6-11
バリスが死んだ。
その一報を逃げてきた兵達から聞いた俺は、分かってはいたが気落ちしそうになった。
俺の命令で爺さんもバリスも死なせている。
ワルターは、爺さんの悲報を聞いてから姿を見ていない。
一応彼の顔なじみのニュールンベルク兵をつけているので、無茶はしないと思うが。
「ロイドさん、ここで我らが失敗しては彼らに対して顔向けできません。気持ちをしっかりと持ってください」
「ロイド様、アンドレアさんの言う通りです。幸い日はもうすぐ落ちます。彼らもこれから退くでしょう」
アンドレアとコーナーが、俺を励まそうと話しかけてくれている。
無論俺も元気を出さなければならない。
恐らく敵は、夜間だろうと攻めてくる可能性があるのだ。
少しでも作戦を立てなければならない。
「……敵は恐らく音で威嚇してくる。見張り以外のみんなには耳栓をさせてくれ。あと、敵が攻めてきた時に一気に起きられるように、木の棒を枕にする様に」
「木の棒ですか?」
「あぁ、木の棒だ。この棒を叩けば、棒を枕にしている全員が一気に起きられる。起こしに行く時間を短縮できるんだよ」
これは、実際に城に詰めている兵や火消しなどが行っている方法である。
実際に俺も経験してみたが、これが兎に角頭に響くのだ。
平時の何もない時にされたら、食って掛かりたくなるような不快感がある。
まぁ、非常時なら仕方が無いで、すますしかないんだけど。
「わかりました。確か建設時に余った角材や丸材があったはずなので、それを使わせてみましょう」
そう言ってコーナーは各所に走って行った。
アンドレアはというと、何か気になる事があるのか俯いている。
「どうしたんだ? 何か気になる事があるのか?」
「え? えぇ、少し引っかかる部分があったので考えていたのです」
引っかかる部分? 何か俺は間違ったのだろうか?
考えられる対応策は打っているが、さて何が気になるのだろう?
「ロ、ロイド様! 敵襲です! 敵が竪堀を登り始めてます!」
「なに!? 総員戦闘配置! すぐに敵を追い散らすんだ!」
もうすぐ日暮れという時間でまさかの総攻撃。
一応警戒はしていたが、心のどこかで今日の攻防は終わりだろうと考えていただけに、驚きが先行してしまった。
だが、こちらもただ引き籠るだけではない。
連立式城郭の硬さを思い知らせてやらねばならない。
俺はそう思って望楼に登り、敵情を観察した。
「敵先行部隊が独断で仕掛けて来たのか?」
「……敵は感情的になっていますね。確実に恨みだけで無理攻めをしてきています」
俺達が見たのは、本隊から離れて行動する4千程の部隊だった。
後方には薄暗くなっているものの、ざっと1万以上の兵は居る。
それを待たずに攻めてくるのだ。
勝算があっての事なのか、それともアンドレアがいう様に無謀な攻めなのか。
「どっちにしても迎撃だ! 鉄砲隊構え! 放て!」
敵の先行部隊4千は、城の街側の竪堀に固まって攻めてきていた。
この城は四方のうち三方を竪堀、背後を切り立った崖で構成されている。
そして、三方のうち街から攻められるのは、一方向だけ。
包囲しようと思うと、山をぐるっと一周する必要がある為、かなり面倒になる。
また、囲めば補給線が延びるのでそれだけでも敵に負担を強いる事ができる。
「敵は一方向からしか来られないぞ! しっかりと弾幕を張れ!」
俺の号令で、一斉に鉄砲が発射される。
発砲音と同時に敵が何人もバタバタと倒れるのが見えるが、まだこちらに向かって登ってきている。
「大砲の準備はまだか!?」
俺が隅櫓に設置した砲台に向かって叫ぶと、1人の兵が手を交差してきた。
まだ準備が整っていないのだ。
砲台は屋根付きとなっており、雨風は振り込んでいないものの、弾薬の装填準備に手間取っているのだ。
「できるだけ急がせろ! ここで寄せられたら意味が無いぞ! 鉄砲隊、弓隊は敵を押しとどめろ!」
「敵、なおも接近!」
何度目かの斉射の後、やっと大砲の準備が整った、との報告がきた。
「すぐにでも発射し――」
「て、敵が退いていきます」
は? 退いた?
