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帝国が進軍してきて1週間と少しした頃。
ついに雨期がきた。
敵軍は2万5千、こちらは2千と少し。
差は10倍である。
防御施設を使ったとしても、敵う数では無い。
というか、孫子先生は撤退を確実に推奨するレベルの差だ。
この地方の雨期は、長くは無いものの、かなり激しく降り続く。
日本の様にシトシトと降る雨では無く、ザーッと暫く降り続いて上がるのが常だ。
「敵軍! 動き始めました?」
「報告は正確にしろ!」
「はっ! 敵恐らく塹壕内を移動中! 主力を最前線まで掘り進めた場所まで移した模様! 数についてはハッキリと見えません!」
まぁ、いくら高地から見ていると言っても、敵もそれなりに考えて掘っている。
所々にある退避壕らしきものが目隠しの役割を果たしているのだ。
「前方に主力を集中しつつも、左右の警戒を怠るな! 敵は森を無理矢理広げて来たんだ! 絶対に何かしてくるぞ!」
「はっ! 全軍に伝達! 主力は中央を! 左右の軍は各自警戒を怠るな!」
俺の命令で全軍に緊張が走る。
あとは、敵が動き出すのを待つばかりだ。
それから1時間ほど睨み合いが続き、ついに敵が動き出した。
「敵が動きました! あ!? 敵軍煙を焚き見えません!」
「煙にかまうな! こちらから見えないという事は相手からも見えん! 全軍射撃用意! 放て!」
俺の号令と共に、1千の銃弾と500の矢、そして巨大な杭3本が敵軍を目指して飛び出し、着弾した。
その瞬間、敵からは断末魔や叫び声が聞こえ混乱している様子がうかがえる。
だが、目視した訳では無いので安心などできない。
「敵軍の擬態だろうがかまうな! 第二射発射用意! 放て!」
第二射が敵軍に着弾した瞬間、先程よりも大規模な断末魔が響く。
恐らく杭が開けた穴から犠牲が多数出たのだろう。
確かにあの大きさの杭が飛んできたら、盾では防ぎようがない。
「敵に反撃の暇を与えるな!」
俺がそう叫んで第三射を命令しようとした瞬間、左翼から叫び声が聞こえてきた。
「敵右翼が前線を突破! 堀まで迫っています!」
「左翼は今後合図無しに適時撃て! ありったけの銃撃を浴びせてやれ!」
俺がそう命令した瞬間、銃撃の速度が一気に上がった。
理由は、弾込めの速い者が本気で撃ち始めたからだろう。
今まで遅い者に合わせさせていたので、仕方が無い。
「左翼! 押しとどめていますが、敵はなおも前進!」
「その調子で抑えろと言っておけ! 中央! 右翼! 若干攻撃の手をゆるめ左翼の敵と歩調を合わせさせろ!」
今回の作戦では、敵が歩調を合わせて攻めてきてもらわなければ意味が無いのだ。
その為には、多少危険だが攻撃の手を少し緩めさせる必要性があるだろう。
「敵軍右翼と左翼がほぼ同調! 中央がやや遅れてますが、順調です!」
「敵軍が堀を渡るのに苦戦したら、そこを徹底的に叩け!」
敵軍は、ジワジワと堀へと近づいている。
あの竹束を持ったままでは、正直渡れないだろうと思って見ていると、少し幅の薄い竹束を出してくるのが見えた。
「竹束? いや少し薄いが……。はっ! まさか船にするつもりか!?」
そのまさかであった。
敵軍は、後方から追いかけてきた奴らが持っていた少し薄い竹束を水面に浮かして筏代わりにして渡り始めたのだ。
「敵軍水の溜まってきた堀を渡っています! どうされますか?」
「これまでと同じだ! 敵軍にありったけの弾をくれてやれ!」
轟音ともいえる激しい発砲音と、その弾をカンカンと乾いた音で弾く竹束の音が響く中、ついに敵が土塁の壁にへとたどり着いたのだった。
「全軍一時後退! 第二の土塁まで離れろ!」
帝国軍 部隊長
こちらは2万3千、対して敵は2千程度だという。
「隊長! これは所謂楽勝というやつでは無いですか?」
そう笑いかけてくるのは、我が部隊のムードメーカー的存在の兵だ。
確かに彼の言う通り、この調子で攻めれば楽勝だろう。
だが、油断は大敵であると常々皇帝陛下自ら訓示を行われるのだ。
しっかりと警戒しておかねばならない。
「馬鹿者! 常々皇帝陛下が言われているであろう? 油断大敵とな! ここで油断して殺られる馬鹿は居らんと思うが、注意は怠るな!」
「はっ!」
そう言って部隊の全員が返事するものの、私を含めて誰一人として敗北するなど微塵も思っていない。
「しかし、皇帝陛下もすごいものをお考えになりますな!」
「あぁ、この竹束とかいうもの、全く敵の攻撃を寄せ付けていない。これ程とはな」
先の戦いでは、敵の新しい悪魔の力によって多数の兵が死亡したと聞いていたが、その悪魔の力を弾くとは。
碧く軽いだけでなく、きっと神聖な祈りがささげられているのだろう。
「さぁ、あと少しで敵の砦の壁だぞ! 我らが一番槍の武功を立てるぞ!」
「おぉぉ!」
そう言って、全員が答えた瞬間だった。
突然私たちは宙に放り出されたかと思ったら、そのまま何かとてつもなく硬い物に頭蓋を突き破られるのだった。
帝国軍 アレハンドロ皇帝
その瞬間、余は目を疑った。
それまで順調に攻めていた我が軍の兵士が、突然消えたのだ。
「事態を報告しろ! 何が起こった!?」
余の叫びを聞いた連絡将校が飛び出し、数十分後報告を持って戻ってきた。
「ご報告いたします! 敵軍を攻めていた我が軍の兵士は、敵の土塁が崩落するのに巻き込まれ登っていた兵は、ほぼ全滅したとの事!」
「敵の様子はどうだった!?」
「はっ! 特に混乱した様子も無く、すぐさま撃ち返してきております。我が軍は陣形が崩れ、竹束も多数失ったため崩れかけております!」
ぐぅぅ!
この崩落は恐らく奴らの作戦だろう。
こちらの竹束を少しでも減らす事を考えて来たのか、苦肉の策を弄する程追い込んだかのどちらかだ。
「敵は苦肉の策を弄しただけだ! すぐさま第二軍、第三軍を送り込め! 敵を蹂躙するんだ!」
「し、しかし、敵の銃撃は衰える事無く続いております! また、土塁が消えるどころか新しいものが建っております! 対してこちらの竹束はほぼ消滅していますので、このまま攻めては被害が拡大します! どうかご再考を!」
「ググググ……。致し方ない、敵軍の銃撃が届かない場所まで退却せよ。第二軍は第一軍と変わって前線へ、第三軍は第一軍の負傷兵の手当てをさせよ」
「はっ!」
全くもって腹立たしい。
銃撃が止んでないという事は、計画通りの退却であり、その為に屋根もしっかりと作り込んでいたのだろう。
ここで無理攻めしても意味が無い。
だが、この土塁の崩壊で堀は完全に埋まった。
後はこちらが兵力で押し込むだけだ。
「その作戦、こちらは次の一手に使わせてもらうからな……」
余は、奴の居るであろう砦を睨みながら呟くのだった。
今後もご後援よろしくお願いしますm(__)m