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長い一日は終わらない

「私はタネも仕掛けもあるようなふりをして、『千里眼』をショー化して稼いでいたんですが、斎藤さんに見抜かれましてね。丁度、トラブルも抱えていたので、何も考えずに、あの世界に入ってしまったんです」

 ボクのような軍事訓練は受けなかったようだ。役割が違うということだろう。スポッターとトップマンの違いみたいなものか。

 ボクは四四マグナムの巨大なエネルギーを使って敵を後退させる役目。きちんと銃の使い方をマスターしないと、街中での発砲などできないから。

 石田は、索敵。感覚を研ぎ澄ます訓練をした方が、役に立つ。

「三度目の臨場の際、敵につかまって拷問を受けました。左目をえぐり取られて、舌の上で私の眼が転がるのを、残った眼で見るのを強要されたんです。私の心はその時折れてしまったのです。右目も抉り取られて、それをしゃぶりまわす音を聞かされました。噛みつぶす音も」

 辛い体験だったろうに、石田は淡々としゃべっている。長い時間をかけて克服したのだと思う。

「でも、私は幸運でした。生きているのですから。奈央様は、ずっと私を気にかけてくださっています。あの人の相方で、存命なのは私だけですから。その幸運にあやかれるよう、最初の臨場を生き延びた方を、ここにお連れになります。まぁ、ご利益は保証致しかねますが」

 これは、あの姫様なりの優しさなのかもしれない。

 石田に語らせることによって、自分がどんな世界に足を踏み入れたのか、理解させるつもりなのだ。

 本人が説明すればいい事なのだが、彼女なりの基準では語りにくいことなのだろう。それを察して、石田がしゃべるというからくりか。

「ずぼらだなぁ」

 手にしたパンの最後の一かけらを口に放りこみながら、ボクは言った。姫様はお育ちがよさそうなので、面倒なのは下々に……という思考なのかもしれない。

「含羞の人なのですよ」

 石田が答える。ボクが言った『ずぼら』が、何を意味しているのかを理解している証拠だ。

「無条件で庇うなんて、過保護ですね」

「お得意様ですから」


 怒りながら、奈央が帰ってくる。

 モデル並みの長身。端正な顔に怒りの表情。乱暴なジャングルブーツの足音。孤独の集合体であるフロアの若者も、無意識に彼女に道を開ける。

 その姿は、まるで海を断ち割るモーゼだ。

「山本! いくよ! 石田君、またね」

 扱いにずいぶん差があるような気がする。

「がんばってください」

 と、石田の唇が動く。ボクは肩を竦めたが、石田の第二の眼には映っただろうか?

「歓迎会は終わり。御苑にいくよ」

 多分新宿御苑のことだろう。とっくに閉園時間のはずだが、まぁ関係ないのだろうね。

「何があったんです?」

 ボクの問いに、フンという鼻息で奈央は応えた。

「新宿御苑の中で、『児捕鬼ことりおに』を見たってやつがいたの。情報は全部私に流すように言ったのに、あの国分こくぶの野郎」

 ボクの脳内で、記憶の宮殿を展開する。

 『児捕鬼』……、資料の中でそんな名前の未解決事件ファイルを読んだ記憶がある。

 宮殿に子供が遊ぶ広場があって、それを見守る禿頭の大男の姿。彼は、無防備に近づいた子供をパクリと食べて……

「二〇十四年三月十八日、八王子市内で女児二名が行方不明。翌日、内臓を抜かれた状態で発見。二〇十四年五月十二日、調布市内で女児三名が行方不明。翌日、内臓を抜かれた状態で発見……」

 記憶を辿りながら、呟くようにデータを羅列する。

「もういいよ、山本。そいつは、女児をさらっては、内臓を食ってやがる。もう、完全に『あっち側』に入っちまった男さ。特殊事案だよ」

 奈央がヒップホルスターから、SIG P230を抜く。日本の警察に制式採用されている小型自動拳銃だ。

 弾は32ACP弾。装弾数は最大9発。マガジンに8、薬室に1だ。奈央は、それを左手で持っている。

 右手は、なるべく使わない主義らしい。

「ランヤード・リングがついてませんね」

 歩きながら、銃を見て言う。警視庁に採用されたSIGは、マニュアルセーフティと紛失防止のランヤード用のリングが付属している。

 奈央の銃にはそれがない。

「これは、ドイツ仕様。警官でありながら連続殺人犯だった男の銃だったのよ」

 また、血まみれの銃だ。ボクのS&W M29も、サイコ野郎の持ち物だったはず。

「いわく因縁のある道具じゃないと、アレには効かないのよ。だから、凄惨な事件で使われた武器は保管されているの。あと、相性もあるしね。相性が悪いと、効果も半減するし」


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