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当麻流 『鉈落とし』

 廃墟の雰囲気がある団地の中に入ってゆく。

 昔風の都営住宅で、無機質な半露天階段が上に続いていて、その踊り場毎に住居の入り口がある造りだ。

 各ドアは鉄製で、ペンキが剥げ、錆が浮いている。

 東京都住宅局のシールが張られて、立ち入り禁止にされている部屋が多い。新規の入居者は募集されておらず、賃貸契約の更新もされない。

 現在、入居している人たちの賃貸契約が終わった段階で、この団地は取り壊されるそうだ。


 奈央は、四階にある一室の前で足を止めた。

 ここが目的地らしい。

「話聞きたいから、殺しちゃだめよ……と、いっても、山本は殺しの訓練しかしてないんだっけね」

 奈央は肩をすくめて、ボクに身振りで後ろに下がれと言った。

 ボクは、新しく支給された紺色のスーツの前ボタンを外した。いつでもM29を抜けるように。

「タムラ! いるんでしょ。警察よ。開けなさい」

 奈央はそういって、ガンガンと扉を蹴る。随分と乱暴なノックだこと。

「ま、開けるわけないよね」

 奈央は右手の汚い手袋を外して、素手でドアノブを握る。

 カチャンという、ロックが外れる音がして、そのまま奈央はドアを開けた。

 その手は『砲』を編むばかりでなく、合鍵も作りますか。

 ボクは謎に満ちた相手と戦っているが、一番の謎は奈央本人なのかもしれないね。

「入るよ」

 ブーツのまま、ずけずけと、室内に入る。

 入り口を入ってすぐに六畳間ほどのキッチンがあり、扉が二つ。一つは洗面所と風呂、一つはトイレらしい。

 ガラスの引き戸で仕切られた部屋があり、その先が八畳間ほどの畳の部屋になっている。


 男は、何もない八畳間に立っていた。

 キッチンもそうだけど、全く生活臭がしない空間なのだ。

 簡易折り畳みベッドが一つ。

 その上に寝袋。

 それだけだ。

「意外と、遅かったっすね。当麻の姫様」

 男が言う。

 タレコミ屋というよりは、荒事専門のチンピラに見える。

 身長は百八十五センチくらいか。狭い部屋では、かなり圧迫感がある。

 体重はおそらく九十キログラムくらいはあるだろう。

 筋肉で胸も足もパンパンだった。

「やっぱり、ボクがやりましょうか?」

 奈央に声をかける。

 男が、手を後ろに回して、ナイフを抜く。

 刃渡り四十センチはある、コンバットナイフだ。銃刀法違反だね。これで現行犯逮捕出来る。

「いいから、さがってな」

 ナイフを見て、奈央が特殊警棒をカシャっと振り出す。

 折り畳みの鋼鉄の警棒で、伸ばせば六十センチになる。

 男が、低くナイフを構えた。

 まずいね。この男、軍隊式のナイフ使いだ。慣れている。

 ボクは、懐に手を入れて、M29を抜いた。奈央が生きているのを知っていて、この男はヤサから逃げなかった。

 あ、ヤサっていうのは、住んでる場所の事ね。

 ある日、ボクの机の上になっとう味のお菓子と一緒に、「警察用語集」という手作りの小冊子が置いてあって、それで勉強したのだ。カガリちゃんからの差し入れだと思う。

 奈央は、自分より体格がいい男がナイフを構えているにもかかわらず、無造作に前に出た。

 手にした特殊警棒を構えもせずに。

 男の体がゆらりと傾く。

 その瞬間、男は低い姿勢になって下からナイフを突き上げてくる。

 奈央が、更に一歩踏み込み、半身になって切先を躱した。

 男が、突きだした右手を引き戻すより早く、無意識に物を掴むような自然さで奈央の左手が伸び、男の右袖をからめ捕った。

 そのまま、身を投げ出すように、男に密着し、男のナイフを持った右手に体重をかけた。

 奈央は女性にしては身長が高い。百七十センチ以上ある。体重は、同じような身長のボクよりは軽いだろうけど、最低でも五十キログラムは越えているはずだ。

 それだけの重みを、片手でひょいと挙げられる者は少ない。

 奈央が体重をかけた男も、足を踏ん張った。

 奈央は、足を伸ばして、男の踏ん張った足を刈った。柔道の『大外刈り』の動きに似ていた。

 魔法のように、男の体がふわっと浮いた。

 いつの間にか逆手に持ち変えていた特殊警棒を持ったまま右手で、男の胸ぐらをつかむ。

 特殊警棒は、男の喉に押し付けられている形になっていた。

 男は奈央を自由な左手で掴もうとしていたが、自分の胸筋が邪魔になって奈央には届かない。

 男は、後頭部から畳にたたきつけられた。

 同時に、喉に押し付けられた特殊警棒が、男の喉に食い込んでいる。これが、警棒ではなくナイフだったら、気管が切断されていただろう。えげつない一手だ。

 それだけではない、足を刈った瞬間、絡め取った右手を捻ってさらに絞り上げていたのだ。結果、右手のひじ関節は通常ならあり得ない方向に折れていたのだった。

 奈央は上体を起こし、容赦なくナイフを持った右手首をジャングルブーツで踏みつけ、同時に男の右膝を踏み抜いていた。

 男は悲鳴を上げなかった。いや、上げられなかったのだった。喉が潰されていたから。

「当麻流 腰ノ周。『鉈落とし』というのよ。膝を砕いたのは『蓮華砕き』」

 古流武術では、組打ちの事を『こしまわり』と呼称することがある。

 ボクが徒手戦闘を教わった教官は、日本の古流武術に関して懐疑的だったし、ボクも『なんとなく怪し気』と思っていたのだけど、目にした一連の動きは、ちゃんと『格闘技』していた。


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