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H26/10/3 ご指摘頂いた製鉄技術に関して調べ直し改稿しました。
ドレストン男爵騎士団天幕 ドレストン男爵
敵の予想外の反撃は、我々を驚かせるには十分だった。
特に儂が驚いたのは、逃げて来た者の背中に刺さった矢の鏃だ。
我が領内でも屈指の製鉄技術を持つ者たちに作らせても恐らくここまで硬い鉄は出来上がらないだろう。
それもあの村には近隣の村の製鉄技術者が流入しただけなので、こちらの技術者よりも遥かに腕が落ちるはずなのにだ。
「さて、どうしたものかな騎士団長」
儂の問いかけに筋骨たくましい大男が地面に額を擦り付けんばかりに平伏して返事をした。
「こちらの方が敵よりも多くの兵を有しております。ですので、左右から数で圧殺するのが宜しいかと思いますが、被害が……」
彼は言外にここを攻撃するのは止めたいと言ってきたが、儂としてはこのままこの村に良い気になられては後々の統治に支障をきたすし、隣の寄り親がしゃしゃり出てくる可能性が高いのでそれは拒否して攻撃続行を命じた。
「被害がいくら出ようとも構わん! 敵を殲滅し村の長を儂の前に引きずり出すのだ! 生死は問わん!」
「はははー、身命を賭して」
彼はそう言うと攻撃準備をするとそそくさと天幕から出て行った。
「ちっ! 田舎の村長風情が儂に盾つきおってからに……」
だが、そんな愚痴とは裏腹に儂は自分がとんでもない者の尾を踏んでしまったのではないかとこの時、どこか不安を感じていた。
ロイドの村 ロイド
敵の第一陣が後退してどうにかまずは1勝と言ったところだ。
だが、この戦い負ければ即身の破滅と村の破滅を意味するので、最後まであがかなければならない。
「敵の次の手はどう出てくるかな……」
「馬鹿でなければ、正面を捨て、兵を分断して左右から攻めてくると考えられます。こちらの射手が少ないと言う欠点を突いてくるでしょう」
そう、こちらの射手は精々10人なのだ。
弓は扱いの難しい武器で熟練の技が無いといけない。
もちろん射るだけなら少しの練習で出来るのだが、弾幕を張る程の鉄が無いのも事実なのだ。
なので、こちらは10人の弓兵でどうにかせねばならない。
もちろん相手もその事はわかると思う。
何せ鏃に使った鉄は恐らくこの世界ではかなり珍しい高純度の鉄に仕上げたのだから。
高純度に仕上げるのは高炉を作る事と燃料をどうにかする事だ。
高炉に関しては、送風装置が課題だった。
何せ水車が無いのだ、どうやっても送風装置が作れなかったのだが、その辺りはアンドレアに鉄を溶かす間、風魔法を送ってもらう事でどうにか解決した。
そして燃料は、今まで使われていたのは木炭だが、これを石炭に切り替え、それを蒸し焼きにしてコークスの生成を行わせた。
コークス自体は時間の関係で微妙な完成だったが少量だが手に入った石灰石を使ってどうにかした。
これらの装置と材料・燃料のお陰でかなり硬い鉄ができ上がった。
しかし、技術の独占ほど難しいものは無い。
世に出た高い技術は近いうちに必ず真似される。
恐らく石炭を使うと言う所まではすぐにまねされ、こちらよりは劣るが、今よりも強い鉄を作る事ができるようになり、研究が進めば高純度の鉄の生成などすぐにでも行われるだろう。
「村長、敵軍が動き始めました。予想通り左右に分かれましたね。どうしますか?」
「射手は3名ずつ左右に展開、残りの4名は正面を警戒してくれ。壁際の防御隊に伝令! 敵が来るまで身を潜め、近づいたら狭間から一気に突き殺せと」
「わかりました」
俺の指示を聞いた伝令が左右の壁際の部隊に伝えに走った。
その間も敵は左右に展開しながら堀を必死に上り下りしている。堀は幅が2メートルずつだが、鎧兜を付けた騎士では飛び越えられず、4メートル下の底に着地するしかない。
「うっ! これは、意外と幅がある。飛び越えられるか?」
「せいの――駄目だ! 届かない」
そして着地した後這い上がろうとするが、かなりの急こう配なので、鎧兜で身を包んだ騎士では残念ながら登れない様になっている。
「一気に登れ――だ、駄目だ急すぎて足場が無いと動けないぞ、誰か足場を作ってくれ!」
「よし、俺達が足を支えるからお前が先に登れ!」
「おう、せいの!」
この様にして、誰かが担いだり、足場を作って上がらないといけないのだ。
「やっと登れた――ぎゃ!」
