USBメモリ
「外回りを見てきてくれますか? 内部はボクが見ますよ」
ボクの提案にすぐ堀田巡査部長が乗ったのは、ここから出たかったから。どうやら彼女には危険を察知する本能みたいなものがあって、この店舗を危険と判断したのだろう。
たまに、こういった特技を身に着けている人がいる。ボクが殺害のターゲットとして狙っていながら、諦めざるを得ないタイプがこういうタイプだ。
殺せないことはないけど、リスクが高いんだね。わざわざハイリスクの相手を狙うことはないと、当時のボクはそう考えていた。
堀田巡査部長が外に出たのを見届けて、ボクはレジカウンターに向かった。レジスターの陰にいる男は、瞬きもせずにボクを見ていた。
目が糸のように細いので、瞬きしてもボクには分からないだけかもしれないけど。
「気付いているかと思うけど、ボクは警察官だよ」
男は無言をもってボクに応えた。
反感。
殺気。
軽蔑。
この男から感じるのは、こういった気配だ。犯罪者が警察官と遭遇した時に見せる反応である。
「でも、君を捕まえに来たわけじゃないんだ。防犯カメラの映像データが欲しいんだよ。渡してくれないか?」
男の細い目が、更にすっと細まる。僅かに口角があがった。
笑ったのかも知れない。
「ないね。そんなモノはない」
『面倒くさい』
その時、ボクが思ったのはこんなことだった。
こいつは、おそらく外国人だ。
日本で非合法なことに手を貸している人物に相違ない。
そして、日本の警察をナメている。平和ボケした日本のポリスマンに何が出来るのかと、バカにしているのだ。
ボクの左手が、スーツの裾を跳ね上げる。
同時に右手がショルダー・ホルスターのS&W M29のグリップを掴み、抜く。
一瞬で、M29の銃口が、ゴリっと男の眉間に押し付けられていた。
男は身じろぎしたが、そこまでだった。
即座に動く準備が出来ていなかったのだ。肉体はもちろん、精神も。
まさか、日本の警察官がギャングかマフィアみたいに拳銃を振り回すとは思っていなかったのだろう。
「そのまま、両手をカウンターの上に出せ。ゆっくりとね」
本気であることを示すために撃鉄を起こす。
カチンという金属音は、どんな脅し文句より雄弁だ。
「アンタ、ほんトに警官カ?」
今度はボクが無言で応じる番だ。ニンニクと、饐えた汗の匂いに交じって、恐怖の匂いがする。
男が、手をカウンターに乗せた。
男の手には、刃渡り二十センチほどの両刃のダガーナイフが握られていて、これは、軍の特殊部隊で使われているものと同型だった。
「ゆっくり、手を広げてナイフを離せ」
ボクの言葉に男が従う。糸のような目は、憎悪と恐怖を湛えてボクを見ていた。
「本当に、君を逮捕にきたわけじゃないんだよ。君の商売にも興味はないんだ。画像データをくれればボクは退散する。約束するよ」
丁寧にボクの立場を説明したのだけれど、まぁ信用しないだろうね。逆の立場だったら、ボクだって信用しない。
別件で、偶然に犯罪者のアジトに来てしまった。
ボクにとっても、相手にとっても、ツキがなかったってこと。
『仕方ないか』
ボクは、カウンターから素早くナイフを拾って、カウンターに突き立てた。
ナイフの切先は、男の右手の甲を貫き、カウンターに縫いとめていた。
男は歯を食いしばったが、呻き声一つ立てない。
間違いない、こいつはプロだ。
ナイフを抉る。男の潰れた鼻に皴が寄り、汗が一条流れた。
そのうえで、更に強くM29の銃口を額に押し付けた。
男が上を向く。
ボクはナイフをカウンターから抜いて、横一文字に払った。
男の喉がパクっと裂けて血があふれた。
男は「信じられない」という顔をして、床に倒れた。
ボクが拷問でもすると思ったんだろうね。だけど、そんな面倒な事はしない。コイツを排除して家探しすればいいだけの話だ。
外で見張っていた堀田巡査部長の所に行く。
ボクのポケットにはUSBメモリがあり、一ヶ月程度の監視カメラの画像データがそこには収められていた。
ここは商店を装った犯罪組織のアジトだ。
巧妙に隠された監視カメラが何ヶ所か店の外にあった。
監視カメラを犯罪の抑止力として使うのなら、わざと目立つように設置する。隠すのは、後ろめたい証拠だ。
奈央に確保された大男は、必ずこの監視カメラに映っているはずだ。
目立つ監視カメラなら、大男に避けられたかもしれないが、偽装された監視カメラなのだ。まさか撮られているとは思わなかったはずなので、記録されている可能性が高い。