6-17
城の中からでは見えにくいが、敵の本軍らしき集団に金の鷹の旗を背負った一団が突入した。
敵軍は、若干狼狽えたように見えたが、すぐに立て直してこちらに攻めてきた。
「……流石に大崩れはしないか」
「もう少し崩れてくれればよかったのですが、如何いたしますか?」
当初の計画では、ここで奴らが後ろと前とで暫く動けなくなると考えていた。
だが、現実はいつも悪い方に行くもので、敵の狼狽は一瞬だけでこちらに対してすぐに攻撃を再開してきた。
今のところは銃弾の嵐で敵を押しとどめているが、正直この後はどうなるか分からない。
「こうなると、早くボリス達に後ろから皇帝を刺してもらわないといけないな」
「そうでなければ、我らは皆ここで終わりですからね。それよりもアンドレアさんはまだでしょうか?」
コーナーはそう言って彼が去っていった廊下をチラチラと見ていた。
確かにこの状況下では、彼が居るのと居ないのでは、感じる安心感がものすごく変わってくる。
「それよりも目の前の戦いに集中しよう。彼らが皇帝を倒してくれればそれで終わりなんだから」
「えぇ、ボリスさんの手紙にあった、瞬炎の魔術師も参加してくれているといいのですが……」
「まぁ、その辺りはアドルフさんに任せるしかないだろう? 相当なじゃじゃ馬みたいだけど、あの人も相当な曲者だからね」
俺はそう言って眼下で繰り広げられる戦いを観察し始めた。
敵の主力は既に竹束が無くなり、裸同然の状態で走ってきている。
もちろん盾を前面に出して、できる限り被害を防ごうとしているが、鉄砲の弾に盾がどれだけの効果があるかは、眼下に広がる死体の山が証明しているだろう。
「報告! 大砲の弾が尽きました! 鉄砲の弾はまだありますが、残りわずかです!」
俺の元に、一番聞きたくない報告がついに入ってきた。
大砲の弾は、元々数が少なかった。
正直ここまで持ったのは、作戦が途中で変更されたからだが、ここ一番の踏ん張りどころで尽きるとは。
「致し方ない! 大砲は放棄! 敵に向かって投げられるなら投げてしまえ!」
「なっ!? あれが一体何キロあるか分かっているのですか!? 大の大人3人がかりで動かすのがやっとなのですよ? 投げるとなったら――」
俺の隣で、コーナーが信じられないと喚いていると、隣に居たマリーとドーソンさんが二人で一門担いできた。
うん、時々信じられないけど、この2人力だけは異常なんだよね。
「ロイド? これあっちに投げ捨てて良いの?」
「うん、まぁ、壁だけ壊さないでね?」
俺がそう言うと、彼女は頷いて窓際まで持って行ったかと思うと、親子の息なのか掛け声も無しに窓の外に物凄い勢いで放り投げた。
窓から飛び出した大砲は、放物線を描くことなく直線的に飛び、落ちた。
「敵の砲撃が止んだぞ! 攻め込――ぎゃ!」
「た、大砲が隊長の頭に落ちたぞ! 頭上にも気を付けろ!」
どうやらぶつかった敵がいたようだ。
運が悪い奴というのは、どこの世界にもいるが、まぁ冥福だけは祈っておいてやろう。
しかし、よくもまぁあんな重いものが投げられるな。
俺がそんな事を思っている横で、コーナーは口をあんぐりと開けて固まっている。
まぁ、一門で結構な額がしたからな。
それを放り投げたんだから、呆然としたくもなるだろう。
「さて、望楼からありったけの物を投げてやれ! それこそ瓦礫や石を投げても構わんぞ!」
俺の号令と共に、砲兵隊の兵達は手当たり次第に瓦礫を投げ始めるのだった。
ウィンザー国 アンドレア
裏から侵入した敵は、ほぼ殲滅する事に成功した。
残るは、恐らく大将であろう男だけ。
だが、そいつも既に包囲されており、逃げ道もない。
