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激動の初日の終わり

 ボール紙のフォルダに納められた、大量の資料は、殆どが猟奇殺人や連続殺人の事件資料だった。

 ボール紙の色は二種類。緑色と桜色だ。

「優先は緑色ね。桜色は、時間があったら読んで」

 ズズズっと、珈琲を啜って奈央が再びソファに横たわった。

「なにかあったら、起こしてね。山本」

 君から山本に昇格したらしい。珈琲を買ってきたからだろうか? だとしたら、ずいぶん安い評価基準だ。

 フォルダを手に取る。

 このフォルダの色分けの意味はすぐにわかった。緑が優先という意味も。

 緑色が未解決事件。桜色は解決済の事件なのだった。

 データを照合するため、警視庁のデータベースにアクセスする。パスワードと身分証のID番号が必要なのだが、パスワードはPCの画面の脇に付箋で張り付けてあった。

 まさかと思って入力したのだが、ビンゴだ。これって、セキュリティ的にどうかと思う。

 ボクは、そのパスワードを暗記して、付箋を廃棄することにした。

 シュレッダーもないので手で細かく千切り、テッシュに包んでポケットに仕舞う。

 あとで喫煙コーナーで、燃やすつもりだ。 

 ボクは、首を左右に振って、リラックスする。

 そして『記憶の宮殿』を展開した。

 軍事訓練で受けたプログラムの一つがこれだった。一種の記憶術である。

 敵地に潜入した時に、大事な情報のメモなどを持っていると没収された時に大変なことになるので、データを頭の中にしまっておくのだが、どんな複雑な事柄でも記憶から呼び覚ますことが出来る技法だ。

 頭の中に架空の宮殿を作り、そこに住民を配する。

 そして、データを思い出すキーワードになる言葉に関連するストーリーを作るのだ。

 最初は難しいが、慣れると色々な情報を収めておくことが出来る。ボクの脳には先天的な欠陥があるのだけど、そのおかげでデータに直結する回路が最短距離になっているらしい。

 こうした、記憶術には向いている脳ということになる。


 ボクは夢中になって、資料を読み耽った。

 新たに作った、山本用の『記憶の神殿』に大量の未解決事件が蓄積されてゆく。

 残酷な死。悲惨な死。ありとあらゆる死が、そのフォルダにはあふれていた。ボクはそう、お菓子の森に迷い込んだ幼子の様に、手当たり次第に貪り、咀嚼し、嚥下した。

 気が付けば、だいぶ時間が経過していた。あまり何かに熱中するということがないボクにしては、だいぶ珍しい現象だった。

 眠っていた奈央は、今は起きていて、目だけを私に向けていた。

「どんな、楽しい物語を読んでいるのかと思ったよ」

 ソファから起き上がって、伸びをする。

 なんだか、起きたばかりのネコを思わせる仕草だった。

 そういえば、『斎藤伝鬼坊』とかいう剣豪の名前をつけられていた黒猫の姿がない。

 ここには、猫が生活している雰囲気……餌の皿だとか、トイレ用の砂とか、そういったもの……がない。

 あの現場で、いったいどうやったのかわからないけれど、飛来するガラス片のベクトルを変えた時以来、黒猫の姿がないのだ。

 飼い主っぽい奈央は気にしていない様子だ。

 良く考えたら、ボクもあの猫がいようがいまいが関係ないなぁと思い、気にしないことにした。

「今日は、もう終わりにしよう。歓迎会でもやるか。おいで、山本」

 掛布団代わりにしていた、軍用のシェル・パーカを羽織って、奈央が歩き出す。

 ボクは、資料の束を鍵のかかるロッカーに突っ込んで、パソコンの電源を切り、あわてて彼女の後を追う。

 こっちの都合を聞くとか、資料を片付けるのを手伝うとか、待ってくれるとか、そういった気配りは一切ないみたいだ。

 ボクは、アメリカ(だよね? 多分)から帰国して、いきなり現場に叩き込まれ、得体のしれないモノと戦う羽目になった。

 そこでボクは腕を骨折して病院で治療を受け、警察に戻ってからひたすら資料を読んでいた。

 午前中に帰国してから、激動の一日だったと言っていい。

 そして今、アジア最大の繁華街を大股で歩く奈央の後ろについて、目的地も分からぬまま歩いている次第だ。

 新宿署から『大ガード』を潜り、長寿番組だったお昼の番組で有名なアルタの前を通り、花園神社方面に向かう。

 参道の手前に、薄気味悪い緑道があるのだけれど、奈央はそこにずけずけと入ってゆく。

 いかにも物騒なその道を抜けると、飲食店が並ぶ広い通りに出る。その一角に、アメリカの映画に出てきそうなクラブがあった。

 名前は『バット・カンパニー』となっていた。『悪い中隊』という意味だろうか? それとも古いロックバンドの名前から採ったのだろうか? とにかく、彼女の目的地はここだった。

 入り口には行列が出来ていて、一定の人数以外は中に入れない仕組みらしい。この不景気の時代、行列が出来るのは稀有な事だ。人気店ということなのだろう。


 夜中なのに、黒いサングラスをかけた巨漢が門番よろしく入り口に立っていた。

 いわゆる、用心棒バウンサーというやつだろう。

 額と鼻の下が突き出ているのでまるでゴリラがスーツ着てサングラスをかけているような姿だった。

 逆三角形の体型といい、丸太の様に太い腕といい、見れば見るほどゴリラだった。

「いい? ゴリちゃん。入るわよ」

 奈央がそう声をかけ、行列を無視して入り口に手をかける。やっぱりあだ名も『ゴリ』なんだ。当たり前と言えば、当たり前か。

 用心棒の巨漢は、一歩ズイっと前に出た。

「姐さんはいいすけど、そっちはダメっす。でかい拳銃ハジキ持ってるじゃないすか。勘弁してくださいよ」

 ほうほう、この平和ボケした日本でも一目で武装したことをわかる者がいるのか。ただのゴリラではないなと、ボクは感心してしまった。

 

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