な報告を聞こうと質問した。
「て、敵は、100人は超えていた。多分5~600人くらい居たと思う」
思う!? 思うでは正確な数が分からないじゃないか! あぁ~もう! こんな時に訓練した兵が居れば楽なのに!
ちなみに訓練兵は、未だに後方で訓練中だ。
彼らの訓練が終了するまでの間は、村の開拓民に交代で見張りをしてもらっている。
その為、こういった有事の際には、しっかりとした報告が入ってこないと言う欠点がある。
「仕方ない、防衛体制を整える。まずは、開拓民に槍を持たせて参集させろ! 後は狩人に白煙で集合の合図を! 自警団の団長も呼んでくれ!」
「では、私はここで不測の事態に備えておきましょう」
俺が指示を飛ばしていると、アンドレアが進んで土塁の一番先頭に立ってくれた。
こういう察しの良い所は、本当に助かる。
「敵の旗は確認したか?」
俺は、先程報告してきた見張りに声をかけると、彼は頷いて答えた。
「旗は白に金の鷹の様な鳥のマークだった」
「白旗に金の鷹!?」
その報告に俺が声を挙げる前にアンドレアが大声を上げた。
「知っているのか?」
「知っているも何も、恐らく他国にも知れ渡っていますよ。『金の鷹には近づくな』と」
金の鷹には近づくな? どんなに恐ろしい敵なのだろうか?
俺が首を傾げていると、アンドレアが呆れた顔で俺の方を見てきた。
「恐らくあなたくらいでしょうね。金の鷹を見て首を傾げる人は」
アンドレアがそう言うと、俺の周りに居た全員が頷いていた。
そんな事言われても、知らない物は仕方なかろうに。
「で、その金の鷹は誰なんだ?」
「二つ名は戦神。ハンニバル・タラスコンです。王国の双璧としても知られる、若干27歳の英雄的将軍です」
27歳でそう呼ばれると言う事は、相当な戦略家、もしくは猛将なのだろう。
俺の額に一筋の冷や汗と共に、これから起こるであろう戦争が、大変な物になる予感しかしなかった。
今後もご後援よろしくお願いします。m(__)m




