爺や(下)
周りを見回すと、カインとかいうおじさんが殺されたのが余程ショックだったのか、敵が狼狽えている。
ただ、囲みを解いてくれる様な感じはない。
恐怖に、驚きに、未知に立ち尽くしているが、僕を生きて返そうとは思ってないようだ。
「く、くそ。なんだってこんな化け物が居やがるんだ……」
「畜生。こいつが、こいつがきっとレインたちを……、先遣隊の皆を……」
いや、あれは恐怖じゃない。
怒り?
どうして怒っているんだろう?
僕がそんな事を考えながら辺りを見回していると、覚悟を決めたのか一斉に飛びかかってきた。
もちろん一斉にと言っても、何も合図をしていないのだ。
多少のばらつきがあるので、隙間が多い。
ただ、問題は数十人居る敵のほぼ全てが、こちらに向かってきたのだ。
避けるだけでも一苦労というものだ。
そしてもう1つ。
僕自身のテンションが下がっちゃったという事だ。
1人殺っちゃって満足してしまっている。
先程までの様に体が動かなくなってきているのだ。
「どうしようかな……」
僕がそんな事を考えていると、敵の後方で突然血しぶきが見えた。
それと同時に敵兵が狼狽し隙を作り始める。
僕はその隙を見逃さないように動き出し、空いた隙間を縫うようにして敵の包囲を突破する。
するとそこには、モーリスが混乱する敵を切り裂きながら道を作っている。
僕は彼の名を大声で呼びながら走り抜けると、彼も後を追って走ってきた。
もちろん、敵兵も大量に引き連れてである。
「モーリス……、逃げてくるの早すぎるよ。それにあの大人数どうするのさ?」
「ん? あぁ、森にでも入れば追って来なくなるだろう。それにそろそろ隊長たちが大暴れを……」
彼がそう言うのと同時に、あちこちから火の手が上がり始める。
恐らくお爺さんたちが暴れているのだろう。
敵兵達も徐々にだが、周囲の異変に気付き始めている。
そして、その気づきが彼らの追撃の手を緩めさせるのだった。
それから少しの間、目立つように逃げて森へと入った。
当然のことながら、森に入る事を敵は躊躇い、追いかけてくる事は無かった。
「……これからどうするの?」
「ここから敵後方を迂回して反対側に出る。で、隊長たちと合流する予定だ」
「反対側、行けるかな?」
「まぁ、そこは運を頼るしかないだろ……。不安になるような事言うなよ」
僕たちは一抹の不安を抱えながらも走り続けるのだった。
敵軍付近 森 爺や
さて、敵軍に一矢報いたものの、多数の犠牲者が出てしまった。
決行までは良かったのですが、逃げる途中で敵に囲まれてしまったのが痛い。
「ハリスの様子は、まだ分からないのですか?」
私が近くの木の上で監視をしている兵に尋ねると、彼は首を横に振ってきた。
まだなのですか?
