ガゴゼ
盗撮用のCCDカメラは、ブース内を覗き込むような角度で設置されていたので、タムラがここのPCを使って何を起動させていたのか、すぐに分かった。
奈央やボクはツイッターなどのSNSを起動させると予測していたのだけれど、彼が起動させたのはネットワーク・ゲームだった。戦士や魔法使いといったキャラクターを操作する人気があるゲームらしい。
参加している不特定多数のユーザーと協力して強い敵と戦ったり、ユーザー同士徒党を組んで殺し合いをしたりするそうな。
血しぶきが飛んだりして、それなりにリアルだけど、ナイフを刺した時に感じる筋肉のうねりや、脈動の微かな動きなどは感じられないだろうね。
これって、意味があるのだろうか?
「タムラがやってるのは、『ファイター&ソーサラー』というゲームで、まぁまぁ人気があります。私もアカウントもってますよ」
堀田巡査部長が、眼をくりくりさせて、タムラの静止画像を指差しながら言う。
画面にはタムラが見ているPCのモニターが移っており、そこには当該ゲームのパスワード入力画面らしかった。
「タムラは『ガゴゼ』というギルドに所属していて、もっぱらそこでギルドチャットなんかしていたみたいですね」
ゲームに疎いボクは『ギルド』とやらの専門用語で躓いてしまったのだけど、奈央も同様だったみたい。
ただし、『ガゴゼ』という言葉、ゲームではなく専らチャットしていた事、この二点が気になったらしい。
「メールとかだと、ログが残るよね。SNSなんかもそう。ゲーム内の会話は、ログが残るの?」
奈央が画面に身を乗り出して、堀田巡査部長に尋ねる。
頬ずりするほど接近しているのだが、奈央は気にしていないようだった。
堀田巡査部長は、小声で「近い、近い」と言っていたけれど。
同性でも、奈央のような中性的な美形だとドキドキするものらしい。
「わざわざ記録を取れば別ですけど、『ログ流れ』といって、一定量会話が流れると古い記録は順次消えていきます」
奈央が、堀田巡査部長を労わる様に、彼女のか細い肩をもむ。
ボクがやったら、セクハラになるよね、これ。
「よくやった。堀田君。奴ら、このゲームのチャット機能を使って連絡とっていやがったんだよ。それに、『ガゴゼ』という言葉、幼児語の古語で『お化け』を意味する言葉だよ。攫われた子供たちにとって、奴らは『ガゴゼ』というわけ」
奈央の闇色の眼に火が灯った様だった。
微かな臭跡をかぎつけた、獰猛な猟犬の眼。
ああ、ボクはどうせ死ぬなら、奈央のそんな眼で見られながら死にたいと思う。
「堀田君、運営会社に家宅捜査令状とってね。山本は画像をチェックして会話内容を把握しとけ。カガリちゃんと手分けして」
姿を見せない人と、どう手分けしたらいいんですかね?
ボクと奈央の会話をどこで聞いていたのか、カガリちゃんからメールが来る。
三日分の画像データが送られてきていて、これがボクの割り当てらしい。
カガリちゃんは、優にボクの五倍以上の画像データを処理することになるのだけれど、いいのだろうか?
ボクがそう思った瞬間、またメールが届いた。それは……
「大丈夫」
という文字の後ろにハートマークがついたメッセージだった。