脱ニートです!父上!(上)
アニエス・クラックの父親の物語。
アニエス視点で見てください。
ウィンザー国 アニエス・クラック
私がこの国に来て数か月、何故か我が一族がゾロゾロとやってきた。
何をしに来たんだと言いたいところだが、どうせ女王に追い出されてきたのだろう。
「父上、母上。一体如何されましたか?」
「おぉ、アニエス。実は私たちは領地からこちらに移り住むことにしてな。すまんが少しの間どこか部屋を貸してくれんか?」
やはり、そんな事だろうと思った。
だが、正直言って家はそこまで広くない。
何せ元が子ども達に勉強を教える為につくられた小屋なのだ。
そこを改築して二階に居住スペースを作っただけのボロ屋である。
一族の殆どを連れて来たこの人たちの住む場所なんてない。
「はぁ、父上、母上。今の私の住まいはこれです。どこに住めそうな場所がありますか?」
「え? いやいやいや、アニエスも冗談が上手くなったものだ。救国の英雄がまさかこんな馬小屋の様な場所で……」
「馬小屋で悪かったわね」
私がそう言うと、父上母上はもちろんの事一族郎党全員の顔が引きつった。
それもそのはずだ。
おおかた私が貴族にでも列せられてそれなりの暮らしをしているのだろう、と思ったからこちらに来たのだろう。
だが、残念ながらこの国は先頃の戦争で手痛い被害を被っているし、男手は皆ニュールンベルク奪還の為に出陣しているのだ。
その為、復興が予定よりも大幅に遅れているのが現状だ。
そしてなによりも、ロイド様の考えでは議会立憲君主制を立ち上げようと考えておられ、とてもでは無いが、貴族が生まれる余地など無い。
「では、我々はどこで生活すれば?」
「街に行けばそろそろ復興し始めた長屋が住める場所ですね。その辺りはロイド様に直接お話に行かれたらよろしいかと思いますが」
「な、長屋? それはどんな屋敷なんだ?」
「あぁ……、なんていうか、その……」
私が説明できずに言い澱んでいると、後ろから声が聞こえてきた。
「長屋とは、庶民が暮らす場所ですよ。音などは横に丸聞こえですが、寝泊まりするには十分な場所とスペースはあります」
「アンドレア。あぁ、紹介するね。夫のアンドレアよ、……って父上たちはご存知ですよね?」
「禁忌を犯したアンドレアだろ? 悪名の方が高いからな……って夫だと!?」
あぁ、やはり怒ってる。
まぁ黙って結婚もしてしまっているから、当然と言えば当然か。
私は天を仰ぎたいのを必死に我慢しながら父上の目を見た。
「えぇ、そのアンドレアよ。私は彼を愛し、彼もまたそれに応えてくれたの」
「あ、えっと、お養父さまでしたか。これは知らぬとは言え挨拶がおくれました。私、アンドレア・ホーエンハイムと申します」
「知っとるわ! というかあれだけの事をして社交界で知らぬ奴が居るか!」
それについては、ごもっともな意見である。
彼のした生物創造、いや魔物製造は国法で禁止されている禁忌だ。
それを学術的興味だけで行い、完成の域にまで高めたのだから恐ろしい。
「まぁ良い、それよりも先にロイド様に取り次いでくれんか? 寝る場所を確保してからゆっくりと話そう?」
そう言って話しかけてきた父上の目は、何年かぶりに見る本気で怒っている目だ。
まぁ、家族に何の報せも送らず、今の今まで自由にやってきたのだ。
それだけでも怒られて当然だろう。
幸運というか、不幸というか、ロイド様は当日にもかかわらずあっさりと面会を承諾してくれた。
まぁ畑は種まきの時期だし、学校は秋休みに入っている事を考えると、手空きであるのもうなずけるが……。
「ロイド様、この度は我が娘を迎え入れて頂きありがとうございます。その件につきまして少しお伺いしたい事と、あと我らも移住をさせて頂きたいのですが」
「えぇ、アスレイさんの所から手紙は頂いておりますので、詳細はお伺いしております。ただ、残念なことにこちらも復興を行っている最中ですので、しばらく長屋暮らしとなりますが宜しいでしょうか?」
「えぇ、それについては大丈夫です。ただ、その、貴族階級が無いというのは本当でしょうか?」
貴族階級が無いという事は、ここに来るまでに私が話している。
まぁ昔ながらの特権階級に居た一族の者たちは、それを聞いた瞬間に目を見開いて驚いていた。
驚くのも無理はない。
貴族が居ない国など私が知る限りでは、どこにも無いのだ。
