6-19
解放軍 ニャスビィシュ
敵軍の本軍がこちらに向かって後退を始めたのを確認して、待ち望んでいた命令が下された。
「敵は崩れているぞ! この好機を逃すな! 突撃ぃ!」
「全軍! 俺に続けぇ! ここで奴らを全滅させるぞ!」
命令と同時に俺は敵に向かって突っ走り始めた。
傍らに供は居らず、大剣を肩に担いでひた走った。
後ろからは1千の解放軍。
前には軽く2千は居る帝国軍。
各自が散開して突撃を始めたのと同時に、敵も横に広がって対応し始めた。
しかし、俺の目の前には明らかに他よりも敵兵が多い。
他は、2対1か1対1くらいなのに対して、俺の目の前には軽く50は越える人数が居る。
「ここから先には通さん! 皇帝陛下の為に!」
口々に敵兵が、自分の主人に対して万歳を叫びながら突撃をしてきた。
全くもって気味の悪い奴らだ。
俺は、近づく敵兵を二人三人とまとめて大剣で斬り、払い、叩き屠っていった。
もちろん敵もただ突っ込むだけではない。
少しずつ俺の間合いに入れるように四人五人が上から下から左右から襲い掛かってきた。
流石に一斉に来られると、かすり傷はできてしまう。
「痛っ! 流石にこれだけの人数を相手に戦うのは、骨が折れるな」
かすり傷を作ってきた敵兵の頭を大剣の柄でかち割って、一瞬周りを見回すと、俺の目の前には、先程よりも数が増えていた。
「三十……四十……五十……おいおい、これ百人くらい居るんじゃねぇか?」
目算で数えてみたが、先程殺した敵兵を入れても既に五十は越えており、とてもでは無いが量が多すぎる。
「チッ! 歓迎が過剰だと客がドン引きするぞ!」
俺の元に来た兵達のどれもが精鋭なのか、豪華な鎧を着ている。
敵は余程俺の事が怖いらしい。
「さぁ! 死にたい奴からかかってこい! このアスレイ・ニャスビィシュを止められるならな!」
俺の咆哮を聞いた兵達が一瞬の躊躇いと共に突っ込んできた。
先程と同じように同時攻撃で来るが、そんなもの一度見れば十分である。
俺は敵の同時攻撃を軽く後ろ飛びをする事ですかし、着地と正面と左右から飛びかかった三人を、無造作に大剣を横薙ぎに払い斬り殺す。
そして、払い終わった大剣を強引に引き戻すのと同時に下から攻撃してきた二人の兵士の頭を大剣の腹で叩き割ってやった。
「この俺に同じ攻撃が二度も通じると思うな!」
俺はそう叫びながらも戦場を見渡し、皇帝の居場所を探した。
恐らく、敵が一番分厚く構えている場所の先の方。
一番守りやすい場所に居るはずだ。
「……見つけた。やっと見つけたぞぉ!」
俺の行く手を遮る敵兵たちの最深部。
そこに一際豪華な鎧を着こんだ乗馬した将が居た。
恐らく奴が皇帝だろう。
前後を敵に挟まれ、動くに動けないのだろう。
この千載一遇の機会、必ずものにしなければならない!
