「タムラ」の足取り
余計な事に気が付いてしまった。
ボクの数少ない「執着」のリストに奈央が加わっていたとは。
恋愛感情とは少し違うと思う。もっと、奥底にあるドロドロとした欲望のようなもので、それはボクにとっての古い古い馴染だ。
これに突き動かされるようにして、ボクは「殺し」を続けてきたのである。
結局、ボクは社会生活不適合者で、反社会的な傾向をもつ連続殺人鬼。
斎藤はボクを「リセットされた」と、言ったのだけれど、根本のところは変わることがない。
ボクは暗く冷たい水底に潜んでいる怪物だ。
人が誰でも持っているものが欲しくて、知りたくて、迂闊に水を覗き込んでくる人を喰らっていた怪物。
それでも飢えは決して満たされることなく、もっと、もっと、とボクを苛み続けるばかり。
ボクには奈央がまぶしい。
活力にあふれ、恐怖を克服し、その血統に刻まれた御業をもって鬼を討つ。
だから、ボクが彼女をめちゃくちゃに壊してみたくなる。
触れてはいけない崇高にして神聖なものだから、汚したくなる。
ボクのような怪物が、この世に存在してはいけない理由はそこだ。
ボクは、歌舞伎町の手前にある古い喫茶店に入った。
テイクアウトのコーヒーを淹れてもらうためだ。
この店にもモカ・イルガチャフィーがあり、それを二つ買った。
一つはボクに。
一つは奈央に。
奈央の恐怖をむき出しにしたいという願望はあるのだけれど、彼女に嫌われたくない、守りたいという気持ちもある。
矛盾した心の動きでやや混乱するのだけれど、これが今のボクだ。受け入れるしかない。
新宿署の地下にある奈央のオフィスに戻ると、堀田巡査部長が本社から戻ってきていた。
奈央とPCの画面を覗き込んでいる。
ボクは馬鹿みたいに、珈琲を二つ持ってただ立っていた。
「お、気が利くね」
奈央がPCの画面から目を離さずに、左手を差しだしてくる。
ボクはその手に、珈琲の紙コップを握らせた。
堀田巡査部長が、小動物めいたくりくりした眼をボクに向けてくる。
ボクは仕方なしに彼女に残りの珈琲を渡す。
「いい香り。でも、私ミルクとお砂糖がないとコーヒー飲めない人なのです」
といって、カップをもって給湯室に向かう。
モカ・イルガチャフィーに、粉末のミルクと砂糖だって?
ああ……そんなことされるのなら、いっそボクが飲んでしまえばよかった。
画面は、初台駅から提供された画像だった。
ここは、さすがに監視カメラの位置が、自称「タムラ」にバレているので、顔認識ソフトに引っかかるドジは踏まないだろう。
ただし、店舗に偽装した犯罪組織のアジトの映像から時間帯を絞ることが出来、検索範囲はぐっと狭まる。
あとは、注意深く画像を監視して特徴的な「タムラ」の体格に合致する人物を洗い出せばいい。
地道な作業だが、時間帯が限定されているので対象者は百人前後。
自称「タムラ」が、どこから乗車して初台駅で降りたのか、足取りを掴むのは時間の問題だ。
廃墟と化した団地で確保した「タムラ」は、新宿三丁目で乗車していることがわかった。
新宿三丁目の画像データを取り寄せ、更に検索をかける。
どこの出入り口を主に利用しているかがわかれば、その地上の防犯カメラ映像を集める。
パズルのピースのように、映像の断片を繋ぎ合わせてゆくと、「タムラ」の行動が読めるようになった。
奴が頻繁に出入りしていたのは、新宿三丁目にあるインターネット・カフェだった。
「堀田さんは、このことを根岸君に報告。山本、いくよ」
おそらく、インターネット・カフェに向かう気だ。
彼女は、どこに向かうとも言わないので、類推でしかないけれど。
我々は新宿署の地下駐車場に向かった。
車に乗り込むのかと思ったのだけど、奈央が向かったのはバイクだった。
ヤマハ製のモトクロス用二百五十CCバイクだった。たしか、セローとかいうバイク。
「新宿管内は渋滞が多いからね。バイクの方が移動が速いんだよ。山本は、乗れるよね」
「はぁ、まぁ……」
バイクは得意じゃないし、好きじゃないんだけどね。