ニクシミ
時間を持て余した人向け
先日の日曜日。私は暇を持て余していた。上京してからというものの、休日に遊びに誘うような友人もできず、休みが苦になりつつあった。
ほとんどの休みは、この質素な一人暮らしの部屋に寝転がり、時の流れに身を任せて自堕落に過ごしてきたが、なんせ気分のいいものではなく、飽きも来る頃だった。
すぐそこに見つけた薄汚い白い上下の服を纏い、財布と携帯をポケットに沈めて外界へ出たのだ。
履き古した愛用サンダルと共に。
既に日は沈んでいたが、どうせこの地は眠らない。
気に止めることはなかった。
とりあえず出たはいいが、何をするか本当に何も考えていなかった。
自由奔放な頭を掻きむしってみても答えは出ない。
ただの癖だから当然なのだが。
考えても浮かばない上に面倒であると判断し、とりあえず趣味の集大成秋葉原へ向かった。
上京したらまず行きたい所としてマークしていたにも関わらず、いざとなると倦怠感が勝り、今日まで通り過ぎたこともなかった。
大抵のことはこの倦怠感で不発に終わる。ベルフェゴール無双である。
電車を介して聖地へ足を踏み入れると、噂にたがわぬ賑わい様だった。
自分と同属性と思しき人混みを掻い潜って意味もなく進撃していると、店頭に構えられた広告を凝視する男に目が止まった。
見覚えがある。
中学時代までを共にした親友だった。
卒業した途端に連絡が取れなくなり、情報と言えば周りから聞いた「東京に行った」という噂だけだった。
まさかこの人口密度のもとで偶然に再会できるとは思ってもみなかった。
私の心は感慨に浸っていたが、それと裏腹に身体は勝手に動き、気付いた時には話しかけていた。
相手も私が誰かわかったらしい。
何も告げずに行ったこと、連絡が途絶えたこと、今まで何をしていたのか、何から話せばいいのかわからなかった。
戸惑う私の様子を見て察したのか、こう言った。
「どうせろくな飯食ってないんだろ?焼肉でも行こう。もちろん俺のおごりで。いい店を知っているんだ」
私には一切の隙が与えられずに丸め込まれてしまった。
最も、隙があっても無下にしかねないが。
彼に連れてこられた店は、風格のある渋い店だった。
簾の奥の個室に向かい合って腰を下ろすと、私が一息つくよりも早く案内を務めた店員に注文をした。
改めて再会を喜び、まもなく運ばれてきたビールでそれに乾杯した。
まず最初に口にした話題は、中学校を卒業してすぐの事だ。
なんで何も言わなかった、と。
何か深い訳でもあったのか、彼は深い溜息をついて、重い口を開いた。
「実はあの時な・・・」
その時だった。まだ本題にかすってもいないのに、店員が肉を運んできたおかげで中断されてしまった。
話を中断された怒りと、運ばれた久しい肉への喜びと期待感が入り交じり、なんとももどかしい気分だった。
しかし、彼は寧ろ助け舟の出現を喜んでいるように見えた。
緩んだ口元から出たのは話の続きではなく、食を促す言葉だった。
やはり何かがあるのだ。
おぼつかない手先が裏付けと言えよう。
あまりに不自然なトングの扱いのせいか、あろうことか肉が滑り出した。トングから。あのトングから。
それだけなら笑い話なのだが、彼のトングは更に仕掛けてきた。
滑り出したハラミは想像を絶する勢いで私の元へ飛び込んできたのだ。
薄汚れた白いだけの寂しいシャツには、肉が残した深く濃いシミが皮肉にも栄えていた。
それはつまり、お気に入りとして長いこと身につけてきた唯一無二の一式コーディネートが死んだということだ。
その重みを彼は知らないのだろう。
気まずさと申し訳なさよりも、誤魔化せた喜びが勝ってしまったのだろう。
その表情と態度は謝罪の言葉にそぐわない。
そんな彼に私が抱いた感情はただ一つ。憎しみだ。
そう、肉シミへの憎しみだ。