fin
ウィンザー国 ロイド・ウィンザー
1つの戦争が終わった。
そして、1つの平和がやってきた。
そんなくさい台詞が頭の中に浮かぶほど、俺は平和を満喫している。
あれから何十年経っただろう?
俺は元の世界より10も年上になってしまった。
その間に世界は、国はどんどん変わってきた。
中でも蒸気機関は文明を推し進めるのに十分なものだった。
「まさか、言っただけで着想して実物作るとはな……」
「それが私の妻の凄い所ですよ」
俺の隣で壮年の男が胸を張ってそう言った。
彼の頭にはこれまでの年月が刻まれるかのように、少しずつ白くなってきている。
顔にもシワが目立ち始めているが、相変わらず目は細いままだ。
「アンドレア、もう一人の妻の方はどうなんだ?」
「えぇ、やっと最近エレーナと仲良くなりまして、大人しくなったものですよ」
彼のもう一人の妻であるアニエスは、色々な事があったせいでエレーナと仲たがいしていた。
その確執は意外と深く、子どもは平等に愛するのだが、なぜか二人の仲は直らなかった。
それがここ最近やっと仲直りしたので、一安心といったところである。
「で、そちらはどうなんですか?」
「ん? あぁ、あの2人は今でも仲良くやっているよ。特に俺に何かお願いする時は必ず二人がかりだからな」
俺がそう言って首をすくめると、彼はそうですかと苦笑を浮かべた。
俺の妻であるマリーは、子どもが後継者である事から対外的に正室となっている。
もう一人の妻であるドローナの子どもは、スフォルツァ商会の代表になる事になった。
二人の仲は最初こそ険悪だったが、ほぼ同時に妊娠し、ほぼ同時に出産したことで、仲間意識が芽生えたのだろう。
それからはお茶などのサロンには必ず二人で出かけている。
というか、行きはじめた最初なんかは、ドローナが居ないとマリーはマナーとか皆無で恥をかくからという話だったからな。
一農夫の娘がよく頑張ってくれているよ。
「世界の平和は、続きますかね?」
「それは、無理だろ」
俺がキッパリとそう言い切ると彼は意外そうな表情をした。
「なんだよ? 俺がそんな夢想家だと思ったのか?」
「いえ、ロイドさんなら続くと言うかと思ったのですが……」
「平和ってのはな、その時代の人たちが仲良く手を取り合って作っていく物だ。だけど、永遠の平和なんてない。いつになるか分からないが、必ずまた戦乱の時は訪れる」
そう、平和とは自国が戦闘状態で無いだけで、戦争がなくなったわけではない。
今こうしている間にも、この世界では各国が戦争を続けている。
俺はたまたま2大国に挟まれ、たまたまこの2大国の国主と懇意にしているだけなのだ。
今後の事などわかるわけがないし、続くだなんて無責任な事は言えない。
俺達にできるのは、戦争になっても負けない国を造り、戦争にならないように機転を利かせる人材を育成し、活用できるシステムをつくるだけだ。
そうそう、世界はあれから大きく動き始めた。
それまでヨーロッパのような世界だったが、俺が持ち込んだ日本式の技術と数世紀は先になるであろう技術を持ち込んだせいで、飛躍的、変則的に動いている。
その最たるものは、城だろう。
城の建築技術を盗むため、日夜多数の国の間者が入ってきている。
知られて問題ない所は無視しているが、知られては拙い所を知った者には消えてもらっている。
まぁそのせいで、ヨーロッパ式の城郭に堀や狭間、櫓が見えたりしている。
正直言ってアンバランスというか、明らかにおかしい感じがする。
そして、鉄砲。
鉄砲自体の開発には各国が成功した。
ただし、鉄砲本体だけだ。
火薬の製造には未だに成功した国はない。
相変わらず、どの種類の糞か分からず混ぜては失敗しているそうだ。
もちろん、ハイデルベルクもニュールンベルクもだ。
今は仲が良いから良いのだが、今後はどうなるか分からない。