俺は自分にそう言い聞かせると同時に、敵軍の一番防御の厚い場所へと突っ込んで行くのだった。
ハイデルベルク軍 アドルフ
さて、アニエスの活躍でどうにか敵軍と互角以上の戦いができているのですが、これ以上の深入りは避けた方が良いでしょう。
理由は幾つかありますが、一つ目の理由は、敵の前軍が先程からこちらにちょっかいをかけ始めたという事でしょう。
こちらは一〇〇名程度しかいないので、敵から矢を射かけられるだけでもかなりの脅威となります。
「アドルフ様! 敵本軍が大きく後退しており追撃がしにくくなっております!」
二つ目はこれ。
敵本軍との間がかなり開いてしまったのです。
これ以上追い打ちをかけると、私たちの軍が孤立してしまいかねない。
そうなって、全滅したのでは笑えないので、私たちの今後の作戦目標は敵を通さない事に変わった。
「全軍、その場に待機! 敵を深追いしても全滅するだけです。後はニャスビィシュに任せましょう」
私がそう命令すると、部隊が停止して敵からの攻撃を防ぐために防御態勢を取り始めるのだった。
ウィンザー国 ロイド
アンドレアが天気改変を成功させてくれたようで、城のすぐ近くでファイヤーストームが巻き起こった。
「お、おぉ! 炎が迫ってきているぞ!?」
「これ、城が燃えないか!?」
味方の兵から動揺の声が聞こえてきた。
正直俺もその声をあげたかったが、できるだけ平静を装っておいた。
そんな俺の内心を見透かしたかのような声が聞こえてきた。
「アニエスの炎ですね」
「アンドレアか? 体の方はだいじょう……」
後ろを振り返りながら声をかけた俺は、彼の姿を見て声を失ってしまった。
生きてはいるものの、彼は数人がかりで運ばれており、満足に歩けないでいた。
「ハハハ、ちょっと魔力を使い過ぎてしまいまして。体が思うように動かないだけです。明日になれば直りますよ。多分……」
最後にボソッと不安になるような事を言って来たが、気にしていられない。
後方に出た敵を撃破し、天気を改変し、そして最後に立ち合おうと運ばれてくる。
全く頭が上がらなくなるじゃないか。
「では、平和になったら研究費の増額でもお願いしましょうか」
「……全く、俺はそんなにわかりやすい顔をしているか? 研究費の件はコーナーと交渉してくれ」
「ハハハ、それはあまり期待でき無さそうですね。で、敵軍の様子は?」
彼にそう言われて俺は窓から外を眺めた。
窓際では相変わらず兵達が鉄砲を撃ち、瓦礫を投げて敵の進軍を阻んでいる。
というか、すぐ傍であれだけの規模のファイヤーストームが出来たのに、動じる様子がないとか、こいつら生きているのか?
「相変わらず、だな」
「となると、こちらからも打って出れる状況を作らねばなりませんね」
まぁ、その状況ができるかどうかは、後方から近付いてきた解放軍の活躍次第だろう。
ただ、裏を返せば敵の主力がこちらに注力しているという事は、皇帝の守りが薄いという事だ。
そうなれば、こちらとしては事が上手く運ぶので良いのだが。
「炎の渦が消滅! ですが、敵軍なおも攻撃を続行してきます」
「全くもってしつこい奴らだな。女にもてんぞ」
俺の後ろからワルターが声をかけてきた。
彼の左目は傷の治療の後か、血の滲む当て布を眼帯で止めていた。
「前線に出る気か? 目をやられたんだからこちらで指揮をしていても問題ないぞ?」
俺がそう気遣って言うと、彼は鼻で笑いながら応えてきた。
「ここで敵を追い打ちせねばならんのだ。後方になど居れんよ。まぁ、最前線で斬り結ぶのは不可能だろうけどな」
「お前に死なれたら洒落にならんからな。くれぐれも死ぬなよ」
彼は「おう」とだけ応えて、その場をあとにした。
城の側面にある馬出から出撃するのだろう。
さて、そんな事を話している間に徐々に敵軍に戸惑いの色が見え始めた。
恐らく、後方での戦闘が激化しているのが原因だろう。
特に、先程到着した解放軍が敵本軍へと突っ込んだのを見た兵達の不安が伝播し始めたのだろう。
「さぁ、敵が浮足立ち始めている! ニュールンベルクの兵達が、ワルターが戦うのだ! 我らも負けておられぬ! 彼らをサポートしながら確実に敵を屠れ!」
「おぉぉぉぉ!」
最後のひと踏ん張りをする為にも、こちらも気勢を吐いて、少しでも士気を上げなければならない。
城下では、出撃準備ができたワルター達が一斉に馬出から飛び出すのだった。
帝国軍 アレハンドロ皇帝
余は、どこで間違えた?
数を揃え、武器防具を揃え、兵を鍛え、食糧を揃え、戦略を練り、戦術を駆使してきた。
なのに、今のこの状況はどうだ?
