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二番目の臨場

 この広い新宿御苑のどこに『児取鬼ことりおに』とやらが潜んでいるのかボクには皆目見当がつかない。

 だけど、奈央の足取りには迷いがなかった。

 時折、斎藤伝鬼坊はにゃぁにゃぁ鳴いているが、この生意気な小さな黒い毛玉は、探知レーダーでも兼ねているのかもね。

 ボクは支給された装備から小型のマグライトを出して、左手に持った。

 所々に常夜灯が立っているが、うっそうと茂る木々に闇は深い。


 売店を抜け広場に出る。

 空の雲が早い。風に吹き払われてゆく。

 陰っていた月が、雲の間から広場に静かな月光を降らせる。

 その男は広場の真ん中に、ただ立っていた。月光を浴びて、ただ立っていた。

 細身のジーンズにヨットパーカ。フードをすっぽりとかぶっているので、顔の上半分は影に覆われている。

 鼻筋は通っている。唇は薄く広く、朱でも塗ったかのようにヌラヌラと赤い。

「貴様!」

 憤怒の表情を浮かべ、奈央が一歩足を踏み出す。

 男の唇が、にぃっと笑みの形を刻んだ。

 ボクは奈央より更に半歩前に出て、S&W M29を持った腕を横に伸ばした。遮断機の様に、奈央の行く手を阻んだのだった。

「たいがい、あんな登場する場合は罠ですよ。冷静にね。姫様」

 目は男に向けたまま、なるべく軽い口調で言う。激怒した人物に強い口調で何か言っても火に油を注ぐ様なものだから。

 ボクの手に握られた、最も威力のある無骨で大きな拳銃。それを見て、奈央は少し冷静になったみたいだった。

「それでは『瀬踏み』はワタクシめが仕ります」

 罠や待ち伏せがあるかもしれない川に強行偵察を行う行為を、戦国時代『瀬踏み』と言った。

 奈央に罠を踏み破らせるわけにはいかない。彼女の死を見届ける光栄に浴するのはボクでなければならない。だから、罠を踏み破るのはボクの役目だ。

 奈央が腕まくりをするのが気配で分かった。自分の役割を思い出したか。いい傾向だ。クールにいこう。

 ボクは、改めて銃口を男に向けて歩き始める。

 この男は、あのジャンキーに偽装した男と同様、憑依された人間……アバター……だ。こいつを、どんなに痛めつけても、こいつに憑依しているアレには何のダメージもない。ただし、アバターが壊れれば、本体が出る。

 本体には二つ形態があり、非実体と実体だ。非実体は、物理法則に干渉できないし、されない。鉛筆一本動かすことができないが、こっちのマグナム弾は素通りしてしまうのだ。ただし、相手の精神、特に恐怖の感情に干渉できる。

 実体化すると、非実体の時の能力に加え、物理法則にも干渉できる。撫でただけで、ボクの左手をぽっきり折ってしまうほど、パワーがあるが、物理法則に従わなければならない。つまり、ボクの放ったマグナム弾が、アレには効くのだ。

 奈央の右手に編み上げる砲身は、実体も非実体も関係なくアレを吹き飛ばすことが出来るようだった。

 どんな仕組みだ? とか、どんな理屈だ? とか、聞かないでくれ。ボクにだってわからないのだから。経験上そうだったしか言えない。

 ボクの役目はシンプルだ。

 アバターを壊して、本体をむき出しにすること。

 奈央が砲身を編み上げるまで、アレを接近させないこと。


 警告もなしに、いきなりぶっ放す。静かな夜の新宿御苑に、大型拳銃の太い銃声が響いた。

 音に驚いた烏が一斉に飛び立つ。ギャアギャアと鳴きながら、暗天を旋回している。

 男は、後に吹っ飛んだ……様に見えた。

 だが、自分では分かっている。当たっていない。

 ボクがM29を撃った瞬間、男は真後ろに飛び地面と体を平行にしたのだ。ボクから見て、的が一番小さくなるように。

 さすがに、こんな回避の仕方をするとは思っていなかったので、外してしまった。

 ならば、着地の瞬間を狙う。

 重力がある限り、男は下に落ちる。

 ボクは、撃鉄を起こしながら、銃口をやや下に向けた。

 射線と男が重なる、ドンピシャのタイミングで撃鉄が落ちた。

 銃が跳ねる。バッファローの固い頭がい骨すら粉砕する必殺の弾丸が、アバターを破壊……するはずだった。

 地面に背中から落ちた男と地面の間に火球が生じ、爆発したのは銃弾が発射されるのと同時だったと思う。

 まるで、クッションで跳ねたように男の体が宙を舞い、ボクの銃弾は地面に突き刺さっただけだった。

 どうも、調子が狂う。これが、『鬼火』ってやつか? もっと、青白くてゆらゆら揺れる炎を想像していた。思い込みってやつだね。

 男は、地面に器用に降り立つ。

 ボクは、更に前に出てもう一度撃つ。

 なんとなく、外れる様な気がしていたけど、やっぱりだ。

 今度は、男の左側に火球が現れで爆発し、横に吹っ飛びやがったのだ。

 予備動作無しのサイドステップとか、追尾なんかできない。

 こいつがフードをかぶっている理由が理解できた。火炎から首と頭部を護っていたのだ。そして、そのパーカは耐火品だろう。 

 

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