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当麻の術式

 奈央が壁面三か所を順番に指差す。

 監視カメラの位置だ。もともと糸の様に細い金子の眼が更にすうっと細まった。

 金子の無礼な態度は、奈央を怒らせるため。暴行事案を誘発して、訴訟を起こすつもりなのだろう。監視カメラの画像はその証拠となる。

 奈央は、それが「お見通し」だと態度で示したのだ。あからさまな敵対する態度を見るに、この金子という男には何か後ろ暗いところがある。

「世の中ぶっそうやさかいね」

 へらへらと笑った金子の歯は黄色くヤニと歯垢で汚れていた。

 堀田巡査部長が小さく「おぇ」とつぶやく。

「あなたが何を隠しているか、私には興味ないの。欲しいのは情報。管理しているゲームのチャット記録とアカウント情報よ」

 金子の片眉が上がる。彼が警戒している何かとは別の事案だと気が付いたようだ。

「個人情報は、そうやすやすと、明かせまへんで」

 奈央が軍用パーカーのポケットに手をつっこむ。金子がやや、腰を浮かす。すぐに動けるようにしたのだ。こいつは、荒事にも慣れている。

 奈央もそのあたりは見取っていたようで、わざとゆっくりとポケットから手を出した。

 その手には、写真の束があった。それを、奈央は熟練のディーラーの様に、テーブルの上に素早く並べる。

 女児の無残な死体の映像だった。

 堀田巡査部長が息をのみ思わず目をそむける。警察官なのにね。

 金子は、表情一つ変えなかった。

「こんなことした奴が、貴様のゲーム内にいるのよ。そいつを捕まえたいだけ」

 驚いたことに、金子は鼻でせせら笑った。

「大変なことだなぁ。だが、こいつらは、日本人の子供だろ?」

 奈央の動きは素早かった。

 金子の髪をひっつかみ、彼奴の頭をテーブルに叩きつけたのだ。

 堀田巡査部長は、飛び上がって驚いていた。ボクが抱き止めなければ、そのまま後ろにひっくり返ってしまっただろうね。

「日本人だろうが外国人だろうが、ならぬものはならぬ! 貴様はそんなことも分らんか!」

 なんとも古風な言い回しだが、そういえば奈央は旧家の出だった。いずれ、彼女もボクを蘇生に来た婆さんの様になってしまうのかね。

「こんなことして、ただではすまさへんで! これは、暴行や! 現職警官による暴行事件やで! 監視カメラがあるのを、忘れてへんやろな!」

 激昂しているかと思いきや、奈央は冷静だった。テーブルに金子の顔を押し付けたまま、

「不思議なことに、監視カメラは全部故障中みたいよ」

 奈央の右手の包帯の隙間から、ゾロゾロと黒い紋様が流れ出ている。

 ボクにはそれが見えた。

 風間にもそれが見えるようだった。

 だが、金子と堀田巡査部長には見えないみたいだ。

「おぞましい……『当麻の術式』かよ」

 風間がつぶやく。

 堀田巡査部長の頭上にクエスチョンマークが見えるようだった。

「急に寒くなりましたね」

 彼女は、ぶるっと震えて、両腕を胸の前で両腕をクロスさせる。小柄な堀田巡査部長だが、豊かな胸がそれで「たゆん」と揺れた。まるで、男を挑発するような仕草だが、彼女にそんな意識は無いのだろうね。もちろん、ボクもそそられない。

 その間にも、蟻の行列のように、三方向へ黒い紋様が流れてゆく。監視カメラの方向だ。

 ボクは謎の集団に死刑執行直後に蘇生され、わけもわからぬまま、軍事キャンプに叩き込まれ、人殺しの技を身に付けさせられた。

 そして、『鬼』と呼ばれるものを追跡し、狩っている。

 誰も謎解きをしてくれないが、奈央こそが一番の謎だ。あの『黒い紋様』は何なのだろう?

