S&W M29
ボクが到着したのは、どうやらアメリカらしい。ボクはパスポートも何も持っていないけど、入国審査すらなかった。
何処の空港か知らないけど、ここで待っていたダッジ・ラムとかいうえらくゴツい車に押し込まれ、赤茶けた大地と、地面にこびりついた様な灌木、そんな景色しかないところをひたすら走ったのだった。
岩山に直接小屋をくっつけたような建物で、ボクは車を降りた。
古ぼけた小屋以外は、むき出しの岩肌と一つまみの枯れかけたサボテン、ただそれだけの空間で、昔の西部劇に出てきそうな場所だった。
キィキィカタカタと鳴っているのは、手製の粗末な木製の塔の天辺にある小さな風車で、これは何のために造られたのかまるっきり謎だった。オブジェだろうか?
見た目はみすぼらしい小屋だが、開いたドアは分厚く重く、これでは海外の刑事ドラマであるような『ドアを蹴ってぶち破る』なんてシーンは期待できそうもない。
このドアを開けたのは、なにもかもが大ぶりの男だった。
髪は茶色で天然パーマ。鼻も口も目も大きく、眉毛ももじゃもじゃだ。
イギリスの超有名ロックバンドのメンバーで、アメリカで撃たれて死んだ超有名ミュージシャンと同じ様な丸い眼鏡をかけている。
「やぁ、早かったね」
明らかに日本人ではないこの男の第一声は、流暢な日本語だった。いわゆるガイジン訛りがないのだ。
ボクは驚いたけれど、一言もしゃべらない三人のゴツイ男は全く反応を示さない。
斎藤は、その荒削りな顔に笑みらしき物を浮かべて、丸眼鏡の男と握手していた。何となく角ばった印象の斎藤とくらべ、体格は同じなのに丸眼鏡の男はマシュマロのようにふっくらと丸い印象だ。
「この人物だね?」
丸眼鏡がボクを見る。顔は柔和に笑っていたけれど、その目は違っていた。目の前の獲物を倒せるかどうか、慎重に見極める獰猛な熊みたいな目をしている。
「私の名前は、そうだね、アーチャーとでもしておこうか。倉庫内を案内するよ」
巨大な岩山に付属した小屋は、見た目は粗末な木造の小屋だが、中身は鋼鉄製のコンテナみたいな構造になっていた。要するに、この今にも崩れそうな外見は偽装ということ。
更に奥につながる扉があり、近代的な静脈認証と眼紋認証とセキュリティカードによってロックされていた。アーチャーと名乗った男自体が、この扉の鍵なのだ。
そこまで厳重に守られた空間は、スチールの棚が並んだ博物館のバックヤードのような場所だ。
大きさは、体育館ほど。小屋は単なるゲートに過ぎず、この岩をくりぬいて作ったと思しきこの空間こそが、本体なのだろう。
展示されているのは、様々な凶器。ライフル、ショットガン、拳銃、ナイフ、単なる木の棒や、トンカチなどもある。
異様な雰囲気だった。これらは、単なる道具だ。使役する者がいて、初めて機能する道具に過ぎない。 しかし、こうして様々な凶器が並んでいるのを見ると、じっと物陰から危険な何かがこちらを窺っている様な錯覚を感じてしまうのだ。
「すいません、ちょっと……」
飛行機の中から、ずっとボクに同行していた三人のゴツい男の一人が、よろめいて棚によりかかった。
真っ青な顔色で、油汗がびっしりと額に浮かんでいる。
「おお、これはいかん。『あてられた』みたいだな。ここは、この人物と私だけでいい。皆は小屋に戻りなさい」
そんな、アーチャーの言葉に、明らかに斎藤はほっとした顔になり、具合が悪そうな男とともに、全員が引き上げてゆく。
「君は、平気かね?」
アーチャーがボクに問う。なんだか、誰かに見られているような感覚はあるけれど、それによって具合が悪なったりはしていない。
「ええ、平気ですよ。ところで、ボクは、ここで何をするんです?」
ボクの言葉に嘘がないかどうか、アーチャーはしばらくボクを観察していたけれど、どうやら本当に大丈夫と分かったらしい。
身振りで「ついておいで」とボクを、この倉庫の奥に誘う。
「ここにある様々な品物には、共通点がある。何かわかるかね?」
ボクは肩をすくめて、分からないという事を伝えた。ボクは普段あまりボディランゲージを使わないのだけど、ここがアメリカだと意識していたのかも知れない。外国人風に振舞ってしまった。
「これらは、皆、凶悪犯罪に使用された凶器ばかりなんだよ」
アーチャーは、傍らの小さな拳銃を取り上げる。
「例えば、こいつ。この拳銃は、メキシコの麻薬カルテル御用達の殺し屋、通称『アンヘル』愛用の銃でね。コルトM1908ベスト・ポケットという銃さ。こいつを、ターゲットの頭に押し付けて、二発。それが、三百人を殺したアンヘルの殺しのスタイルだよ」
射殺などという一瞬で終わってしまう殺し方、ボクはどうかなぁと思うよ。生命にしがみついて、足掻く姿が美しいのにね。
広大な倉庫を、歩く。歩いていてボクはボクを護送してきた男が具合悪くなったのがわかった気がした。
この倉庫には、死がラードの様にべっとりと染みついているのだ。
わけが分からないのは、なぜボクにここを見せるのか? ということ。
ボクは殺しの道具にこだわらなかった。
ある時はナイフを使い、ある時はロープを使うといった様に。同じ殺し方をして同一犯だと気が付かれないように、注意を払っていたのだからね。
気が付くと、ボクは一丁の大型拳銃を手に取っていた。アーチャーのここの品々にまつわる血なまぐさい話を聞きながら、全く無意識にその銃を手にしていたのだった。
「それは、サンフランシスコ警察の映画で有名になった、S&W M29という拳銃だよ。六インチモデルだね。これは『人間狩り』事件の犯人スチュアート・ヤンセンの銃で、彼は人里離れた森林に女性を連行してわざと逃がし、この銃でハンティングをしていたんだ」
ずしりと重い。あとで分かったことだが、この銃の重さは千四百グラムもあり、Nフレームという大型のフレームを使用しているそうだ。
いまでこそ、この銃より強力な拳銃があるが、かつてこの銃を有名にした映画のセリフのとおり『世界一強力な銃』だったのである。