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みかん味、なっとう味

 スラックスをめくって、左足首にM640を装着する。

 ボクは訓練期間中、ずっと足にこれを着けていたので、やっと足の違和感が消えた思いだった。

 次に使用したスピード・ローダーを取り出して、クリップに四四マグナム弾をはめ込んでゆく。

そして、ショルダー・ホルスターからM29を抜き、シリンダーをスイングアウトして、使用した一発の薬莢を抜き、新しい銃弾を一発込める。

 空薬莢は、ゴミ箱に捨てた。

「何味だった」

 いきなり、ボクは声をかけられた。ソファの上の当麻の姫様こと当麻奈央はいつの間にか目を開けていて、ボクを見ていたのだった。

「味?」

「机の上にお菓子があったでしょ? それのこと」

 サクサクした、トウモロコシの粉で作ったお菓子のことか。

 ボクは一度は押しのけたそれを今度は手元に引き寄せて、書かれている文字を読む。

 さっき、見たのだけど何と書いてあったのか忘れてしまったのだ。

「なっとう味ですね」

 ボクの答えを聞いて、奈央が笑う。笑うと、年齢よりずっと若く見え、まるで少女の様だった。

「あらあら、カガリちゃん、君のことが気に入ったみたいね。地味顔好きだから、あの子」

 まだ、声すら聴いていない、もう一人の同僚はカガリと言う名前で、お菓子を置いてゆくらしい。妖精か何かだろうか?

「気に入った人には、なっとう味のお菓子ですか? では、嫌いな人は?」

 ボクの問いに応えて、奈央が掛布団代わりの軍用シェルパーカから手を出す。同じお菓子の別バージョンが握られていた。

「これ、みかん味。柑橘系が嫌いみたいね、カガリちゃん。気に入った子が配属されると、牽制のためかどうか知らないけど、私に嫌がらせするのよ。みかん味でね」

 左手だけで器用に包装紙を破り、オレンジ色のお菓子を彼女は口に入れる。

「みかん味、慣れるとおいしいよ」

 ボクは、なっとう味のお菓子を机の中に放りこみ、ため息をついた。ボクは彼女とお菓子談義をしたかったわけではない。

「何から話そうか? わかる範囲で答えるよ」

 寝たまま、首だけをこっちに向けて奈央が言う。大きな眼。白い肌。まるで精緻な人形と話しているような気分だった。

「アレは何なのですか?」

 一番の疑問は、あの黒い靄だった。ボクは何と戦うよう斎藤に強要されているのか、それがまず知りたい。

「アレって?」

 奈央がまぜっかえしてくる。確かに言葉が足りなかった。奇妙な事だらけだからね。ボク自身混乱しているし。

「あの、黒い靄のようなものです」

 ボクは自分の眼で見た『敵』のことを言った。なんとか人型になろうとしている黒い靄に見えたのだ。

「へぇ、君にはあれが『黒い靄』に見えたんだね」

 また、謎かけみたいなことを言っている。もう、うんざりだ。

「ごめん、ごめん。あれは、人によって、見え方が違うんだよ。君は具体的な『恐怖』のイメージがないので、黒い靄に見えたというわけ」

 ボクの微かなイラ立ちを察して、奈央は言葉をつづけた。

表情を読まれたはずはないし、殺気は漏れなかったと思う。どうも、彼女と話していると、ボクの調子が狂う。

「あれはね、一種の寄生体みたいなもの。人間の精神に憑依し恐怖を糧にして、力を蓄えているの。ずっと昔から、人間に寄り添って生きていて、人を喰らっているの」

 色素の沈殿が多い彼女の虹彩が暗い色を深くする。

 奈央の闇色の眼。それを見ていると、ボクの背中にはゾクゾクと電気の様なものが走った。

 ボクは嵐の夜、エネルギーが大気中に帯電したみたいなその夜に、ずっと押さえている死の衝動を感じる事が多いのだけど、その感覚と似ていた。


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