俺はその報告が信じられず、身を乗り出して敵の様子を探ると、確かに退いている。
「……嫌がらせにしては、敵の被害が大き過ぎるよな?」
「えぇ。ですが、暴走だと思いますので、やっと統制が取れたという所では無いでしょうか?」
「まぁ、そう考えるのが普通か……」
だが、なんだろう? このすかされた気分は。
安心すべきなのだろうが、なんとも気持ちのやり場に困ってしまう。
「とりあえず、敵が退いたのだから休もう。流石に周りも真っ暗だから、敵も攻めては来ないだろう」
「……とりあえず、あと一日ですね。それで雨が一度上がります」
「明日を耐えれば、俺達の勝利なんだ。負けるわけにはいかないな」
その日は、何とも言えない気分の抜けないまま休むことになった。
帝国軍 アレハンドロ皇帝
全くもって頭が痛い。
感情的な部分は致し方ないとわかっているものの、指揮官までもが感情的になってどうするんだと、怒鳴り散らしたい気分だ。
敵軍への攻撃は、本隊を捉えられなかった時点で作戦は失敗している。
なのに、なぜ敵の城へと突撃する必要があるのか。
「……まぁ致し方ない。起こってしまったのだ、敵に嫌がらせが出来たと思っておくとしよう」
ただ気になるのは、敵の退き方だ。
恐らく余と同じ転生者であろう人物が、家を残す事の愚を知らぬわけではあるまい。
まさか、自国の領民の事を考えて非情に徹せなかったのか?
いや、奴らの事だから何かしらの意図があるのやもしれん。
「見張りに伝えろ! 敵は夜襲などを行う可能性がある。各自持ち場をしっかりと警護しろと」
そう、前回の遠征での失敗を、同じことを繰り返さないようにせねばならない。
特に余はこれ以上負けるわけにはいかないのだ。
これ以上の敗北は、国の命運にも関わってくる。
そう思いながら、余は地図を広げてみた。
ここは、事前の情報が正しければ、執務室となっている家だ。
ボロボロの内装と地下に通じる階段、扉は新しくなっているものの、所々ちぐはぐな感じのするいかにもという家だ。
「……余の前世を思い出す様な家だな……」
余の前世はボロ屋に酒飲みのろくでなし親父と母の三人暮らしだった。
余は毎日親父にボロクソに怒られ、殴られ、蹴られを繰り返していた。
母は、そんな親父を恐れて何も言えず、ただ毎日工場と内職で生活を支えていた。
「……よそう、思い出しても楽しくもない」
余は頭を振ってから地図に目を落とした。
この街の前身である村の地図だろう。
街の計画図もあったが、今の現状とかなり異なるので、そちらは捨て置いている。
「村自体は、大きくない。だが、家が密集した形だったのか……」
街にしてもそうだ。
どちらかというと、江戸時代の長屋的な雰囲気の脇道の狭い家屋の密集地だった。
もちろん長屋よりも遥かに良い家ではあったが、過密しているのは見て取れた。
「街の状況から考えると、長屋的な感じだが、しっかりと整備されていたな……」
街の様子は、それぞれの地区で変わっていた。
工場特化の地区、商人特化の地区、子ども達が勉強する学問の地区に田畑を中心とした農業地区だ。
余の見てきた街の中で、これほど入り組み侵入を阻む作りは見た事が無い。
「まさしく、真田の上田城だな……」
彼の街の如く、入り組み、斜めに兵が隠れる場所があり、嫌がらせの様に進軍を遅らせてくる。
全くもって嫌らしい造りだ。
「だが、その城も街も明日までだ。あと少しで攻め落とせる」
余は、そう自分に言い聞かせるように呟きながら、地図を見続けるのだった。
今後もご後援よろしくお願いしますm(__)m