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心の靄

 ボクが持ち帰った映像は、いつの間にかカガリちゃんが回収し、顔認識ソフトにかけられたらしい。

 店に出入りしていた犯罪者の顔が判明したのは副次的なもので、我々の狙いは奈央が確保した自称「タムラ」の足取りを探る事。

 タムラは、おおよそ夜八時にその店の前を通ることが多いのがわかった。

 そこから、最寄りの駅は京王線の初台駅。

 夜七時後半の駅の防犯映像を取り寄せる。これは、電話一本でデータを入手出来た。そのデータはカガリちゃんのメールアドレスに圧縮データにして送られた。

 カガリちゃんが、どこで作業しているのかはわからない。

 一応、このオフィスにもカガリちゃんの席はあるのだけれど、ボクは彼女がそこに座っているのを見たことがないのだ。


 カガリちゃんが、データを検索している間を、食事の時間に当てる。

 外はもう夕方になっていて、良く考えたらボクは朝から何も食べていないのに気付く。

 ボクは美食に興味はない。

 『未来はこうなっているに違いない』

 といった類の児童向けの本があったが、そこに、人類の食事はサプリメントだけになるといった事が書いてあった気がする。携帯電話とかリニアモーターカーとか、実現していたのだがら、「錠剤が食事」も実現してほしかった。

 そんなことを考えながら、一日に一粒だけ奈央に渡されるカプセルを飲む。

 この解毒剤がないと、ボクの免疫は破壊され、あらゆる病気に罹病して死ぬ。鼻かぜ程度の病気でも、ボクの体は深刻な被害を受けるのだ。

 これが、ボクを縛る見えない鎖。

 奈央とボクを繋ぐ死の絆。

 ボクは、殺意を向けてきた犯罪者を殺してしまった。ボクは今でもそれを、正当防衛だと思っているけど、奈央はまだ怒っている。

 新宿御苑の夜以降、なんとなく二人の距離が縮まったような気がしたのだけど、今はギクシャクした感じだ。

 修復するにはどうしたらいいのだろうと、考えているボクがいた。

 他者に興味が薄いボクにしては、本当に珍しい心の動きだ。

 中華料理を出すチェーン店のパサパサしたチャーハンを機械的に口に運びながら、奈央の事を思う。

 なるほど、ボクは彼女を気に入っているのだ。

 ボクは自分の身勝手な欲求のために人を二十三人も殺している。

 じっくりと獲物を品定めし、観察し、計画を立て、実行した。そこには、狩りの喜びのようなものがあった様な気がする。

 ボクは今、奈央を品定めしているのかもしれない。

 そして、いつかボクは奈央を殺してしまうのだろう。

 ボクには生命の実感がなく恐怖もない。泡沫うたかたのように流れ、消えて行く。奈央はそんなボクを繋ぎ止める確たる錨だ。

 錨を捨てて再び漂いたいという思いと、しっかりと繋ぎ止めてもらいたいという願望がせめぎ合う。

 こんな気持ちになったことは、今までなかった。

 ボクは一度死に、蘇生した。そのことが、ボクの何かを変えてしまったのかもしれない。


 気が付くと、チャーハンは食べ終わっていた。

 旨いと感じることも、不味いと感じることもない食事だった。

 新宿の「バットカンパニー」で、盲目のバーテンダーが出してくれた、オープンサンドを思い出す。あの時は旨いと感じることが出来た。

 今と、何が違うというのか?

 あの時は、奈央が一緒だった。ボクは忠犬よろしく奈央の後をついて回っていたのだ。

 カルキくさい水を飲む。

 ボクは気が付いてしまった。

 なんとまぁ、ボクは奈央のために情報収集してきたのに、殴られたことに傷ついていたのだ。

 ボクは二十三人を殺して埋めた連続殺人鬼。

 前例のない、人殺しの『事例・零』だ。

 こんな人並みの感情を持つことは許されない。

 ボクはのたうちまわりながら「ファック、ファック」と喚きつつ、醜く死ななければならないのだから。

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