数では圧倒している我が軍が、押されている。
それもたかだか3千程度の相手にだ。
「いいか! 敵軍は数が少ない! 冷静に1つずつ潰すんだ!」
前軍に出した援軍要請が届いたのか、騎馬隊が数十騎だが駆けつけてきた。
だが、こちらに辿り着く手前で近くに陣取っている100人程の強襲部隊から魔術攻撃を受け、騎馬の殆どが落馬し、こちらに辿り着いた兵は10にも満たなくなっていた。
「ぐぅぅ! なぜだ!? なぜこうも裏目に出る! それもこれも神の仕業だと言うのか?」
余が叫んだのと同時に物見の兵が報告に来た。
「敵城から打って出る者が出てきました! 前軍が対応しておりますが、完全に浮足立っており、もはや崩れるのは必至!」
前軍にこのタイミングで突っ込むだと!?
畜生! これではどれだけ数を揃えようとも崩れるだけだ。
「……全軍後退を始めよ。陣を城外に設け、態勢を立て直す」
あと少しまで追い詰めたが、これ以上我が軍がここに留まれば、混乱が広がり、烏合の衆と化す。
余はすでにその兆候が出始めている事から、ここでの戦闘は不可能と判断した。
だが、運命とは悪戯なもので、更に悪く言えば悪友を連れて来たがる。
「本軍2千! 敵伏兵により半壊! 敵がこちらにッ!」
報告に来た兵と同時にその男は余の元へとたどり着いた。
無数の傷と、返り血とで全身を真っ赤に染めた男は、肩に担いだ大剣を余に向けて叫んできた。
「我が名はアスレイ、アスレイ・ニャスビィシュ! 先の戦いで戦死したキング・ハイデルベルク王の家臣なり! そこに居るは、帝国皇帝アレハンドロとお見受けしたが、如何か!?」
「いかにも! 主人の仇討ちとは義理堅い奴! だが、余が付き合う義理がない!」
余がそう言うのと同時に、彼に五人がかりで襲い掛かった。
彼は襲ってきた敵兵を一人一人見切りながら、大剣での斬撃と打撃を駆使して一人ずつ綺麗に倒していった。
猪突猛進と聞いていたが、中々どうして噂とは違うのだろう。
「さぁ、後はお前だけだ! 我が主君の恨みを、仇を討たせてもらうぞ!」
「そう簡単にやられてたまるか!」
彼はそう言うと、余に向かって大剣で斬りかかってきた。
まともに受けては、余の剣が折れてしまう。
余は咄嗟に剣を斜めにして、大剣を受け流した。
「おう! 今の一撃をかわすか!?」
「老いても戦場にて戦い続けてきた余を舐めるな!」
受け流した剣を手首の返しで戻し、彼の頭を目掛けて叩き付けた。
だが、彼も余の剣を見切り籠手で払いのける。
「ちっ! パリーとかボクシングかよ!」
「はっ! ボクシングなんて知るかよ!」
彼はそう言って、余の頭を目掛けて拳を繰り出してくるのだった。
ウィンザー国 ワルター
やっと、父の仇が討てる。
私はそう思って、戦場をかけ始めた。
敵軍は予想通り混乱しており、まともな反撃ができないでいる。
「敵軍を突っ切るぞ! 狙うは皇帝の首ただ1つ!」
「おぉぉぉぉ!」
飛び出した兵達は、それぞれ武器を持って敵軍へと突っ込んだ。
私は、その集団の中心に位置する場所で指揮をとっている。
敵の主力は現在も城の周りに居るが、先程までの迫力が消えている。
いや、むしろ混乱して動けないと言った方が正しいかもしれない。
敵は完全に動かない訳ではない。
もちろん反撃もしてくる。
だが、それは散発的で連携的な動きとは言えない。
「敵は混乱している! 雑魚に構うな!」
私たちは、敵軍の中を一気に突っ切っていった。
暫く突っ切った先に、一際豪華な鎧を着こんだ男と大剣を構えた男が相対していた。
彼らの動きは、常人のそれとは違い明らかに異常。
そう言わざるを得ないほど速く、美しく、力強いものだった。
だが、先程から鎧の男の方が一手ずつ遅れ始めた。
「大剣の男はニャスビィシュ殿だ! 彼らの戦いに他の者を介入させるな! 敵を入れないように我らは周囲の敵を一掃するぞ!」
彼らの周囲に展開していた敵兵に向けて私たちは一斉に襲い掛かった。
「な、敵が来たぞ! 迎え撃て! 陛下に近づけるな!」
「俺たちの未来の為に!」