いくら何でも遅すぎる。
既に予定の時刻をかなり過ぎているのだ。
しかも彼には我が隊でも優秀な兵であるモーリスも密かにつけている。
そう簡単にやられるはずはないはずだ。
「隊長、そろそろ引き上げませんと、我らまで補足されかねません」
近くに居た兵が恐る恐る進言してきた。
確かに彼の言う通り、これ以上待っては敵の包囲網が迫ってくる。
実際に敵は徐々に統率と平静を取り戻し、我らの探索を開始し始めている。
それは、少数の我が隊にとって致命的な問題なのだ。
いくら森の中とはいえ、多数の敵と正面切ってやり合えば……、負けは必至。
そして、残された時間もそう長くはない。
「敵捜索部隊の足を止めてくれ。少しでも良い時間を稼ぐんだ」
「……隊長」
そう、これは甘い判断だ。
全体を危険にさらす判断。
だが、彼らを死なせるわけにはいかない。
「限界点を1時間で良い。1時間だけ延ばしてきてくれ」
「……まったく、隊長も若の事を甘いとは言えませんな」
「ふ……、耳が痛いですな」
私がそう言うと、彼は数人の部下を連れて敵捜索隊の元へと走って行った。
貴重な時間を稼ぐために。
森の中 ハリス
敵の包囲網を何とか突破する事に成功した僕は、モーリスと森の中に居る。
いや、正確には森に閉じ込められている。
なぜなら、ほぼ一面森と道の挟間で敵が待ち構えているのだ。
側面のどこか弱い所を突っ切りたかったが、残念ながらどこにも隙が無い。
恐らくこの調子だと、両側ずっと敵で埋まっている。
「……はぁ~、どうしようね。モーリス」
「まったくだ。手の打ちようが無いぞ。これ」
やれやれといった雰囲気で返事を返してきているが、モーリスは傷を負っている。
それも腹にだ。
即致命傷という訳ではないが、正直厄介な傷だ。
血が止まっていないので、簡単な応急処置ができなかったら出血死する可能性がある。
「魔法が使えたら便利なんだがな」
「無い物ねだりっていうんでしょ? それ」
彼の軽口に僕がそう返すと、「そうだな」とだけ彼は言って黙り込んだ。
状況は刻一刻と悪い方に向かって進んでいる。
けど、状況を打破する方法が……ない。
「ハリス……、見捨てていけ。これ以上は足手まといだ。それに、お前だけなら突破可能だろ?」
「……まぁ、突破するくらいならね。ただ、見捨てるより最後まで一緒に逃げる方が、ロイドが褒めてくれそうだからやだ」
僕がそう言うと、彼は何とも言えない間の抜けた顔で僕を見てきた。
僕がそんな彼の反応に対して不思議に思っていると、少しだけ彼が笑った気がした。
「……ここに来て、まだ主人の為と言えるか。すごいなお前は」
「そう? 普通だと思うんだけど――」
そんな事を話していると、突然敵に動きが出始めた。
何故か分からないが、敵が反対側に集まっていく。
「モーリス、今がチャンスだよ」
僕の声掛けに、彼は黙って走った。
生き残るために必要な最後の好機を逃すわけにはいかない。
そう思って、僕たちは走り出すのだった。
敵軍付近 森 爺や
陽動をかけながら時間を稼ぐ事1時間。
敵軍の混乱もあってか、やっとモーリスとハリスの二人がこちらに向かっている、との報告が入った。
ただ、状況はあまり良くないようだ。
「隊長、物見の報告から推測するに、モーリスが手傷を負っている可能性があります」
「……ドジを踏みましたか。ハリスの様子はどうですか?」
「ハリスは大丈夫ですが、これまでモーリスを庇ってきたのでしょう。相当動きが鈍っている様です」
ほう、生き残るなら手傷を負ったモーリスを見放すのが正解なのだが……。
ここ暫くの間の特訓で、少しは仲間というものが分かり始めたのかもしれない。
彼にとっては良い傾向だが、今回はあまりタイミングが良くないな……。
「その様な状態では、彼らは共倒れになってしまいかねませんね。どれ助けに行きますか……」
「隊長自ら、ですか?」
私が張り切ってそう言うと、副官が目を丸くしていた。
まぁ、普段「足手まといは切り捨てろ! 生き残る事を考えろ!」と言っているので、仕方ないと言えば仕方ないが。
「そんな顔をしないで欲しいですな。彼らの、特にハリスは私がロイド様から預かっている大事な子なのですから」
「はっ! すみません。顔に出過ぎておりました」
「……まったく、そんなにやけた顔では謝っている様に見えませんよ」
私もそう言って彼に笑い返していた。
本当に不思議だ。
ここまで私が気に掛けるなんて。
頼まれただけではなく、私自身も彼に変えられて……。いや、変わっていたのだろう。
