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警察組織を使って、相手の行動範囲を狭める。
警察組織を使って、相手の居場所を特定する。
平安の昔から、当麻一族はそうやって獲物を狩ってきた。堀田巡査部長は、連綿と続く当麻ドクトリンともいうべき軍事作戦教理の歯車に組み込まれたわけだ。ボクと同じように。
堀田巡査部長を置いて、根岸警部は出掛けて行った。誘拐されたと思われる少女の家に向かっている捜査班に合流するためだ。
篠田太郎とかいうロリペド野郎に憑依しているアレは、彼の願望に共鳴してシンクロしている意志のある情念だ。
何も知らない子供を愛でて、壊し、喰らう化け物。
そいつは、きっちり一週間攫ってきた子供を生かしたのち、凄惨な手口で殺害する。
その一週間の間に何が行われるのか、誰も知らない。攫われた子供は全て殺害されてしまっているからだ。生存者などいない。
彼奴は連続殺人犯だけど、ボクと違って犯行のサインを残す。内臓を抜き取られた死体がそうだ。検死解剖と全く同じ手順でY字型に胸部を切り裂き、内臓を取り出す。取り出された内臓は、見つかっていない。おそらく、喰らったのだろうと言われている。その推測の根拠は聞きたくない。なんとなく、想像はつくけどね。
ボクは篠田と同じ「死」に魅入られた化け物だけど、趣味が合わない。
ボクは「殺害の行為」と「死を目前にした人の足掻き」に執着があったのだけど、篠田には内臓を抜き取って体腔内を空にする事に執着しているみたいだ。こんなの、理解できないし悪趣味だ。
堀田巡査部長は、上空を鷹が旋回している広場にのこのこ出てきてしまったリスのように、落ち着きなく当麻の姫様のオフィス……と、いうより、単なる仕切られた空間……を見回していた。
当麻の姫様は、その長身、堂々とした態度、油断のない動き、そして何より虚無を讃えた闇色の眼により、いかにも捕食者という雰囲気を醸し出している。
対照的に堀田巡査部長は、華奢な体格、おどおどとした仕草、まるで防盾のようにノートパソコンを抱えたポーズ、心なしか震えたような声から、リスのような小動物を連想させた。
そういえば、くりくりとした大きな眼なんかをみると、リスに似ていなくもない。
「プリンター、あっちね。資料は全てプリントアウトして。私はコーヒー淹れてくるよ。あのホテルのコーヒーはゲロ不味じゃないの。あそこが指定されたのは、根岸の嫌がらせだね、きっと」
イラついた声でがなりながら、足音高く給湯室に向かって行った。
堀田巡査部長は、明らかに怯えつつで奈央を見送り、縋るような目線をボクに送ってきた。ますます小動物っぽい。ショートボブの髪の先が微かに震えていて、今にも泣きだしそうだ。
「手伝いますよ。一緒にやりましょう」
仕方なしにボクは言った。なんだか、彼女が可哀想になったのだ。
「あ……ありがとうございます。山本巡査部長」
くりくりとした大きな眼の端にじわっと涙を浮かべながら、彼女がぺこりと頭を下げる。
「山本でいいよ。ボクは君をどう呼べばいい?」
「では、私の事は堀田でいいです」
比較対象が奈央なのでかなり不利だけど、堀田巡査部長はかなり可愛い部類だろう。
小動物っぽいところもあるので、汗臭い警官男子的には大好物なタイプだろうと思う。ボクの趣味ではないけど。ボクは、生命エネルギーに満ち溢れている人が好きだ。堀田巡査部長のように儚い感じがする人は、殺しても面白くない。感動が薄いのだ。
「山本さんって、いい人ですね」
ホワイトボードに写真や資料を張り付ける作業を手伝っていると、不意に堀田巡査部長が言った。
「生まれて初めて言われたよ。そんなこと」
連続殺人鬼だからね、ボクは。
「よく見ると美形だし、紳士的だし、きっとモテるんでしょうね」
ああ……、これは、あれだ。彼女は、この場所が恐ろしくて、なんとか頼れる人物を、本能的に探しているのだ。
「いや、そんなことも、生まれて初めて言われたよ」
思わず苦笑が浮かぶ。彼女についてもう一つ情報が加わった。
『絶望的に人を見る眼がない』
……だ。彼女は心が弱い。奈央とは対照的だった。
あらかた、資料をホワイトボードに貼り終えた時、珈琲のいい匂いが給湯室から漂ってきた。
奈央は気が向くと、焙烙を使ってコーヒーの生豆を炒って、ローストしたての珈琲を淹れる。
基本的に、面倒なことは他人任せにしがちだが、こいつは数少ない例外だ。
「いい香り」
小ぶりな鼻をひくつかせて、堀田巡査部長がうっとりとめを閉じる。やることが、いちいち小動物っぽくて、そういうのが好きな向きにはたまらないだろうね。
「きゃっ!」
堀田巡査部長が飛び上がる。
そして、反射的にボクに抱きついてきた。
「何かが足に!」
ボクは、思わず彼女を突き飛ばしたくなる衝動を抑えた。
ショルダーホルスターからM29を抜きにくくなる姿勢になると、イラつくのだ。
ボクのM29は、山奥で拉致してきた人を獲物に見立ててハンティングしていた男の所有物だったもの。呪われた銃。そんな噂が付きまとう、血まみれの銃だった。
ボクはその所有者になって以来、どうやらこの銃に憑かれたみたいだった。
極端に執着が少ないボクの例外の一つがこの銃だ。
「にゃあぁん」
聞いたことが無いような、甘えた声。それが床の方から聞こえる。
まさか、斎藤伝鬼坊とかいう、生意気な黒い毛玉か?
「あ、猫ちゃん!」
堀田巡査部長が、素っ頓狂な声を上げる。そして、自分がボクに抱きついていたことに気が付いたのだった。
「あ、わ、ごめんなさい」
彼女は真っ赤になって、まるで焼けたストーブにでも触れたかのように、私から離れた。
「そこのテンプレ・ラブコメ野郎ども。会議するよ」
珈琲サーバーを持った奈央が現れたのが、そのタイミングだった。