敵兵も一筋縄ではいかない。
こちらが襲い掛かったのと同時に反応して迎撃を始めた。
だが、ここで負けるわけにはいかないのだ。
私たちが数合戦う間に中央で戦っている彼らは数十合。
まさしく神技の領域と言っていいだろう。
「畜生! 仇を取りたいと思っていたが、とてもじゃないがあんな化け物たちの間には入れない!」
「王子が入ったら瞬殺されますから止めてください!」
私が悔しさを叫ぶのと同時に副官が冗談を言うなと突っ込んできた。
いや、だから私も無理だと思っているから彼らの間には入ろうとしてないだろうに。
「兎に角周囲の敵を一掃するんだ! 決着がどっちに転んでも逃げなければならないのだからな」
「わかっています! わかっていますから手を動かしてください!」
副官の言葉にハッと我に返った。
そう、一瞬一瞬彼らの死合に目を奪われているのだ。
それから暫くして、周囲の敵をある程度倒した時。
勝負の幕が下りた。
ウィンザー国 ロイド
ついに勝負が決した。
それは遠くに居ても腹に響く大歓声と口上によるものだった。
「アスレイ・ニャスビィシュが帝国皇帝アレハンドロを討ったぞ! 我らの勝ちだ!」
「おぉぉぉ!」
もちろん敵兵がそれで退くわけがない。
ここからは俺が策を弄さねばならない。
「伝令! 諜報部の者にこの紙の内容を伝えろ!」
俺が差し出した紙を握り、諜報部の兵達が敵軍の各所で騒ぎを起こし始めた。
それと同時に、敵軍が一斉に雪崩をうって逃げ始めたのである。
「全軍! 逃げろ! このままでは我が軍は孤立する! 全軍引き上げろ!」
「ハイデルベルクが背後を突くぞ! 急いで逃げるんだ!」
そう、俺がもたらした報は『ハイデルベルク方面軍敗走! 勝利した軍が大挙して帝国領に雪崩れ込んでいる』というものだった。
ただでさえ、先程から後ろを少数の兵に脅かされ浮足立ってきていた敵軍は、この報で完全に士気が崩壊。
目の前の兵は、兵ではなく1人の個人として逃げ始めたのだ。
「ここまで、上手くいくものですか? たった一つの報で」
「いや、皇帝が健在だったら上手くいかないだろうし、敵軍が後ろを脅威と感じなければ、それもまた上手くいっていなかっただろう。だが、今回彼らは後ろから迫る軍に徹底的に叩かれ、皇帝もやられた。それが潜在的な恐怖となり今回の報を信じさせるに至った。という訳だよ」
俺がホッと安心した顔でそういうと、アンドレアは信じられないという表情だった。
俺自身が未だに退却する帝国軍に信じられないという思いがあるのだ。
本当に上手く行って良かった。
皇帝の死去、帝国軍の壊走は彼の国に大きな打撃を与えた。
帝国は良くも悪くも皇帝による独裁政治であった。
それは、彼の死去と同時に崩れ去るものでもある。
特に、後継者を決めていない帝国は、四人の兄弟による数十年の内戦という事態へとつながった。
ニュールンベルクはその混乱に乗じて、ワルターを担ぎ上げ、旧領の殆どを奪い返した。
ハイデルベルク軍は、崩れる帝国軍を徹底的に打ち倒し、今なおその軍勢が健在である事を世に示した。
かく言う我が国も、強大な敵を相手に一歩も引かず戦い、守り切った事で六王国から一目を置かれる存在にへと成長したのである。
この戦争は、旧体制の打破と新たな兵器の革新から後世〝革命戦争〟と呼ばれた。
革新的な技術の数々、新たな政治体制の出現、そのどれもが旧体制の国をこれから飲み込んでいくだろうことは、想像に難くないが、それは俺の知る所でもない。
これにて第六部終了となります。
これまで本当にありがとうございました。
この物語は、次回からエピローグに入ります。
そう、終わりなのです。
本当に皆さまありがとうございました。
エピローグにて完成した城、城下町なども描写していきます。
また、本編の完結は暫くせずに、外伝など物語で語れなかった部分、付け足しなどを行っていく予定です。
そちらもお楽しみにして頂けると幸いです。
では、物語もあと少しですが、今後もご後援よろしくお願いしますm(__)m