それからすぐに、私は彼らの救出に向けて走り始めて、到着したのは、敵――10名ほど――が一斉に飛びかかろうとしている所だった。
それを見た私は、咄嗟に手に持っていた手投げナイフを三人に向かって投擲した。
敵は、突然の背後からの攻撃に混乱し、一瞬動きを止めた。
「ハリス! こっちです! モーリスも一緒に!」
私の声に反応した彼らは、敵の隙をついてなんとか囲みを脱出した。
ただ、モーリスは手負い。
ハリスも相当疲弊しており、とてもではないが今後の戦闘は難しい状況だ。
そんな状況を察したのか、肩を貸しているモーリスが弱々しく話しかけてきた。
「……隊長、もう……ダメです。置いて、行ってください……」
「バカな事を! あと少しです! あと少しなんですよ! ハリスが頑張ってくれたのを無駄にする気ですか!?」
「……けど、もう目の前がかすんできて……」
そう言われて私が下の方を見ると、腹部からの出血はおびただしい量になっており、左下半身をどす黒く染めていた。
そして、逃げてくる途中で受けたであろう傷も多く、既に致死量ギリギリまで出ている可能性が高い。
いや、気力で耐えているというべきかもしれない。
だが、死ぬにしてもこんな敵中で置いて行く事はできるわけがない。
「馬鹿者が……、私が連れて帰ると言ったのです。置いてなどいけませんね」
私がそういうと、彼は少し安心したのかフッと軽く息を噴き出したのと同時に力が抜けた。
そんな彼の様子に気づいたのか、ハリスは心配そうに私の方を見てきた。
「わかっています。けど、約束しましたからね。露払いだけお願いしますよ。ハリス」
「うん……」
そこから私たちは必死になって走った。
途中何度かモーリスの体に矢が刺さるのを見ながら。
途中何度もハリスが顔をゆがませながら敵を斬るのを見ながら。
走って、走って、走り切ってやっと潜伏場所の森へと到着する。
そんな一番弛緩する時、一番油断してはならない時に、私も油断していた。
背後から迫る矢に気づいていなかったのだ。
「ぐぁ! 矢、だと? 一体どこから?」
「何やってるんだ! なんで僕の真後ろに居るんだよ!?」
そう、私はハリスの胴を目掛けて飛んできた矢に対して足を出したのだ。
手が塞がり、体が間に合わなかったとはいえ、我ながらけっさくである。
足は諜報部の要。
手がなくとも任務は遂行できるが、足が無ければ意味が無いのだ。
「うぅ! しかも薬付きですか……。これは拙い……」
矢には毒が塗られていたのか、足がしびれる。
しかも、敵は徐々に私たちの方に集まってきているのです。
「万事、窮すですか……」
敵がこちらに向かって来ようとした瞬間。
木々の間から矢が敵に向かって放たれ、その場に居た兵達の足が止まった。
「お爺さん! 早く!」
ハリスの必死の叫びもあり、私は意識を手放さないようにしながら森の奥へと逃げ延びる事に成功したのだった。
安全な場所まで逃げた私とハリスは、息を切らせてその場にへたり込んでしまった。
そんな私たちの様子を見て、茂みの奥から副隊長が顔を出してきた。
「隊長、ご無事で何よりです」
「足を、やられたのに、……ご無事も、何も、無いだろうに……」
私がそう言うと、彼は改めて力強く「命あっての物種です」とだけ言って来た。
まったく、誰に教えられたのやら。
「……それで、何人ですか? 何人逝きましたか?」
「はっ! 約10名だと思われます。……モーリスを含めて」
私はその報告を聞いて、一言「そうか」とだけしか言えなかった。
「作戦はどうだ?」
「はっ! そちらは敵食糧などを焼き払いましたので、成功と言ってよろしいかと」
作戦が成功したのならば、大丈夫。
モーリスたちの死は無駄にならない。
「全軍に撤退命令を。後は生きて国に帰る事だけを考えろと通達してくれ」
「かしこまりました」
彼はそう言うと、近場に居た兵達を使って伝令を飛ばし、撤退した。
総勢100名での夜襲は犠牲を強いながらもどうにか、成功したと言える。
ただ、代償は大きくついてしまった。
私の足、手練れ10名前後の死亡という形で。
「若には、謝らなければなりませんね」
「ロイド……褒めてくれないだろうな……」
隣でそう呟くハリスに、私は何とも言えない思いを抱くのだった。
長らくお待たせしてすみませんでした。(;´・ω・)
営業やらなんやらでちょっとバタバタしておりました。
結局ブレないハリス君でした。
今後もご後援よろしくお願いしますm(__)m
※以下報告です。
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