だから火薬の製造方法は一切伝えず、火薬の取引量すら制限している。
だが、いつかはバレるだろう。
その時我が国が後手に回らないように、兵器開発だけは進めている。
「ところで、アンドレア。エレーナに頼んだ物、できてるか?」
「えぇ、後装式の銃弾ですよね? やっと雷管ができたとこの前はしゃいでいましたよ」
「そうか、また戦争の形が変わるな……」
彼女に作ってもらっていたのは、リボルバー式の拳銃だ。
その為に必要な、雷管式の銃弾を造るように依頼していた。
着想から約5年の歳月がかかったが、俺の前世の歴史から考えれば早いものだ。
「後装式を量産体制にのせられるように設計図をつくらせてくれ。それが終わったらまた予算を少し増やして自分の開発に没頭させてくれ」
「ありがとうございます。妻も喜ぶでしょう」
そう言ってアンドレアは下がっていった。
さて、あの戦争からウィンザー国は6年で立ち直り、今では学術国家と言われている。
世界各国の著名な学者、発明家、音楽家、芸術家などが集い、日夜自分たちの学校を開いて生徒を鍛えている。
そして、生徒も自国の子どもだけではなく、他国も選りすぐりの子ども達を送り込み、技術を盗もうと必死になっている。
まぁ、必死になって送れば送る程、我が国は留学費用などを貰えて潤うんだけどね。
「殿、明日は城の竣工式になります。お早めにお休みなられては?」
俺の後ろから髪をお団子に結った女性が話しかけてきた。
スラリと伸びた足にタイトなスカートを履いた彼女は、メリアだ。
そろそろ30だというのに、未だに結婚しないでいるのは、親代わりの俺としては正直不安しかない。
「ん? あぁ、確かにもうこんな時間か……」
俺が懐中時計に目を落とすと、針はすでに夜10時を回っていた。
彼女は俺が起きている限り寝ようとしないし、俺が寝てからも仕事を続けることが多い。
コーナーにしても彼女にしても、本当にいつ眠っているのだろうと不安になる時がある。
「殿が寝られたら、私も今日はあがらせて頂きます」
「そうか、なら早く寝ないとな。ところでメリア――」
「見合い話は不要ですよ? それに次はハリスでしたか?」
「…………。」
また断られてしまった。
今度は同じく結婚していないハリスだったんだが、ダメなようだ。
流石に最近俺の秘書官も兼任しているだけあって、しっかりと把握しているようだ。
「はぁ、分かったよ。それじゃお休み」
「はい、おやすみなさいませ」
彼女が頭を深く下げながら退室していくのを見送った俺は、その足でマリーとドローナの待つ部屋で3人一緒に寝るのだった。
翌日、ついに完成した城の竣工式が行われる。
かつて俺がこの体を得る切っ掛けになったのも、竣工式だった。
着工から早20年、これほどまでに時間がかかったのは、1つは戦争だ。
復興は4年と早かったが、産業がかなりの打撃を受けたので、立て直しに時間がかかってしまった。
特に特産品を産出していた森はかなりの規模で切り開かれ、ほとんど取れなくなったのだ。
新しい産業を興すという難事業をしなければならなかった。
そこで目をつけたのが、教育である。
元々我が国は、他国には無い学校制度を採り入れ、学童期に入った子ども全てを受け入れて教育してきた。
その為、近隣諸国は元より、この世界においてはかなり高い水準の教育普及率を誇っている。
そして、前回の戦争で約10倍の敵を追い返したのだ。
その衝撃と共に、世界から注目される事となった我が国は、学術国家としての形を作る事で、産業の代わりとした。
まぁ、思いついてから軌道に乗るまで10年とかなりの時間を使ったのが、一番遅れた原因なのだがな。
ただ、おかげで我が国は他国には無いものもたくさん手に入れた。
特に算術の普及により、城には武者返しの石垣を作る事ができた。