「ひぃ! あいつら俺達が登て来るところを狙ってやがる!」
「頭を隠して登れ!」
「無理だ! 足場があっても手を使わないと登れない!」
もちろんその上がってくる騎士の頭を射手は狙っており、モグラ叩きの様に出てくる頭めがけて矢を射続けた。
だが、射手も人間だ。
いくら正確に狙ってもそう何度もヘッドスナイプができる訳もなく、徐々に越えてくる騎士が多くなってきた。
「よし! あと一息だ! また足場を作って越えるぞ!」
「これを越えたら村の塀の前だ! 気合入れていけ!」
「せいの! よし! 着いた――ぎゃ!」
「塀の隙間から槍が出てくるぞ! 気を付けろ!」
敵が兵の前に現れた瞬間、鉄製の穂先を備えた槍が狭間から飛び出し、敵を串刺しにしていく。
そして、塀の近くには取っ手が無く、狭間を使って登るしかないので、どうやっても敵は上に行けないのだ。
2時間ほど左右で戦闘が行われた結果、騎士団の兵は約半分にまで減っていた。
流石にこれ以上の継戦は不可能と考えた騎士団長は撤退命令を出し、撤退を始めるが、一度堀に入った兵は簡単に抜け出せず、逃げ出す間にもこちらの矢で何人もの兵が死傷し、置いていかざるお得なくなるのだった。
その為、敵は当初100名程だったのが、この第二陣の攻撃で撤退できた兵は30名程で、堀の中で死者・重軽傷者は軽く50名を越えていた。
この結果にドレストン男爵も驚き、そして地団太を踏んで悔しがった。
「これで引き上げてくれると良いのだが……」
俺の願いとは裏腹に、敵は矢の届かない位置から魔法による攻撃を加えようと準備を始めた。
「よいか! 敵の防御施設は木で出来ている部分が多い! ファイヤーボールで一気に燃やしてしまえばこちらの逆転勝利となるぞ!」
敵軍は何人か魔術の使える者に左右に広がって同時に攻撃をしてきた。
「しまった! 魔法か! 全員退避! 壁からすぐに離れるんだ!」
俺の号令を聞いた村民が壁際から一斉に退避し始めるのとほぼ同時に敵が魔法を放ってきた。
どの魔法もソフトボールくらいの大きさだが、こちらの木の部分を燃やすのには十分すぎる大きさだ。
「まずい! 櫓とここを狙われている。アンドレア退避するぞ!」
「いえ、村長。それには及びませんよ」
落ち着き払ったアンドレアの態度を俺は一瞬訝しんだが、相当な自信があると言う事がその表情から伺えたので、彼に任せてみる事にした。
「……何か方法があるんだな? 分かったならお前に任せる」
俺はそう言うと、櫓の上で胡坐をかいて座り込んで信頼していると暗に伝えると、彼もニッコリと笑って両手を正面に向けた。
俺が座っている位置からは敵の魔法が迫りくるのが見えていた。
徐々に大きくなりながらこちらに向かってくる魔法は俺の心臓を早鐘の様に打ち鳴らし、恐怖させるのに十分な迫力があったのだが、次の瞬間全ての魔法がアンドレアの放った魔法で一斉に消えたのだった。
「ウォーターウォール」
彼がそう言うのと同時に、堀の辺りを境目に防壁の左右の端まで届く長さと火魔法を打ち消すだけの厚さのある水の壁を出現させたのだ。
これには敵も面食らったのか、呆然としてこちらを見ていたが、魔法を放った1人がアンドレアに気づいたのか指さしながら叫んでいた。
「お、おい、あれを見て見ろ。あの金髪、あの魔法、あれもしかして放浪の魔術師じゃないか?」
「ば、馬鹿言うなよ。放浪の魔術師は国の魔術師筆頭と肩を並べる正真正銘の化け物だろ? なんでそんな奴が?」
「い、いやあれは、あれは正真正銘のアンドレア・ホーエンハイムだ! 俺は、奴を前の隣国との戦争で見て居る。奴が味方してるんじゃ俺達じゃ勝てねぇよ」
そんな重要な情報を大声で話す必要があるのかは分からないが、アンドレアがとんでもない人物だと言う事にこれで証拠まで付いて来た。
もっとも俺の予想していた方向のかなり斜め上を行く奴だったが。
俺がそんな事を考えていると、敵の総大将であるドレストン男爵が撤退の号令をかけ、敵は逃げる様に糧食や武具を置いて去っていくのだった。
「さぁ、村長。我々の勝ちですよ」
「あ、あぁそうだな」
俺は若干アンドレアの凄さに呆気に取られて座り込んでいたが、彼に促されて立ち上がると村民の方を向いて勝利の勝鬨を挙げた。
「敵は去ったぞ!我々の勝利だ!エイ!」
「オー!」
こうして俺達は自分たちを守る事ができたものの、国家に対する反逆者として歩んで行かなければならなくなってしまうのだった。
これにて第一部完結です。
次回からは第2部です。




