サイバー・ピンク
奈央はバイクが好きみたいだった。
使い込んだ感のある傷だらけのハーフヘルメットと、ゴーグルを嬉々としてロッカーから出して、地下の駐車場に向かっている。
ボクは何とかバイクに乗らなくていい理由を必死で探し、
「ヘルメットがありません。警官がノーヘルってわけにはいきませんよね?」
と言ったのだけれど、奈央から予備のヘルメットを渡されて万事休すとなってしまった。
スーツ姿にバイクは似合わないし、両手がふさがるのが気にいらない。
「せめて、原付になりませんかね?」
渋滞をすり抜けるなら、原動機付き自転車でもいいはずだ。操作が簡単だし。
「原チャリじゃ、階段とか登れないよ?」
そういう競技じゃあるまいし、モトクロスバイクでも都内じゃ普通は階段とか登りませんて……。
たしかに、移動手段としてバイクは都内を駆けるなら早い。
警察にも、通称『トカゲ』と呼ばれるバイクを使った特殊部隊があり、彼らもまた、道なき道を行くことを考慮し、モトクロス仕様のバイクに乗るらしい。
SAT(特殊急襲部隊)と同じく、覆面部隊なので実態は知られていないけど。
奈央は、タムラが頻繁に使っていたと思われるインターネットカフェに入っていった。
店の名前は『サイバー・ピンク』。
ボクの初の臨場の時の店の名前『うさぎっ子倶楽部』といい、新宿は店の名前に脱力してしまう店名が多いような気がする。
奈央に続いて店内に入る。
久しぶりにバイクに乗って、変に力を入れてしまったからだろうか。股関節が痛い。奈央がやたら飛ばすので、ついていくのに必死だったからだろう。
「らっしゃっせ~」
としか聞こえない呪文の様な言葉は、おそらく『いらっしゃいませ』なのだろう。
頬がこけた、薄汚い脱色した髪を雲丹の様に立たせた男が、手にしたスマホから目を離さずに言う。
どうやら、これが店員らしい。
「時間は一時間刻みであるス。三時間以上だと割引あるッスよ。ゲームやんなら、ハイスペック機がおすすめっス」
何度も説明しているので、テンプレート化しているのだろう。
こちらに目さえ向けずに、そんな事をその店員らしき男は続けた。
「客じゃないのよ、店長呼んできて」
苦笑を浮かべつつ、奈央が言う。
ボクは、入り口をぐるりと見回していた。
防犯カメラの位置を確認していたのである。
「へ? あれ? あぁ…… 誰?」
目の前に立つ、まるでモデルのような長身の美女を見て、金髪雲丹君が呆ける。
「警察です。店長の話が聞きたいから、連れてきてくれる?」
奈央との付き合いはまだ短いけれど、彼女はこういう類のちょっと頭のねじが緩いタイプの人間には、優しい。威圧しないし、辛抱強いのだ。
「いま、呼んできます。あの……店長また何かやったんですかね?」