武者返しとは、築城の名手と謳われた加藤清正公によって開発されたと言われている。
当初は、侵入者を登らせないためと言われていたが、最新の研究ではそれプラス耐震性の確保と言われている。
石垣以外で変わった所といえば、ほぼ本丸と竪堀だけだった城が、二の丸、三の丸と広がり、所々堀切で侵入を防げるようにしたこと。
周囲の地形をアンドレアの魔術で少しいじり、なだらかな部分に斜面を追加した。
そして、建物の中で一番の補強ポイントは門だ。
これまで木製の門を使っていたが、今回の改修で門を鉄門扉に変えたのだ。
それも厚さ40㎝、高さ3メートルの超巨大な門なのだ。
この門なら現時点での大砲、鉄砲では破れない。
まぁ、難点をあげるとするなら、かなりの重量なので開閉に時間がかかるという事だろう。
この点は、エレーナに改良を急がせる予定だ。
そんなこんなで、俺の求める城は完成した。
総延長1㎞×2㎞、総工事期間約6年。
投じた額は、すでに数えたくないくらいである。
「正確には、3千万枚の金と20枚の銀です。ロイド様」
俺の隣でそう真面目くさって言うのは、内務長官のコーナーである。
彼には国内の税の管理と施策の調整を行わせている。
その関係で、俺のこの道楽と言われても仕方ない城づくりの総工費も把握しているのだ。
「……一気に現実に引き戻すな。お前は」
俺がそう言って抗議の視線を送ると、彼は首をすくめて軽く笑っていた。
全く、俺の楽しみを何だとおもっているんだ。
俺がそんな事を思いながら城を見て歩いていると、天守閣に登っている子どもがいた。
「あ! 父さま! すっごいですよ! 大きいんですよ!」
「あぁ、大きいだろ? これが城だ。この世界に一つだけの城なんだ」
「世界に一つだけ? それは本当にすごいですね!」
そう言って目を輝かせているのは、末の息子だ。
数えで9歳と可愛い盛りのこの子は、かつての俺の様に城に興味を持っている。
そんな子供に俺は、何とも言えない気分に浸りながら、少しでも長く平和が続く事を祈っるのだった。
ロイド・ウィンザー、史上まれにみる10倍の敵を撃退したことで歴史に名を残した王。
その生涯は、城の建設意外には全く見向きもせず、慎ましやかな生活を送っていた。
特にその生活を偲ばれるのが、村時代からの執務室として使っていた旧村長宅である。
彼は生涯その村長宅を取り壊す事無く、執務室として使い続けたという。
マリー・ウィンザー、元村娘の王妃。
彼女とロイドの恋物語は今なお語り継がれているものの、多分に脚色されたと言われている。
特にその事が分かるのは、彼女の日記とロイドの日記での記述の違いである。
彼女はとかく劇的に、彼はとかく客観的に書いていた為、当初誰の日記か照合できなかったとまで言われていた。
ドローナ・ウィンザー、史実でも珍しい旧姓の分かっている女性の一人である。
彼女の実家はスフォルツァ商会で、今日も続く老舗中の老舗である。
かの商会が今日も続く基礎は、ドローナによって築かれたと言われている。
現在では、彼女の事を商聖とまで呼び神格化している人までいる。
最後までお読みいただきありがとうございました。
ここまで来れたのは、ひとえに応援してくださいました皆様のお陰です。
今後この物語は外伝更新と改稿をする事になります。
どうか、今後も様子を見に来ていただければと思います。
また、外伝等で読みたい話がありましたら、明日11日の活動報告にてリクエストください。
リクエスト頂いたものは、でき次第アップさせて頂きます。
ただ、外伝はあくまでおまけです。
これまでの様に定期更新(最後の方は定期といえませんでしたが)とは違い、不定期ですのでご了承ください。
では、今後もご後援頂ければ、作者として、拙作として無上の喜びとなります。
どうぞよろしくお願いしますm(__)m