「観念しろ! お前に勝ち目はない! 降参するなら命だけは助けてやる!」
ワルター王子が、敵に近づいて最後通告をした。
その左目は斬られたのだろう、紅く血のにじんだ包帯がされていた。
「世迷言を! 貴様らの方こそ前衛は大丈夫なのかな!? 我らが皇帝陛下は容赦なく攻めたてているだろう! 降参するは貴様らではないのか!?」
「この状況下でそれだけ言えるのは、呆れを通り越して尊敬の念すら抱きたくなるな。だが! 貴様の仲間が近くに来ていないのが、未だに我らの前衛を突破できていない証拠だ!」
ワルター王子がそう言うと、男はニヤリと不敵に笑った。
そう、この状況下で〝笑った〟のだ。
「何がおかしい!?」
男の笑みの意味がわからないワルター王子は詰問するが、男が答える訳はない。
「これ以上話すのは、時間の無駄です。王子、攻撃命令を!」
「わかっている! 全軍敵を打ち取れ!」
ワルター王子の命令と同時に、両側から体格の良い兵士が4人同時に襲い掛かった。
いや、正確には襲い掛かろうとしたが、できなかった。
なぜなら、男はその場で笑って死んでいたのだから。
ピクリとも動かない男の心の蔵が動いているか、確認した兵士が首を振った。
そう、後方の敵をどうにか退けたのだ。
「どうにか、終わりましたね」
「あぁ、正直面倒な敵だった」
私はワルター王子と共に近くに腰かけて話していると、味方からの急報が入った。
「ロイド様から急報! 『ハイデルベルク軍が動いた、手はず通り頼む』以上です!」
「やれやれ、人使いが荒くなってきましたよ。うちの王様は」
そう、冗談っぽく私が言うとワルター王子は笑った。
「ハハハ、嫌になったらいつでもうちに来て良いんだぞ?」
「これはまた、嬉しい話です。ですが、私はこの国が好きなのでそれはお断りしておきます。では、最後の一仕事と行きましょう」
私がそう言って腰を上げると、彼は肩をすくめながら「人生初めてだ」と笑いながら言った。
そんな彼をあとにして、私は城の真ん中に位置する広場に出た。
私の最後の仕事。
それは、天気を改変するという途方もない魔術を成功させる事だ。
「さて、最後の最後で大きな仕事が来ましたね。これがアニエスの助けになれば良いのですが」
私はそう言って、特製の杖を天に掲げ魔術式を展開した。
理論はできている。
雲というのは、水の塊。
そして、その水が一定量を越えたものが、雨になる。
ならば、最大限の出力で私は、雲を蒸発させれば良いのだ!
「……時々思うけど、アンディってバカだよね」
そう言って、私の横でエレーナが笑いながら腰かけていた。
彼女は砲兵隊の技術顧問として戦場に立っていたが、砲弾が無くなった今戦場に居る必要が無くなったので私の元へと来たのだ。
「うるさいですよ、というかその呼び方で呼ばないでくださいよ」
「いいじゃん。人居ないんだし、私たちだけなんだから」
そう言われて周囲を見回すと、確かに皆が戦場へと行っているので、中庭には人一人見えませんでした。
「それに……危ないんでしょ? 今回の魔術」
彼女はそう言うと、私に抱き着いてきました。
そう、今回の魔術は規模が大きすぎるのです。
規模が大きければ大きい程、体への負担は増え、術者は壊れやすくなる。
特に今回は、天気改変という難事です。
どんなことが起るか想像もつかないでしょう。
「大丈夫ですよ。エレーナが近くに居てくれるなら、どうにかしてみせますよ!」
私はそう言って、魔力の最後の一滴までを魔術式に込めて、発動した。
アニエスさん視点入れたかったのですが、無理でした(´;ω;`)
次回アニエス視点から開始予定です(・∀・)/(予定は未定(゜Д゜;))
今後もご後援よろしくお願いしますm(__)m