それをこのロイド様はやってのけようとしている。
「えぇ、そうですね。我が国内に貴族はおりません。というよりも貴族ができる土壌が無いのです」
「土壌が無いとは?」
「そうですね、貴族と言う階級がなぜできたかご存知ですか? そして、貴族足りえようとした場合、何が必要かも」
親子ほどの歳の差のあるロイド様にそう言われた父上は、一瞬考え込んだ。
恐らくこれまでの間、貴族であるという事に疑問など持ったことが無いのだろう。
かくいう私もそうだ。
王弟派として戦い、敗れ、紆余曲折を経てやっと理由ができたのだ。
だが、そんな経験をしていない父上には……。
「それは、貴族が最も尊く、崇高な血筋を持っているからではありませんか? 領地は優秀な血族が管理すべきで、愚民に任せるなんて以ての外です」
「そうですか、そのような考えでしたら残念ながら貴族制度を作る事はないですね。えっと、寝泊まりする場所でしたか? 確か城外地区の所に新しくできたところがあるのでそちらにお願いします」
「ちょ、ちょっと待て! 貴族が、私たちが何をしたというのだ!? なぜそんなに邪険に扱われねばならない!?」
激高した父上に対して、ロイド様は小さくため息を吐いてから睨みつけた。
それは、何も分かっていない父上に、貴族に対しての怒りだった。
「とりあえず、こちらとしてはアスレイさんからの依頼という事ですむ場所についてはお世話いたしますが、職についてはご自分で探された方が良いでしょう。では仕事がありますのでこの辺で」
「な、まだ何も! なにも決まってないだろ! 待て、待ってくれ!」
ロイド様は、その後振り返る事無く執務室をあとにした。
取り残された父上と一族の代表者たちは顔を青くさせながら今後の事を相談という名の糾弾をし始めた。
「おい、どうするんだ? お前さんの話に乗って儂らはこっちに来たが、話が違うじゃないか?」
「うむ、貴族として暮らせると、前の様に領主としてやっていけると言っていたから来たのに、これでは話が違う」
「あ、いや、違う、きっとこれは何かの間違いで……」
もちろん責められるのは、父上だ。
恐らく来るときにかなり吹いたのだろう。
以前と同じ生活ができる。
貴族として扱われる。
食うに困る事はない。
と言ったのだろう。
私自身、恐らくあの反乱軍での経験が無ければそう思っていただろう。
もう戻ってこないかもしれないかつての栄光にすがり、必死に足掻く彼らを客観的に見れた時に、私は悟ったのだ。
「かつての栄光は、簡単には取り戻せない」と。
それから数日と待たず、絶望と今後の事に頭を抱えながら1人、また1人と父上の前から人は消えて行った。
その度に父上は、残酷なほど精神的に追い込まれていった。
そんな中1人だけ父上に提案を続けてくれる人がいた。
「お養父さん、こんな仕事どうですか? 私のやっている土木工事の現場監督です。周りの者が――――」
「放っといてくれ!」
「ですが、働かないと4人そろって……」
アンドレアである。
彼は私の父上を何度も訊ね、様々な仕事を提案してくれた。
乗馬訓練の教官、美術商の鑑定士、現場監督なんかも持ってきてくれたのだが、父上が全て拒否しているのが現状だ。
「……お養父さんがそう言われるなら、今日は帰ります。またいい仕事がありましたら声をかけさせてもらいますね」
アンドレアはそう言って、父上に一礼して長屋から出てきた。
現在我が家の家計を支えているのは、長男と母である。
下の弟はまだ3つと小さい事もあり、とてもじゃないが働けない。
そんな事もあり、日中は我が家で年少の学生に交じって勉強をさせながら過ごさせている。
ちなみに弟である長男は、乗馬教官としてこれまで身につけた技術を惜しまず指導している。
失敗する事も多いが、熱心にやっている様で牧場主からの評判は上々だ。
母上は、元々手芸をたしなんでいたので、刺繍教室を金持ち相手に開いてそれなりに稼ぐことに成功している。
だが父上は、あの日去っていた人たちに引きづられ、やる気と生きがいを失ってしまったままなのだ。
どうにかしないといけない。
それだけが、その思いだけが私を突き動かしていた。
誰に需要があるんだ!? というクラック家の物語です。
一応現段階(下を執筆していない段階)では、下で終了予定です。
今後もご後援よろしくお願いしますm(__)m