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エコーロケーション

 盲目のバーテンダー石田は、オーブンレンジのチンという音を聞きつけて、皿を二枚用意した。

 オーブンレンジの中には、薄くスライスした食パンがあり、トロトロに溶けたチーズがその上でぐつぐついっていた。

 その隣には、こんがり焼けた細長いソーセージがピチピチと脂を跳ねさせている。

 石田は、トングでそのソーセージをチーズが乗った食パンの上に乗せ、皿に移す。冷蔵庫からザウワークラウトの入ったタッパーを取り出し、別のトングで中身を一掴み取る。

 それを、チーズとソーセージが乗った食パンの上に乗せた。

 たったそれだけのシンプルな代物なのだが、腹が鳴ってしまった。

 そういえば、ボクは今日一日まともに食事をとっていない。何粒かバターピーナツは食べたが、それだけだ。

 奈央は、左手だけで器用にそのパンを二つ折りにし、食パンを使ったホットドックの様にして、それを食べる。

 食パンがサクサクしていて、実に旨そうだ。

「山本様も、よろしければ」

 ボクの前に湯気が立つパンが置かれた。

「いただきます」

 そう言って、奈央のやっていた通り、食パンを二つ折りにする。

 溶けたチーズがあふれそうになっていた。

 慌てて、口をつけ、食い千切る。

 濃厚なチーズの味わい。ソーセージの甘い脂。ザウワークラウトの酸味が口内に広がった。焼けた食パンの歯ごたえもいい。

「おいしいですね。ホットドックの食パンバージョンみたいな感じです」

 見れば、奈央はほんの三口でそれを食べてしまっており、石田が絶妙のタイミングでミントの葉を浮かせた炭酸水を差し出す。

 モグモグと咀嚼しながら、奈央がくぐもった声でお礼を言った。

 ボクの前にも、いつの間にか同じものが出されていた。

「いいバーテンダーは空気になれる人物だ」

 ……と、誰かが言っていた。石田は気配を感じさせない。そのくせ、的確に相手の心を読んで先手を打つ。彼こそいいバーテンダーなのだろう。


「それ、熱いうちに食えよ」


 いきなりボクは声をかけられた。石田に気をとられていたとはいえ、こんなに他人に接近させてしまったことに、小さな驚きを感じていた。

「あら、店長。やっとお出まし? ずいぶんお忙しいのね」

 この店の店長はさぞチャラい人物かと思いきや、整髪料で時代遅れのロックンローラーみたいな髪型に決めた男だった。

 奈央と同じ、闇色の眼をしている。シンとした冬の枯野の気配だけが、彼の周囲にわだかまっているようだった。

 肌が不健康に青白い。気配を感じさせなかったことといい、吸血鬼ではあるまいなと、ボクは本気で思ってしまった。

「ま、あいさつに寄っただけだよ。ネタは無いぜ。ゆっくりしてきな」

 しばらく、奈央と視線をからませていたが、店長はふっと背を向けて去ってしまった。

「ふん、陰気な男」

 そんな捨て台詞を吐いて、奈央は人をかき分け、店長と反対側に行ってしまった。

 ボクはその後を追うべきだったのだろうけど、手にまだパンを持っていることに気が付いて、そのままカウンターに留まることにした。

「あなたが、新しい姫様の護衛ですね」

 石田が言う。ボクは頷いたが、石田が盲目なのを思い出し、声に出した。

「ええ、そうらしいです」

「今日が、特殊事案の初日だった。そうですね?」

 石田が専門用語を使ってきた。事情を知っているということか。

「私も、姫様の護衛でした。三度目の臨場で、両目を失ってしまいましたけどね」

 石田の端正な顔に笑みが浮かんだ。

 まさかご同業だったとは、驚きだ。

 石田が指でグラスを弾く。

 澄んだ音色が広がった。

「あなたは身長百七十五センチ前後、左肘をカウンターに乗せるようにして立っている。だけど、体重はかけていませんね。多分、左手を負傷しているから。ショルダーホルスターに大きな拳銃。左足首に小さな拳銃。当たりましたか?」

 笑みを浮かべたまま、石田がそんなことを言う。

「驚いたね。正解だよ。どうしてわかったんだい?」

 ボクは本当に驚いていて、実に好奇心が刺激されていた。

「私はもともとマジシャンでして。眼隠した状態で触れずに図形や形を読み取る『千里眼』が持ちネタでした。ネタというより、持って生まれた才能ですけどね。感覚が鋭くて、肌で音を感じることが出来たんですよ」

 たまに、こういった能力が存在するという事は知っていた。イルカのように、音の反響の違いを感じ取れる人物。レーダーの様に、反響の違いが立体的に脳で再構築できる才能。たしか『エコーロケーション』とかいったか。


「私は斎藤と言う巨漢にスカウトされました」


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