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風間との会話

 最初は介入しないという態度を見せていた風間だが、射殺死体一名、意識不明者一名、負傷者四名という事態となり、神奈川県警を動かす羽目になったらしい。

 ただし、事件の調査をするわけではなく、隠蔽のために神奈川県警内部の『特殊事案専従班』を使う事になるそうだ。

 神奈川県警差し回しのバンに寄り掛かって、風間がタバコを吸っていた。火は、あの奇妙なオイルライターでつけたのだろうか?

 風間は、明らかに消耗していて、タバコを持つ手も微かに震えているようだ。

 負傷者四名を出した斎藤は、風間が使い物にならないと踏んだか、運転席に収まっている。

 奈央は、神奈川県警の特殊事案の連中に持って来させたデスクトップPCをバンの荷台で組み立て、堀田巡査部長と一緒に押収したHDDドライブの起動を試みている。

 特にやることがなくなってしまったボクは、風間の隣で副流煙の被害を甘んじて受けているわけだ。

「ガキが虫を踏みつけて殺すような真似しやがって。胸糞悪い野郎だよ。お前は」

 空に向けて紫煙を吐き出しながら、突然、風間が言う。

「死にそうな割に、口だけは達者だね。感心したよ」

 風間が言ったのは、ボクに対する中傷だけど、『胸糞悪い野郎』なのは自分でも理解している。だから、腹も立たなかった。

「あれは、本来、人の身で使うべきじゃない『術』なんだよ。ごっそりと生命を削られちまう」

 隣にいる死にかけの男が言う『あれ』とは、彼が使った術や奈央の術の事だろう。

「当麻の姫様は、『あれ』についてのご説明がお嫌いみたいで、殆ど何も聞かされていないのでね。どういう現象が起こるのかは知っているけど、その根本みたいなものは、ボクには全くわからない。だから『べき』とか言われても、さっぱりだよ」

 短くなったタバコを風間は地面に落とし、踏みつけて火を消す。

 路上喫煙もポイ捨ても、現職の警官としてどうかと思うよ。

 風間は、ポケットから新たなタバコを取り出して、咥える。どこかで嗅いだことがあるフレーバーだと思ったら、ラッキーストライクだ。軍事キャンプの教官の一人が、こいつのチェーンスモーカーだった。

 ライターを取り出す。安っぽい百円ライターだった。さすがに、呪具は普段使いしないか。

「浮世離れしていやがるからな、あの姫様は」

 口の端をゆがめて、風間が笑った。いちいち気障な野郎だ。

「腕の紋様だけど、あれ自体が『鬼』なのさ。『鬼』を捕えて、叩いて、潰して、消滅しないように細心の注意を払いながら、バラバラに切り刻んで、嬲り続けると、『鬼』も哭くんだよ。慈悲に縋ろうとするんだよ。そこで、姫様が救世主として現れる。まぁ、カルト宗教の洗脳の手順に似ているわな。紋様の作成は当麻の秘術に属することなので、あくまでも業界の噂だが」

 この、特殊すぎる商売も『業界』なんだね。ボクは妙な箇所で感心していた。

「姿は変えているが、『鬼』は『鬼』だよ。誓約により、行動が規制されているけど、金子のような生まれついてのゲス野郎を相手に、『怒り』とか『憎しみ』といった燃料を与えられて解放されると、暴走しちまうことがある。数年前にも大事故があったはずだ。風魔なみに古い『当麻の盾』の家系が幾つも潰れるほどの大事故がね。あんたは、その欠員補充なんだろ?」

 そう言いながら、風間が三本目のタバコに火をつける。

 不健康な事をしていながら、徐々に風間の顔色はよくなってきていて、声も嗄れ声ではなくなっていた。

「欠員補充? ああ、そんなことを斎藤さんが言っていたね」

 廃校に作られた結界の中の、奈央の双子の姉の事を思い出す。彼女は、その大事故の当事者なのだろう。

 右腕に鬼を飼う奈央。その行きつく先はどうなるのか? ボクはそのことが気になり始めていた。

「当麻の姫は、このまま特殊事案を続けていれば、どうなるのだろうね?」

 ボクの質問を受けて、風間が肩越しにバンの中で作業をしている奈央を見る。

「当麻の血は、特別なんだよ。『鬼』との闘争の歴史が違う。退魔の才能が濃縮されて、脈々と流れているのさ。だが、いつか限界がくる。行きつく先と言ったな? そんなもの、決まっている。術を使うたびに内なる『鬼』に喰われているのだぜ。退魔行の途中で『鬼』に敗れて死ぬか、右腕の『鬼』に喰われて死ぬか、どちらかしかあるまいよ」

 光の中にあると思っていた奈央は、一人で死への長い道を歩いていたというのか。ボクは仄暗い闇の住民だけど、奈央は渇望して止まぬ高みの陽光なのだと思っていた。

「あんたは『当麻の盾』だろ? ならば、この世界と奈央自身、どちらかを選ぶことになるぞ。その覚悟はあるのか?」

 思考がぐるぐるとまわって、風間の言葉が頭に入ってこない。

「謎かけは苦手でね。簡潔に言ってくれないか?」

 何を風間が言っているのか、ボクは理解している。認めたくなくだけだ。

「このまま奈央に仕えていると、いつか奈央を殺す役目を担うことになると言ったんだ」

 やめろ!

 ボクを刺激するな!

 世界など、滅びようがどうなろうが、興味はない。

 ボクの執着は『奈央』のみ。奈央が右腕の『鬼』に喰われたからとか、そんな理由で殺すのは嫌だ。

 初めてボクが一線を越えた殺し、あの要介護の老人の時の様に、運命によって今しかないというタイミングで、殺しを行いたいのだ。

 その時、ボクと奈央は、永遠になる。

「F&Sのギルド、『ガゴゼ』のメンバー、『あしやん』と『豚嫌い』の住居ヤサが割れたわよ!

出発するから、乗って!」

 ウインドを開けて、奈央がバンの中から言う。

 風間の具合もだいぶ良くなってきたようだ。

「その日まで、ボクが生きているとは、思えませんけどね」

 バンに乗り込みながら、風間に言う。

「殉職率、高いからね」

 そう言って、風間は天気の話でもするような顔で笑っていた。



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