捕捉
店長だと名乗る男が出てきた。
あからさまに面倒臭そうに店の奥から登場したのだが、奈央を見て背筋が伸びた様だった。
こんな、埃っぽくて、ヤニ臭くて、薄暗い空間に、目が覚めるような長身の美女が登場すれば、誰でも一瞬思考は停止するだろう。
店長の視線が、奈央の足先から顔まで、それこそ嘗めるかのようにたどっている。彼の頭の中で、何が再生されているか、その表情を見ればわかる。
奈央はまったく気にしていないようだが、ボクはその視線を遮って思い切りぶん殴りたい気分だった。
ボクから、かすかに漏れた殺気を察知したのか、奈央がさっと手を上げる。
『待て』のサインだ。
ボクの事は、躾の出来ていない凶暴な犬とでも思っているのだろうか。
いっそのこと、「うぅ……わんわん」とでも返事した方がいいのだろうか。
「あなたが、店長? 鑑賞が終わったら、話を聞いてくれる?」
店長が、あわてて視線を外す。
脂ぎった顔が、赤らんだのが実にキモチワルイ。
「店内の防犯カメラの映像を、貸してほしいのだけど、いい?」
「それは、構いませんが……」
店長が口ごもる。何かあるなと感じた。
奈央も同じ様に感じたみたいだった。
「いいのよ、うちは殺人の捜査で来ているだけだから。軽犯罪は興味ないの。盗撮とか……ね」
奈央はカマをかけたのだが、ビンゴだったようだ。
店長は、赤くなったり青くなったりしながら、落ち着きなく左右の足に体重を移動させていた。
欲求不満の熊を連想させる動きだ。彼が動揺した時の癖なのだろう。
この男は、実にイライラさせられる。
いやらしい眼で奈央を見たのが、それほどボクは気に入らなかったのかと、我ながら驚く。自分の保護者気取りに、反吐が出そうだ。
『新・貧困層』
……と、いう言葉がある。
定職も家もないホームレスと、低所得者層の中間に位置する人たちだ。
彼らは、着の身着のままの汚れた服装をしていない。
一見すると、普通のサラリーマンやOLと見分けがつかないのだが、こうした『サイバー・ピンク』のようなネットカフェで寝起きし、短期のアルバイトや日雇いの仕事につきながら、この底辺から抜け出そうと足掻いている者たちだ。
気力を失い、ゴミあさりなどをしているホームレスとは、そこが違う。小きれいにしていないと、就職もままならないので、手持ちの資金からスーツのクリーニングなども行う。
職にあぶれた『新・貧困層』の女性には、手っ取り早く『割り切り』で銭を稼ぐ者もいた。言い方を変えて罪悪感を軽減しているが、要するに『売春』だ。
この『サイバー・ピンク』の店長は、利用規約に反して他者を外部から連れ込む行為を黙認し、それを監視カメラで撮り、窃視願望を満たしていたのだろう。
「あそこは、監視が緩い」
……そんな噂が広がれば、そうした『割り切り』目当ての女性が集まる。一種の共利共生関係の出来上がりだ。
監視が緩いということは、入会に際しての審査も甘いということ。
先ほどの店員の頭のレベルを見れば、なんとなく理解は出来る。
そして、タムラのような犯罪者にも目をつけられたということか。
会員名簿を見せてもらったが、タムラの名前はなかった。
監視カメラの映像により、タムラの入店日時はわかるので、逆算してそれらしき人物の会員番号を調べ、入会時に提示される身分証の写しを調べてみたが、偽造免許証だった。
タムラが入店した日時の監視カメラ映像のデータを、カガリちゃんのPCに圧縮ファイルで送付した。
窃視目的の監視カメラなので、各ブースの中まで見えるように角度が調整されている。隠しカメラの映像もあった。
タムラは用心深く監視カメラから遠いブースを利用していたようだが、そうしたブースは『割り切り』の女性が好んで使うので、隠しカメラがタムラの様子をしっかりとらえている。
犯罪者のアジトの映像から、駅や町の映像を手繰り、今度は軽犯罪者の違法映像にタムラは捉えられた。
最初と最後に犯罪者がいなければ、タムラは捕捉できなかったわけで、なんとも皮肉な結果だ。