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少し短めです。
ウィンザー国 アンドレア・ホーエンハイム
戦争が終わって私は平和と研究と真理の追及の日々が始まるはずだった。
そう、はずだったのだ。
「この泥棒メギツネ! なんであんたが結婚してんのよ!」
「う、うるさい! あんたがさっさと一緒にならないからでしょ!?」
「ま、まぁ、落ち着い――」
「「あんたは黙ってて!」」
私の目の前で、私が愛した人たちが取っ組み合いを始めそうな勢いで喧嘩している。
ここで、私がこっちと断定できれば良いのだが、残念ながら現在の状況ではそれができない。
私がおたおたしていると、ロイドさんがやってきた。
大方の復旧を終えた街は、以前と同じようにする為必死になってみんなが働いている。
そして、ロイドさんもそれは同じで、忙しい中この2人の争いを気にしてやってきてくれた。
「まぁまぁ、2人とも一度落ち着い――」
「「あんたは関係ないでしょ!?」」
ちょ、一応一国の王に対してそれはないんじゃないかな?
私が気まずそうにロイドさんの方を見ると、流石に彼もショックを受けているのか、固まっている。
まぁ、あの戦争で帝国を退け、国民から英雄とまで言われているのにこの扱いだ。
だが、流石に二人も言った相手に違和感があったのか、角突き合わせようとした瞬間慌てて取り繕い始めた。
「こ、これは国王陛下とはいざ知らず、無礼を働き申し訳ありません」
「ロ、ロイドさん。すみません、この泥棒猫のせいで頭に血がのぼってました。だから研究費だけは」
うん、エレーナさん。気にするところが違う気がするよ……。
二人が改めて頭を下げてきたのもあり、先程までショックで固まっていたロイドさんも気を取り直して話を始めた。
「いや、まぁ、関係ないのは確かだから致し方ない。だが、せっかくこれから祭りも始まるのだから、な? 一時だけでも喧嘩せず仲良くしてはどうかな?」
「ですが、この泥棒狐が私の……」
「何を言うんですか! 私が先に結婚したんです! 泥棒はそっちでしょ!?」
アニエスの言葉に、エレーナが再度怒り出してしまった。
その二人を呆れ顔で見ているロイドさんに私は耳打ちをした。
「ロイドさん、どうにかなりませんか?」
「ん~、正直俺が女性関係の事で何か言えると思うか?」
暫く考えてみたが、確かにロイドさんでは厳しいだろう。
マリー嬢とドローナさん相手にタジタジだったし、そこに現ハイデルベルク女王が入った時には混沌としていたのだから。
「ロイド王! 少しお話が!」
突然アニエスに呼ばれたロイドさんは、一瞬ビクッと体を震わせぎこちない動作で後ろを振り返った。
そして、彼と同時に彼女の顔を見た瞬間目に見えない強烈な圧力、プレッシャーが襲い掛かってきた。
やばい、戦場で絶対に出会ってはいけない猛獣の目だ。
私がそんな事を考えている中、ロイドさんはやっとの事で口を開いた。
「な、何かな? アニエスさん」
「重婚をお認めください。私は彼と結婚する為にここに来たのです」
「い、いや、しかしだな。まだその辺の法整理が……」
ロイドさんが、必死になって私に助け船を出そうとしてくれている。
出そうとしてくれているのだが、アニエスの次の一言で彼は黙ってしまった。
「ロイド王が重婚をしているのに、ですか?」
「うっ……」
「ご自身は良くて配下の者はダメ、という愚かな判断を賢明なロイド王がされるとは、思いませんが?」
「うぅ……」
「再度お尋ねします。重婚をお認めくださいますよね? ロイド王」
「……重婚は認める。後は当人同士で話してくれ」
あ……、匙を投げてしまわれた。
「ちょ、ロイドさん! それは事実上認めたこ……」
「あら? アンドレアは嫌なの? あんなに私に気を持たせておいて……」
アニエスがそう言ってニッコリと口だけ笑った。
そう、口だけ。
こ、怖いのでその顔で近づかないで欲しい、とは口が裂けても言えない。
暫く彼女の無言の圧力と、その後ろからエレーナの無言の圧力を受けたが。
百戦錬磨の女丈夫の圧力に敵う術もなく、私は頷いてしまったのだった。
そして、その瞬間。
エレーナは嫌そうな、アニエスは満面の笑みを浮かべたのだった。
「流石はアンドレアね。これからよろしくね」
「え、えぇ。できれば私だけでなく、エレーナも一緒に仲良くしましょうね?」
私がそう言うと、2人は顔を逸らしながら頷いていた。
うん、これはダメなやつだ。
私は、そう悟りながら遠い目をするのだった。
アンドレア・ホーエンハイムは、学術国家ウィンザーの中でも最大級の学園であるアンドレア魔法学校の初代校長として、人生を終えるまで教鞭を振るう。
彼の教え子には、その後名をはせた者が多数いた事は、記述するまでもないだろう。
エレーナ・ホーエンハイムは、アンドレアの妻として一男一女をもうける。
彼女自身も発明家として名をはせ、蒸気機関などの理論構築にも一役をかったと言われている。
ただ、彼女の没後に大半の技術は失われてしまい、残された設計図も約三百年もの間、解明されずに放置されることになった。
アニエス・クラック・ホーエンハイムは、その類稀なる炎魔術を駆使してウィンザー国の製鉄業の発展に役立った。
だが、こちらも彼女が没した後、代替火力が出現するまでの百年間、製鉄技術が後退する事となるのだった。
今後もご後援よろしくお願いしますm(__)m