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恐怖の匂い

 逮捕した大男は、黙秘を続けている。

 どこの誰かすらわからないのだ。

 指紋でも、DNA鑑定でも、犯罪歴はなし。いかにも犯罪者って外見なのに、綺麗なものだ。

 所持品からは身分を証明する品物は何もなく、持っていた携帯電話は、規制される直前に大量に買われた古いプリペイド携帯だった。追跡は不可能だ。

 しかし、連絡手段は絶対にあるはずで、信奉者を洗脳するためには音声が必要なことから、必ず電話なり直接会うなりしていたはず。

「ボクが吐かせましょうか?」

 という提案は、即座に拒否された。超法規的な存在である当麻家といえども、拘留中の容疑者を拷問するのは問題があるらしかった。

「足取りを追うしかないかもね。カガリちゃんに頼んで、『顔認識ソフト』を利用しましょう」 

 空港などで使われるシステムだ。

 眼や鼻の位置や耳の形などから個人を特定する仕組みで、監視カメラなどの映像に指定した人物が映っていないかどうか、走査する。

「あの大男がいた団地の周辺の監視カメラの映像を集めて、どの時間に、あの大男がどこにいたのか手繰ってゆくしかないわね」

 気が遠くなるような手間だ。だが、やるしかない。

「山本と堀田は、現地のカメラの確認。私はカガリちゃんと、ソフトの用意をしておくわね」

 また、面倒な部分は丸投げですか。やれやれ……


 堀田巡査部長の膝の上でくつろいでいた斎藤伝鬼坊が、我々が動く気配を感じ取って、奈央の肩に飛び移る。

 この、生意気な黒い毛玉は、相変らずボクを見下したような目で見て、フンと鼻を鳴らしてそっぽを向く。本当に、ボクのことを自分より下位の存在だと思っているのだろう。

 二十一本の飛来する矢を打ち落とした剣豪、天流の開祖、斎藤伝鬼坊。二十二本目の矢を体に受けて、落命した悲運の持ち主だ。

 ボウガンの的にされていた子猫に、『二十二本目の矢を打ち落としたい』という剣豪の妄執が憑いたのが、こいつらしい。

 奈央が討伐に向かったらしいのだが、どういった経緯で行動を共にすることになったのかわからない。

 言えるのは、この黒い毛玉は奈央を守ろうとしていること。ボクにはわからない絆みたいなものが、この一人と一匹にはあるのだろう。


 いつの間にか、特殊事案の専従班にされてしまった堀田巡査部長は、かなり戸惑っていたが、順応は早かった。

 不満をぶちまけているヒマがあったら、誘拐された女の子を探すのが先決。そういった割り切りをしたのだろうと思う。

「気味の悪いところですね」

 廃墟となりつつある団地を、堀田巡査部長が見回す。

 夕闇迫る時間帯ともなれば、家路を急ぐ人々や夕餉の支度をする匂いなどがしても良さそうなものだが、寂寞とした静寂ばかりがこの地域にはわだかまっているかのようだった。

 コンビニエンスストアがない。店の内外を写す監視カメラが、大抵の店にはあるので、期待していたのだが、完全に撤退してしまっているらしい。

 明らかに日本語でない言語で書かれた看板があり、何を売る店なのかよくわからない店舗が、そのコンビニエンスストアの空き店舗で営業していた。

 監視カメラは期待でき無さそうだけど、一応訊いてみるか。


 店に入る。本来自動ドアのはずのガラスのドアには吸盤で取っ手が張り付けてあり、手動で開閉させるらしかった。

 バネ状の金属板の先に、カウベルの様なものが結わえつけてあって、ガラス戸をあける時の振動で、チリンチリンと鳴った。

 スパイスやニンニクの匂いが鼻をつく。

 ボクは、辛い物もニンニクも好きではないので、少し不快だった。

 乱雑な店内は、まるで輸入食料品の倉庫のようで、どんな規則性があるのか全く理解できない配列で、得体のしれない瓶詰や、袋入りのインスタントラーメンなどが、並んでいた。

 手書きのラベルが貼られたDVDなんかも棚に並んでいて、これは明らかに海賊版だと思われた。

 携帯電話やPCの部品も棚の中にあって、その隣に萎びた野菜が置いてあったりする。

 いったい、ここで誰が買い物をするんだろうね。

 

 無人かと思われた店内には、一人だけ店員がいた。

 古めかしいレジスターが乗っているカウンターがあって、一昔前のデザインのチューインガムなどが並んだ小さな棚がそのカウンターには乗っていた。

 埃をかぶったそのガムは、何年前からここにあるのか知らないけど、賞味期限は確実にぶっちぎってるだろう。

 その小さな棚に顔の半分を隠すようにして、一人の男が我々を底光りする目で見ていた。

 将棋の駒を逆さまにしたような輪郭。

 肌は不健康に白く、そばかすが高い頬骨に浮いていた。

 目は剃刀で切りこみを入れたように細く、三白眼だった。

 堀田巡査部長は、彼の存在に気が付いていない。まるで、蛇の巣に潜り込んでしまったリスのように怯えていて、視覚情報を脳が処理していないのだ。

 堀田巡査部長は、無意識にボクの方に身を寄せて来ていた。

 柑橘系の彼女のコロンに混じって『恐怖の匂い』がする。

 吟味して選んだ犠牲者が、ボクの正体を知った時、こんな匂いをさせていた。脳内麻薬みたいなものが分泌されるのだろうね。恐怖には匂いがあるんだよ。

 

 

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