 奈央の包帯の隙間から紋様が流れ出る。

 監視カメラに向った流れのほか、金子の口に耳に目にゾルゾルと紋様が入り込んでゆく。

「なんや! このアマ、何しくさった!」

 瘧に罹ったかのように金子の体が震え、顔色が紙の様に白くなる。

「貴様の薄汚い脳に、心臓に、触っているぞ。原因不明の『突然死』をしたくなければ、データを出せ」

 ボクは、奈央にそっくりな姿かたちをした『鬼』を捕えている廃校で、この紋様が南京錠の鍵穴に入り込んで開錠するのを見たことがある。

 堀田巡査部長は完全に魂消ていて、この応接室の壁に背中をつけて、小動物の様に震えている。

 風間は薄笑いを浮かべていたが、嫌悪感を隠す努力すらしていない。

 ボクはにわかに騒がしくなったオフィスに注意を向けていた。日本語ではない言語で、誰かが叫んでいた。

 奈央や風間ならその内容を理解出来ただろうけど、ボクにはわからない。ただし、激怒していることは分かった。

 応接室スペースの簡易ドアを蹴破るようにして、若い男が入ってくる。手には、特殊警棒が握られていた。

 堀田巡査部長は、すくみ上っていて戦力にはならない。

 風間は手を出すつもりは無いようだ。

 残りはボクしかいない。面倒くさいが、奈央を守るためだ。仕方ない。

 奈央と若い男の間に立つ。

 掬い上げる様な目で、男がボクを見た。

「山本さん!」

 堀田巡査部長が切迫した声を上げる。加勢しようと勇気を振り絞ったらしいけど、風間に止められたようだ。風間も少しは役に立つこともあるんだね。

 外国の言葉で、若い男が罵る。

「何言っているか、わからんよ」

 ボクはそう答えて、ずぶりと前に出る。

 男は、この狭い空間で器用に足を折りたたんで、意外と鋭い横蹴りを放ってきた。

 これで分かった。多分、こいつは軍隊経験者だ。

 腕でその蹴りを薙ぎ払い、軌道を変えてやる。

 ボクがそう受けるのを予測していたかのように、特殊警棒が横殴りに振られた。

 ボクは頭を下げて、それを潜る。ボクが訓練を受けていた、マーシャル・アーツと組み合わせたナイフコンバットはもっとえげつなかった。

 この若者は、訓練は受けているけれど、実際に人を殺したことがないのだろう。だから、妙に『お行儀がいい』のだ。要するに技術に酔っているだけ。

 ボクは特殊警棒を持った相手の腕をからめ捕り、体に抱える様にして捻った。

 メリッという、鈍い音がして、彼の右手は肘の部分から有り得ない方向に曲がっていた。

 同時に、一歩踏み込んで足を刈る。柔道の大外刈の要領だ。蹴りを放った直後なので、男の左足には体重がかかっている。そこを払われたのだ。

 ふわっと男の体が浮いた。顔面を鷲掴みにする。そのまま床面に叩き付けた。奈央を襲おうとしたのだ。受け身すらさせる気はない。

 重いボーリングのボールを床に落としたような音がした。

 男は白目を剥いている。ボクの手には、男の唾液がついてしまっていて、実に不快だ。タバコのヤニとニンニクの様な匂いがする。

 ボクは唾液が服につかないように注意しながら、背広のポケットからウエット・ティッシュを取り出して、丹念に手を拭く。

 何人かが、応接スペースの外でうろうろする気配があったが、あっけなく若い男が制圧されたのを見て、踏み込むことを躊躇っているようだった。

「銃刀法違反の現行犯と公務執行妨害の現行犯だよね」

 男の手の特殊警棒を指差して、ボクは風間に言った。

「だね」

 興味なさそうに風間が答える。

「逮捕しないの?」

 風間が肩をすくめる。彼の様なチャラい外見の男がやると、サマになる。

「しないよ。めんどうくさい」

 なるほどね。初めてボクは風間という男に共感した。



諸般の事情で、少し間隔が開きました。

なんとか、再開いたします。

エタらないようにがんばります。

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